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473話 各国の動き

 大陸北西の大国――、エルグラント王国。


 その地の中心であり象徴とも言える王城の一室で、王を含む重鎮達の他、戦場から戻ってきた高官も加わる会議が開かれていた。


 中心となるのは、前線で指揮を執るこの男。



「王太子殿下、こちらが協定の書面でございます」


「……よし、水の都ハーディアとウドラ三国連合は共闘の約束を取り付けられたんだね」


「はっ、手前のトワン共和国が呑み込まれた場合という条件付きではありますが、都合良く帝国の蛮族共をその地に誘導できれば西、北、東からの包囲網により帝国を一気に抑え込むこともできましょう」


「できればトワンが潰れる前に参戦してほしいところだけどしょうがないか……アイオネストはどうなっている?」


「申し訳ありません。アイオネスト王国はまだ返答を渋っているようで、交渉は難航していると魔鳥からの報告が届いております」


「あそこが同盟を結んでくれれば、エルフもうちに付いてくれる可能性が出てくるんだけどね」


「仕方ありますまい、殿下」


「ナーク卿……」


「距離がある上に亜人も多く住まう国。所詮は人間同士の争いと、未だ他人事のように冷ややかな視線でこの戦を見ていることでしょう。あの者らは、目前まで己の危機が迫らねば分からんのです。かつて多くの亜人を呑み込んだプリムス大戦の時のように」


「そうであっても、根気良く交渉を続けていくしかないさ。既に多くの国が帝国に呑み込まれたという事実は、向こうだって把握しているんだろうから」


「承知しました。ならば難攻不落のファンメル教皇国含め、継続的に外交を進めて――」


「レグナート特使! 戻られました!」



 唐突に兵の声が室内に響き、革鎧を身に纏った一人の男が部屋に入ってくる。


 この時、書簡を持たせた王太子――勇者タクヤは当然として、この場に集まる多くの重鎮達がレグナートの追っていた人物を把握していたため、その一挙手一投足を見守るように場が静まり返った。


 そのような中で、レグナートはこの国の頂点。


 静かに事態を見守っていた国王の前で膝を突くと、聞いただけで身が竦む、低くもはっきりとした声が部屋の中に響いた。



「よくぞ戻った。早速報告を聞かせてもらおうか」


「はっ! 長く後を追っていた接触対象――、現アースガルド国王『ロキ』との接触に成功しましたことを、まずはご報告致します」



 その瞬間、僅かに沸き立つ場。


 しかし報告を促した男は表情一つ変えず、沈黙を以て言葉の続きを促す。



「新たに王太子殿下から拝命しました同盟国としての引き入れですが、誠に申し訳ありません。ロキ王からは希望に添えられないと、断りを入れられました」


「それは、検討の余地なく、ということか?」



 広い室内に響く、重い声。


 再度ザワついた声はピタリと止む。



「はっ。時間を置いても考えは変わらないと、そのように……」


「獣人の王ハンスと似たような台詞か。やはり、そう上手くはいかぬものだな。特に【空間魔法】持ちは」



 溜息交じりに視線を向けた先には、息子である勇者タクヤが腕を組みながら眉間に深い皺を寄せ、落胆した表情を見せていた。



「レグナート、彼は――ロキはなんと言っていた? 断るにしても理由があったはずだし、その内容によってはまだ同盟を結べる可能性だってあると思うんだけど」


「ロキ王は同盟を組む利点がないと。しかし、だからと言って敵対などということもないと告げられました」


「つまり、静観ということか……」



 この時、勇者タクヤは僅かに自身の顔が歪んだことを自覚した。


 一部には異世界人同士の消耗を望む者達がいることも把握していたからだ。


 お互いが消耗し、片方が消える。


 人の不幸を嘲笑うかのように、その時を待つ者達にロキも含まれているのではないかと、そう勘繰りもしたが……



「ただ、こうも言われました」


「?」


「まだ外に目を向けるには早過ぎるというだけで、許容を超えた『悪』であれば勝手に動く――、つまりは帝国に与するどころか、敵対する可能性もあると」


「ほう?」


「『悪』……?」


「はっ、そこに国も背景も関係ないため、初めからどこの国とも組まないのだと、そう告げられました」



 ここまで聞き、勇者タクヤはその意味を理解して肩を強張らせる。


 決して静観などではない。


 むしろ正反対……


 必要があれば全方位への攻撃を示唆する言葉に驚愕し、直後にはかつて届いたラグリース王国からの手紙を思い出す。



「そういえば、地図を悪用したら国の中枢を吹き飛ばすと……父上、内容はそのように書かれておりましたよね?」


「うむ、なるほどな……だからどことも同盟を組まない。いつでも攻撃を加えられるように、か……ふははは、これはまた厄介者が……レグナート!」


「は、はっ!」


「おまえの目から見て、第五の異世界人ロキとやらはどうだったのだ?」



 酷く抽象的な質問。


 だが、レグナートは王が何を求めているのかすぐに察して答えた。


 あの時の恐怖を思い出すように。



「一見すれば王という立場などまったく感じさせない、人当たりの良い子供ですが……同盟の利点を示す中で、こちらがアースガルドへ攻め入る可能性に触れてしまった時、あの王は本気で我が国への報復を示唆しました」


「「……」」


「その時の表情を思い返すと……あれは――、誇張や虚勢でもなく、本気でできると思っており、何があっても実行に移すであろう目をしておりました」


「ッ……!」


「そ、それと……」


「怯むな、レグナート。ここでの遠慮がエルグラント王国の今後に大きな影響を及ぼす可能性もあるのだ。おまえの感じたことをそのままに申してみよ」


「はっ……、今後の共闘を見据え、最後に私は、数多の異世界人を抱える帝国が怖くないのか? と、そう問うたのです」


「……して、その答えは?」


「言葉はなく、恐怖を感じている様子もなく、ただ、嗤っていました」


「「……」」



 これが武芸に疎い文官の言葉であれば、全てを鵜呑みにするようなこともなかっただろう。


 しかしレグナートはSランクのハンター資格も有する諜報員。


 その者が思い返しただけで憔悴したような表情を見せるほどの相手とは、いったいどれほどのものなのか。


 大半が想像すらできずにいる中で、王と勇者タクヤは思考に耽る。



 ――如何に、この爆弾のような男と敵対しないように立ち回れるか。


 ――如何に、この危険極まりない存在を帝国にぶつけるか。



 考えている中身がお互いに大きく異なることを知ったのは、もう少し先の話になる。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 大陸南西の大国――、ヴェルフレア帝国。


 時期は異なるが、似たような会議は帝国城内でも行われていた。



「……ってなわけでしたけど、どうします~?」


「どういうことよ? 『覇者』はこの世界にただ一人って女神から聞いてたんだけど」



 玉座で胡坐を掻き、頬杖を突いた男。


 その男は不愉快そうな顔を隠しもせず、報告に訪れた少女を見下ろす。



「ん~そんなの私に聞かれたって分かりませんよぉ~。捕まえた連中の話を聞いてたら、なーんか特殊っぽい感じが似てるなって思っただけで、実際は基礎魔法の応用次第で可能な現象なのかもしれませんし~」


「はぁ、まあいいや。サーシャ、相当数の雑魚を取り零すような相手だし、おまえなら多少不測の事態があったところで勝てるでしょ?」


「……逃がしたのか、逃げられたのかで、まったく内容は異なると思いますが」


「どっちだっていいから、うちに付くか早めに確認してきてくれない? 反応が渋いならそのまま潰してきちゃっていいからさ」 


「同意し兼ねます。以前同じようなノリでハンス氏に喧嘩を売り、手痛い程度では済まない損害を被ったのはお忘れですか?」


「いや、覚えてるけど。何、そんなに危ないと思う?」


「当然でしょう。出来立ての小国とは言え、一国のランカー傭兵を丸ごと相手取っているような相手なのですから」


「そんなの俺でもできるし、サーシャだってやろうと思えばできるだろ?」



 この言葉を受け、女性は手をこめかみに当てながら、わざとらしく聞こえるように溜め息を吐いた。



「はぁ……私にもできたとして、だから私の方が強いという証明にはならないでしょう? それに相手はまず間違いなく【空間魔法】持ちですよ?」


「ったく、問題はそこなんだよなぁ。まぁだから向こうに取られるくらいならこっちに加えるか、先に潰しておきたいって話なんだけど」


「……ただエルグラントに付くことはありませんよ。少なくともこのタイミングでは」


「なんでよ?」


「先日知らせの手紙が届いていたでしょう? まさか、目を通されていないんですか?」



 サーシャと呼ばれた女性の冷ややかな視線。


 慌てて玉座で胡坐を掻く男は答える。



「あー見た見た、見たって。中央のショボい国が属国になりましたとか、そんなどうでもいい報告寄越してきたやつだろ?」


「そこではありませんが、それです。地図を悪用すれば中枢を吹っ飛ばす――つまりどこにでも攻撃を加える可能性を示唆しているのですから、今回知らせを寄越したラグリース王国のように、属国として手中にでも収めるようなやり方しか取らないのだろうと推察できます」


「はっはー新たな国盗りゲームの参戦者か! って、それならやっぱ早いとこ潰した方が良くねーか? あ、なんなら俺が直接行っちまうか!」


「またそんなことを……」


「はーい! はいはい、はーい!」



 そこで勢いよく手を挙げたのは、報告に訪れていた先ほどの少女。


 意見があると言わんばかりに言葉を続ける。



「なら、あたしが下調べに潜入捜査なんてどうです~? こないだ行ってきたばかりなんで多少土地鑑はありますし、ベザートだかって町の場所もいくつか情報は拾えてますし~♪」


「おっ、じゃあドルーチェも一緒に――」


「ダメです」


「「え」」



 しかし、ピシャリと会話を切ったのは、横に立つサーシャという女性。



「ドルーチェ、あなたのスキルはそう簡単に替えが利かないのです。失うリスクを考えれば、そこまで対象の近くに向かうことは許されません。それに――」



 空気に重さがあると錯覚してしまうほどの重圧。


 向けられた眼差しは、玉座で胡坐を掻く男よりも冷たかった。



「あなた、すぐに()()でしょう? そのようなくだらない切っ掛けで新たな敵を作るなど、現状まったく得策ではありません。エルグラントが恥を捨ててでも近隣国に協力を仰ぎ始めたおかげで、少しずつ連動した動きも見られるようになってきているのですから」


「……だってよ」


「そんなぁ~」



 ここぞとばかりに功績を求めた少女は消沈するも――。



「しょうがねーなぁ。ほら、今回の褒美にシトリア海岸の土地を少しやっからさ。プライベートビーチに海岸から見える無人島付きだ。あの辺りは人も店も残してあるから楽しんでこいよ」


「きゃ~! さっすがシヴァ様、分かってるぅ~♪」


「はぁ~……………このような戦時の只中でバカンスにでも行こうものなら、あなたの居場所は一切なくなりますからね? 行くならせめて勇者タクヤを――エルグラント王国を片付けてからにしなさい」


「「「……」」」



 静まり返る場。


 このやり取りを、本来玉座に座すべき一人の男も黙って聞いていた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 某所にて。



「マリー様、先ほどフレイビル王国から通信魔道具による知らせが……」


「……」


「ロズベリアのレサ奴隷商館が襲撃されたとのことです。ハンターギルドが介入しているようで、奴隷の多くは既に解放されたと」


「クロイスがいて? 幹部連中と、アトスターク侯爵は?」


「死体が見当たらないため、幹部の消息は不明。しかし侯爵は屋敷が丸ごとなくなっているということですから、もう、恐らくは……裏鉱山がどうなっているかはすぐに調査させております」


「……侯爵まで標的にされたってことは、奴隷解放だけが目的ということでもない。既に裏鉱山も手を回された後だろうね」


「また、第五の異世界人ですか」


「ハンスが他所の面倒事に首を突っ込むわけがないんだから、それしか考えられないだろう。ふふっ、それにしてもあの屋敷まで丸ごと掻っ攫うとは、いよいよ遠慮がなくなってきたねぇ」


「良い加減、そろそろ潰しに掛かりますか?」



 また一つ、計画がすんでのところで綺麗に潰されたのだ。


 掛けた時間、投資した金額を考えれば、今回ではなくヴァルツの策が頓挫した時点で行動に移してもおかしくないほどの損害だった。


 しかし――。



「本当におまえは顔と身体だけだね、シェム。未だに小僧の寝床は割れていないんだろう?」


「それは……はい」


「もし真正面から仕掛けて取り逃がしでもしたら、そこからは待ったなしの本格的な潰し合いの開始だ。そうなれば当然相手も全てを失うけど、それ以上にこっちも戦力を削ぎ落とされて大損害を被る。そうなった時に喜ぶのは誰だい」


「戦うしか能のない、西の連中と、それに獣人の王、ですね……」


「ハンスんとこも然り、【空間魔法】持ちの戦いっていうのはそういうもんさ。親玉を確実に潰せる絶好の機会でも掴むか、全てをなげうつ覚悟を持つか。どちらも難しいうちはその好機を掴むための土台でも作っておくしかない」


「承知しました。では早速」


「ああ、要の部分にはまだ気付いちゃいないだろうけど、それでも西の阿呆共と違って最低限の知恵は回りそうな相手だ。偽装と本命、両方混ぜて潜らせときな」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界人はスキル10持ってるから餌なんだよねぇ…… [気になる点] 思ったよりマリーの方が強者感ある…… タクヤ>マリー>シヴァかなぁ、めんどくさい順は
[一言] 意外だ…ハンスとのエピソード聞く限り、シヴァは思ったより強くなさそう 逆に屋敷ごと空間魔法で持ち去ったことを聞いても当然のように平然としているあたり、マリーは思ったより手強そう
[一言] マリーなんて可愛らしい名前が似合わないキャラだね
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