49話 遺留品
7/20 本日2話目の投稿です
ふぅ……
祈りながらも目を開け、自分の魂が身体に戻ったことを確認する。
向こうにいた時間は定かではないが、体感は10分20分くらいだっただろうか?
すぐに立ち上がり辺りを見渡すも、特に俺の後ろで順番待ちをしている人の姿はなく、誰かに迷惑を掛けた様子がないことに安堵する。
教会が開いている時間に直接来ないといけないのはネックだが、それでも【神通】スキルに比べて長く、そして直接顔を見て話すことができる分、今回のやり方はより密にコミュニケーションを取ることができるな。
何よりも目が幸せだ。
あのお姿を同時に見られるのは眼福過ぎる。
それにたぶんだが、あのような形で呼ばれている人間なんてそうはいないはず……
まさに美女達からの特別待遇となれば、優越感で天元突破してしまいそうだ。
ただ理解はしておかないといけない。
彼女達は女神様――つまり神様だ。
あの容姿に慣れてしまえば俺は贅沢者になってしまい、この世界での結婚ができなくなってしまう。
だからほどほどに。
ある程度自制をしないと身を亡ぼす可能性があるので、それこそ『かぁりぃ』のように特別なことがあった時など、直接会うのは何か条件を付けていくべきだろう。
って『かぁりぃ』も既に何回も行ってしまっているので、自分が誘惑に甘々なのは百も承知だが。
教会の出口に向かって歩くと、やはりそれほど時間が経過していないのか、別の長椅子を拭いているメリーズさんの姿が確認できる。
「メリーズさんありがとうございました。お祈りしてちょっと自分の中のモヤモヤがスッキリしました」
「おや、それは良かったね。それじゃこっちおいで」
そう言われてメリーズさんについていくと、これまた今まで入ったことの無い部屋へ通される。
そこは炊事場と食堂になっているようで、やや大きめな木製の机に椅子が左右4つずつ並んでいた。
そしてテーブルの上には皿に乗った黄色い果物。
「ほら、ラポルの実だよ。坊やが持ってきたんだから先にいくつか食べちゃいな」
「あれ? 皆さんまだ食べてないんですか?」
「私達は昼の鐘を鳴らしたら食事休憩に入るから、その時に余ったものを頂くよ。坊やのなんだから遠慮するんじゃないよ?」
そう言われても、自分で食べるために買ったわけじゃないので躊躇われる。
まぁ実がそれなりに大きい分、切り分けられた果実が20個以上はありそうなので、1~2個頂くくらいは問題無いだろう。
ヒョイっと1個摘まんで咀嚼すると……
「あ、甘っ!!!」
「そりゃそうだよ有名な高級果実だからねぇ。普通は貴族連中が食べるもんであって、庶民は1年に1回でも食べられればマシなくらいさ」
そう言われても納得ができる甘さだ。
日本で食べた糖度の高いメロンやイチゴよりもさらに甘い。
それで3500ビーケ、しかもこの大きさなら逆に安いくらいだろう。
「そう思うと随分安かったようにも思えますね。実も大きいですし」
「量は取れる果実だからね。これで量も取れない希少果実なんかになったら、庶民は一生食べられないよ」
なるほど。
これを育てている農家や、野生で実っている実を収穫するハンターなんかもいたりするのだろう。
(もう1個……記念にもう1個だけ……)
その1個もしっかり味わったら、メリーズさんにお礼を言って教会を出る。
路地に隠れて腕時計を見れば時刻は11時前。
これならゆっくり昼ご飯も食べられるだろうと、町の散策を開始した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ご~ん、ご~ん……
昼の鐘が鳴り響く中、俺はハンターギルドに入り、アマンダさんへ声をかける。
「ギルドマスターからの指名依頼で来ました。どうすればいいですか?」
「あの装備は無事売れたみたいね。ギルマスを呼んでくるからちょっと待っててちょうだい」
そう言われたので受付前の長椅子に座っていると、だいぶ人は減っているが数人のハンターがお食事処で飯を食っていた。
「おい……ギルマスからの指名依頼だってよ?」
「あぁ……そんなのベザートの町にもあるんだな……」
「なんであんなガキにわざわざ? 俺でも良くねーか?」
「あいつの素材量を上回るくらいじゃないと難しい依頼なんだろう? なら無理だろうよ」
「そう言われると無理だな……」
はぁ……この流れが続くと憂鬱になってくるなぁ……
いつかEランクとか俺より上位のハンターが勝負を挑んでくるんじゃ?と思うと気分が滅入る。
相手が勝手にビビッてちょっかい掛けてこなくなるなら、そんな噂も大歓迎だが……
「ん? 何を凹んでいるんだ? 装備が高く売れなかったか?」
項垂れてゲッソリしている中、声の方に顔を上げればヤーゴフさんが目の前に立っていた。
「装備はほどほどに売れたので大丈夫ですよ。それより噂になっているなーと……」
「あれだけのことをやったんだからしょうがないだろう。そのうち落ち着くだろうし、そこまで気にするタイプでもないだろう?」
「まぁそうなんですけどね。ただ面倒事がまた増えたら嫌だなーと思いまして」
「アデント達の結末を知ってもまだ突っかかってくるやつがいるとは思えんがな……まぁEランクの連中には多少気を付けた方がいいか」
そう言いながら歩き始めるヤーゴフさんについていけば、普段は入らないスタッフエリアとも呼ぶべき事務スペースの中へと入っていく。
「え? 僕がここ通っていいんですか?」
「あぁ、ここからじゃなきゃ行けない場所だからな」
そう言われれば通るしかない。
恐縮です~と縮こまりながら事務スペースを通ると、なぜかアマンダさんも俺の後ろをついてきてるな。
もういつものことのような気もするので慣れてしまった。
するとヤーゴフさんはいくつかの鍵を取りながら一人の男性職員に話しかける。
「ペイロ、お前もついてこい」
「……分かりました」
そう言われて立ち上がったペイロさんは俺をチラリと見るが……なんだろう?
少し怯えたような目をしている。
昨日の噂のせいかな?
別に何もされなければ無害だと思うのだが……
そのまま4人で事務所スペースの奥にあるドアの先へ入っていくと、そこは地下へと続く階段があった。
「ロキ。ここからは他言無用だ。指名依頼にはその分の金も含まれているから頼むぞ」
「わ、分かりました……話す知り合いもいませんからご安心ください」
なんだか自分で言ってて切なくなるも、実際話す相手がいないので俺ほど口が堅い人間もそういないだろう。
ヤーゴフさんを先頭に階段を降りる面々。
一切窓もないため、途中途中にあるライトへヤーゴフさんが魔石を入れ、明かりを灯しながら進んでいく。
そして地下1階へ到着。いくつかあるドアを素通りし、さらにその下、地下2階へ。
もうこの時点で、よほど厳重に管理されているんだろうということは想像がつく。
軽い湿気とカビ臭い匂いは少し気になるが黙ってついていき、地下2階へ降りるとそこはドアが一つだけある空間。
そしてヤーゴフさんがそのドアの鍵を開けた先は、両サイドに木の棚がある6畳程度の小部屋だった。
「本当ならここから事前に持ち出して、日の光が入る明るい部屋で見せるべきなんだろうがな。それ以上に誰かに見られることを避けたかったから直接ここに来てもらった」
そう説明しながらいくつかのライトに魔石を入れていくと、やっと何かがあるとうっすら分かっていたモノの全容が分かるようになった。
「……」
「これらは約6年前、とあるハンターがパルメラ大森林で拾ったらしく、そのままギルドで預かった遺留品とされている物だ。
当時受付としてアマンダがそのハンターから受け取り、ここにいるペイロが遺留品の管理担当として厳重に管理してきた」
「そうでしたか」
「単刀直入に聞く。これらが何か分かるか?」
そう言われたって、パッと見ただけで現代人ならば誰でも分かる。
「えぇ。分かりますよ」
そこにあったのは元は白かったのだろう。
明らかに血だろうなと思われる液体によって部分的に黒く変色した片方のスニーカー。
そしてどの年代かまでは分からないがスマホと、千切れた線……たぶんイヤホンケーブルだろう。
そして電池が切れている腕時計か。
明らかに現代人、転移した人間の持ち物だろうな。
この時計を見たから、ヤーゴフさんは俺がしていた腕時計を『時計』と判別できたということか。
「一応確認ですが、あるのはこれだけですか?」
「あぁそうだ。この3つ以外に謎の物を拾ったという報告は受けていない」
「そうですか……詳しく見ても?」
「もちろんだ。見ながらでいいから解説を頼みたい。特にガラスが付着したような謎の板についてだな」
「それは構いませんが……アマンダさんと、えーとペイロさんでしたか。このお二人は事情を既に知っているんですか?」
「ロキが異世界の人間であることは今日伝えた。だが安心してくれ。遺留品はギルド内でもこの3人しか知らないし、今後も伝えるつもりは無い。あとは国の上層部もこの遺留品のことを知ってはいるが、ロキに関しては一切報告しないつもりだ」
「分かりました。ではまず一つ目ですけど、これは分かりやすいんじゃないですか? 僕のいた世界でよく見かけた靴、その片割れです。メーカー……ここにあるロゴは僕も持っていたものですから、間違いなく僕のいた世界の物だと思います」
「皮とは違うが、その素材は何でできているんだ?」
「正確な素材まではちょっと。それは作り手側じゃないと分からないと思います。ただ……メッシュ素材が多く使われているので通気性重視、たぶんこれはランニングシューズじゃないですかね」
「ランニングシューズ?」
「要は走ることに特化した靴と言ったら分かりやすいですかね。僕のいた世界だとビジネス用、主に革製品の靴だったり山登り専用の靴、運動用の靴だったりと、用途に合わせて複数分類されているんですよ」
「なるほど……ちなみにロキの目から見て、この靴をこの世界で再現することはできると思うか?」
「うーん、僕はこの町しか知らないですからね。王都や他の国がどの程度の技術を持っているのかさっぱり分かりません。実際ベザートの町と比較して、他所の技術や文明の発展度合いはどうなんですか?」
一応は確認するが、リステ様が言っていた通り、魔法によって文明の進化が止まっているような状況ならばまず絶望的だろう。
「もちろん片田舎にあるベザートよりは王都などの方が物の質は上がるが……それでもそう大差あるものではないな。まず他の国でも同様だろう」
「となるとかなり難しいでしょうね。ゴムの部分はゴムの木があればいけるんでしょうけど、石油って言って分かりますか? それがないとプラスチック部分は加工できないと思います」
「石油? 聞いたことが無いな……どういったものだ?」
「地中に埋まっている天然資源です。ドロッとした黒いもので、たぶん地下数千メートルとか深いとこにあるものですね」
「ち、地下数千メートルだと!? どうやって堀り、どうやって引き上げるのか想像すらできないな……」
「でしょうね。かなり大がかりな機械――専用の道具を使って掘っている印象がありますから、まず人力なら無理だと思った方がいいです」
「分かった。それで他のやつはどうだ?」
「こちらはヤーゴフさんの予想通り、時計で間違いないですよ。『腕時計』と呼ばれる腕に巻くタイプの物です」
「ロキが身に着けていたのと同じタイプの物か?」
「そうですね。メーカーは……聞いたことがないやつなので、たぶんですけど僕の持っている物より安いタイプだとは思います。電池で動く、時間だけを知ることができる時計っぽいですね」
「ん? 電池?」
「あー……これは簡単な説明ならできるんですが、理解するまでは相当難しいですよ? 説明のための説明を繰り返すことになると思います」
「……い、一応お願いしていいか?」
「正式な依頼ですから大丈夫ですよ。まず電池とは電気を貯める物です。その貯められた電気を使ってこの時計は動いていましたし、もしこの時計に合った電池があればこの時計は動く可能性もあると思います」
「ほ、本当か!? その電気というのは!?」
「そこがネックです。電気は一番分かりやすそうな例で言えば『雷』でしょうね。あれを人工的に作れれば電気になります。僕のいた世界だと手短なところで石炭を燃やして電気を作ってましたけど、この世界なら魔法に雷属性があると思うので、もしかしたらいけるかもしれません。
ただ電池に蓄えるという技術は相当難しいと思います。特にこのような腕時計に使うタイプの小型のモノは。もちろん僕は技術者ではなく、買って使う側だったので作り方はまったく分かりません。水銀が必要だったような気がするというくらいです」
「くそっ! 再現できればと思ったのだがやっぱりダメか……」
冷静沈着なヤーゴフさんのこのような姿は珍しい。二人も少し驚いている。
「ただですね。完全再現はできなくても近づけることはできると思いますよ。この腕時計も靴も。時計であればこの世界のお金持ちは持っていると聞きましたが本当ですか?」
「あぁ本当だ。ただ持っているのは限られた極一部の特権階級の連中だがな」
「ちなみに懐中時計は?」
「あの小さいやつか? 王族くらいしか持っていないような気もするが……一応あるにはあると思う」
「なら懐中時計の延長ですよ。電気で動くタイプもあれば、ネジで巻くタイプの腕時計もあります。どちらかというと僕の世界ではネジで巻く方が高価でしたけどね。懐中時計に皮ベルトを巻けば近いものにはなるはずです。その発展形がこのような時計だと思ってください」
「そういうことか! なるほど……靴の方は?」
「靴も素材に拘ったら無理でしょうけど、例えばこの靴の空洞部分。ここの型を正確に計って、今用意できる素材で模造するだけでもだいぶ違うと思いますよ。この手の靴は人が走りやすいように、そして疲れにくいように計算されて作られていますからね。なんとなく足の形にして靴を形成するのとは別物ですから、そういった部分をこの世界で吸収すれば良いと思います。そこからはできるだけ軽く、そして丈夫に。どう得られる素材を組み合わせるかは研究者達の仕事でしょう」
「お、おぉ……」
「血がついてしまっていますけど……飾って眺めるだけでは何も分からないと思うので、一度履いてみれば違いが分かると思いますよ。サイズは……26.5cmですので成人男性の方にでも」
そう言った瞬間、ヤーゴフさんはペイロさんを見る。
上司に無言で訴えかけられたからだろう。
拒否権というものもなく、恐る恐る靴を履き始める。
「ペイロ、どうだ?」
「す、す、凄いですよこれ……まるで履いてないみたいです。おまけにしっくり来ると言うか、まったく履いてても違和感がありません!」
最先端のランニングシューズとかならそうでしょうな。
特にこの世界では標準的な革製の重い靴なんかと比較してしまえば、天と地ほどの差を感じることだろう。
「僕のいた世界の靴ならそう簡単には壊れませんから、履いて色々試して寸法を測って……この形状に近づけたら良いと思います」
「凄いですね異世界の人は……こんな代物が当たり前の世界か……」
「貴重な意見感謝する。それでロキ、一番私達が理解できないこの板はなんだ?」
「これは――……」
「なんだ? ロキでも分からない物か?」
「いや、何かは分かるんですけど……一番説明が難しいと言いますか、僕のいた世界でも超が付くほどの天才が作り出した物なので、この世界の人が再現するのはどうやっても不可能ですね。これだけは言い切れます」
「そ、そんなに凄いものなのか……」
「凄いなんてものじゃないですよ。正直構造を理解して自ら再現できる人なんて、僕のいた世界でもほぼいないです。皆が買える環境にあるから便利だし買っているけど、使いこなせていた人もほとんどいない気がします」
「……いったい何を用途に作られた物なのだ?」
「分からない単語がいっぱい出てくると思いますけどいいですか? それとそれぞれの詳しい仕組みを解説することも出来ません」
「頼む……」
「まず電話やメールという基本的なところから画像や映像の撮影、保管、転送、編集、ネットによる情報の収集や提供、アプリで個人の用途に合わせた追加機能の選択……その延長で買い物をするとか、好きな音楽を聴けたりゲームなんかもできたりします。あとは腕時計にある時間も分かりますし、今自分がどこにいるのかも、どこに行きたいかも分かれば、必要な時間や最適な道筋なんかも分かります。逆にこれがあって分からないことを探す方が難しいくらいです」
「「「…………」」」
「残念ですがこの板……スマートフォンって言うんですけどね。これだけは諦めた方がいいです。仮に分解しても糸口すら掴めないと思います」
「ロキの……ロキのいた世界は……いったいなんなのだ……?」
「魔法やスキルが無い世界ですよ。だから化学とか物理学とか、色々な学問が伸びた世界でもあると思います。なので漠然とした内容ですけど……今から方向転換をして、1000年くらいひたすら天才達を中心に研究しながら知識を上積みしていけば、もしかしたらこの板が作れるようになるかもしれません」
「1000年……」
「そうですね。完成させるためには先ほど言った電気とか、あとは電波や衛星だったり物凄い数の問題を解決していかないといけないので、数十年程度でどうにかなるものでは絶対にないでしょうね」
たぶんヤーゴフさんは、異世界人である俺にこの遺留品を見せ、用途や作り方の手掛かりが掴めれば再現したいと思ったのだろう。
そりゃそうだ。この世界じゃ有り得ない謎の物体が目の前にあるんだ。
名誉にしろ、富にしろ、万が一スマホなんかを再現できれば、この世界の文明レベルなら覇者にだってなれるだろう。
……今日話した女神様達との会話が頭を過る。
(女神様達に何かあれば助けますよって言ったんだよなぁ……)
「ヤーゴフさん、それにお二方も。さきほど他言無用と言われましたが……僕が異世界人であるという秘密も厳守していただけるんですよね?」
「それはもちろんだ。ロキに迷惑を掛けるようなことはしないと約束する」
「そうね……そんな秘密も守れないようじゃ、アデント達の比ではない末路を辿りそうだわ」
ペイロさんは言葉にしないが、アマンダさんの言葉に激しく首を縦に振っている。
この3人が地球の知識を活かせるかは分からないけど、何が切っ掛けで動くかだって分からないんだ。
既にこの3人には異世界人とバレている身。
逆に言えばこの3人にしかしてあげられないことだってある。
それならば――
「僕の所持している異世界の持ち物、見てみますか?」
――その言葉に、目の前の三人は言葉を失った。











