471話 手探りの対策
ダンゲ町長や留守番をしていたペイロさんと、入り口の小屋で来訪者の確認をした後。
そろそろ寝たいけど、先に礼を言うべきだなと上台地へ飛び、そして俺はすぐにその場で固まった。
(なんだ、この空気は……)
いつも皆で食事を摂る石机。
そこには珍しくリステもおり、見張り中のリル以外が全員揃って議論を交わしていた。
いつになく真剣な表情は先ほどまでの会議を彷彿とさせ、今までの体たらくを払拭するようなその凛々しい姿に、思わず「どちら様ですか?」と突っ込みたくなってしまうが……
「えっと、何か問題が?」
とんでもない事件でも起きたのだろうか?
急に怖くなって思わず問うと、フェリンは両手をバーンと机に叩きつけ、勢いよく立ち上がった。
「問題も問題、大問題だよ!」
「ど、どうしたの……? 俺に協力できることならするけど」
「ロキ君、舐められ過ぎなんだって!」
「は?」
「せっかく背が伸びたのに、どこ行ってもすぐ悪い人達に子供扱いされて舐められてばっかり! どうなってるの!?」
「……え? ん?」
なんなんだ?
フェリンが凄く怒っていることは分かる。
頬っぺた膨らませているので、怒るの質が昨夜とは違うからまだ安心できるが……
「だから言ったでしょう。いくら背丈が大人に近くなったとは言え、ロキ君の容姿はまだ幼いのですから」
「そうは言ってもさ! みんなロキ君なんてすぐどうにでもなると思って近づいてくるんだよ!? おかしくない!?」
「ん~ロキ君は生物として強そうに見えませんしねぇ~」
「……」
「言われてみれば確かに、普段は覇気のようなものがまったく感じられませんね……」
「……」
「顔が酷い」
「……おい」
なぜ礼を言いに来ただけなのに、ここまでボロくそに言われなきゃならんのか。
というか、こんなしょうもないことを真面目な雰囲気で話し合っていたのか……?
「ちなみに、なんでフェリンはそんなに怒ってるの?」
「なんか、ロキ君がバカにされると、自分がバカにされているみたいで嫌だったから……」
「あぁ、なるほど」
フェリンがバカにされていたら俺も凄く嫌だし、その気持ちは分からないでもない。
けど、今はこれが美味しいと思っちゃってるところもあるんだよなぁ。
「侮られるってさ、悪党を釣るための手軽な餌にもなるんだよね」
「餌?」
「うん、フェリンもずっと一緒に行動していて分かったと思うけど、まともな人ってまず見た目で誰かを侮ったりバカにしたりしないんだよ。何か思うことはあったとしても、それをわざわざ言葉や行動で示したりはしない」
「うん、それは分かる」
「でも人を傷付けたり害するような連中は平気でそれをする。だから侮ってくれるとあっさり潰すべき対象を炙り出すことができるし、自分が優位だって勝手に勘違いしてくれるから、こっちに都合良く動いてくれたりするんだ」
飯食ってる時に絡んできたチンピラも、裏口のロビーで勝手に賑わっていた連中もそう。
俺を侮ってくれるから盛大に手のひらで転がってくれるし、効率的に悪を狩ることができる。
――そう伝えれば、横でずっと見ていたフェリンは唇を尖らせたまま口を塞いだが、援護するように言葉を吐き出したのはリステだった。
「しかし侮らせ、相手の出方を待つということは、常に先手を譲るということです」
「それは、まぁ、そうだね」
「もちろんロキ君だけであれば、さほど大きな問題にもならないでしょう。しかし今は、護るべき者達を抱える王という立場」
「……」
「ロキ君が侮られることが、延いてはアースガルド王国が侮られることに繋がり、結果的に護るべき者達を危険に晒すことにも繋がりかねませんが、その辺りはどのようにお考えですか?」
あ、あらら……。
フェリンの援護射撃なんて珍しいとか呑気に考えていたけど、なぜかリステの顔がビックリするくらい本気だ。
そのための魔物警備であり、リルの監視。
返す言葉はあるにしても、その対策が常時釣り針を垂らしていい理由にはまったくなっていない。
「効率と引き換えに、ベザートを危険に晒してしまっているような気も、します……」
「そうですよね。ならばロキ君が少しでも畏怖の対象となるよう、『威厳』をその身に纏わせた方が良いと思うのです」
「賛成!」
「賛成です~」
「私も賛成です」
「……賛成」
あれ……こんな女神様達ってチームワークよかったのか?
お食事会という名の報告会の時にもこれくらい本気でやってくれよとは思うが、今は立場的にあまり強く言えない。
「いや、賛成って皆さん簡単に言いますけどね? やっと背が伸びた程度だし、威厳なんて出そうと思って簡単に出せるもんじゃ……」
「だからこそ、私達は何をすればロキ君に王の風格が漂うのか、先ほどから話し合っていたのですよ~」
「あっ、そんな会議してたんだ……」
「しかしこれは~」
「見れば見るほど、どこにでもいそうな子供と変わらない気がしてきたんだけど!」
「下のゼオさんのようになってもらえると良さそうなのですけどね」
「やっぱり、顔、変える?」
「え! リアってそんなこともできるの?」
「ボコボコにしとけば、きっと貫禄が増す」
「……おい」
金髪イケメン野郎にでも変身できるのかと思ってちょっと期待しちまったじゃねーか……
それにリアの場合、冗談か本気か分からないから怖いんだよ!
「できないことを望んでもしょうがありません」
そう言って一人立ち上がったリステ。
そのままスススッと近寄り、俺の前に立つ。
うーん、やはりまだちょっと背が足りておらず、リステの場合は目線が少しだけ上を向く。
「まず、語調をもう少し強くすることはできますか?」
「それは、リステの趣味とかじゃなくて?」
「ちが、います」
「……」
怪しいなと感じながら少し考えるも、すぐに厳しいことを悟る。
それこそリステじゃないが、もう習慣化してしまっているのだ。
それに性格的な問題だってある。
「いや、無理だよね。言葉で威厳を纏わせるほど、誰彼構わず偉そうにしたいとは思わないよ」
「そうですか……となれば他に人の印象を大きく変えられるのは、髪型と服装くらいでしょう」
そう言いながら真剣な眼差しで俺の髪を捏ね繰り回すリステ。
今も髪が伸びたら切ってもらっているのに、この時ばかりは先が見えず、妙な緊張感が漂う。
「やはり、このくらい勢いよくいった方が良いと思うのですが」
そう言って両手をワシッと広げ、俺の髪を大きく掻き上げると、「おぉ~」という声が上がった。
「ちょっと大人っぽく見える!」
「確かに、お風呂上りの髪型ですね」
「あとは平時の服装ですが……念のため確認です。ロキ君はやはり、王侯貴族が身に纏うような服装は好まないのですよね?」
「それは嫌だね。派手だし変だし、暑苦しくて動きにくそうだし」
「なるほど、そこまで否定されるのならば、致し方ありません。ロキ君、お願いですので私とアリシアに、ロキ君の思う強者――、王者の装いというモノを見せてもらえませんか?」
「王者の装い? っていうか、見せるって……あ、まさか」
「そのまさかです。王侯貴族のような装いが難しいのであれば、ロキ君にとって馴染みある地球の衣装を参考にするしかありません。頭で想像してもらえれば、私達が記憶から限定的にその姿を確認しますので」
「……アリシアも覗く意味は?」
「この世界に似たようなモノが無さそうであれば、私が作ろうと思っているからです」
そう言って俺がプレゼントしたお裁縫道具を取り出し、ハサミでチョキチョキと空を切るアリシア。
うーむ、神様がそんなことしちゃっていいのかって素朴な疑問はあるが……
素材は別として、デザイン性だけは俺好みの服を仕立ててもらえるわけか。
あまり記憶を覗かれたくはないけど、これはある意味大チャンスかもしれない。
俺の中でこの世界最高峰と言えるシ〇ムラファッションから、ゲームに出てきそうな中二病全開の衣装へ。
いつもゼオがマントをヒラヒラさせているのだから、俺だってそろそろ黒い服着てヒラヒラさせても良い頃合いだろう。
「ふふ、ふふふ……分かった。平時用の強くてカッコ良さそうな服を想像しちゃうよ? 良いんだね?」
「構いません」
「できれば1つではなく、複数思い浮かべてください」
こうして二人がスキルの入れ替えを行い、俺の想像する異世界ベストファッションを記憶から確認する。
始めの頃やられた時もそうだけど、ただ見つめられているだけで、覗かれているという感覚はまるでない。
そして――、
「どうですか?」
アリシアはなぜか横のリステに問いかけ、その言葉にリステは瞳を閉じたまま何か考えるように手を顎に当て、首を僅かに傾げる。
「見覚えがありますね」
「んん? 何が?」
「トルメリア王国……いや、出所は自由都市ネラスの方でしょうか。たぶんではありますけど、ロキ君の想像された衣装のうちの一つと雰囲気の近しいモノが存在しているはずです」
「え、マジで?」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「ロキ君、随分とご機嫌な様子で帰っていきましたね」
「それはそうでしょう。この世界の衣服に対して限りなく興味が薄いことは、過去に服選びを共にした私が重々承知していましたから」
「だから普段の服はなんでもいいって思ってたのかな?」
「そうなんじゃないですか~? リガルと戦った時の武装は拘りが感じられましたからねぇ~」
「どちらにせよ、これで『数』も減ってくれればいいのですが……」
フェリンから今回の一件に関する報告を受けた時、皆の心中は複雑だった。
確かに、フェリンの目から見ても度し難い悪党というのは存在し、ロキはそのような者達を殲滅すべく動いていた。
そして一掃すれば、被害を受けて苦しんでいた多くの者達が感謝の言葉を口にする。
そのどちらもが本物であり真実であるとフェリンには分かるからこそ、ロキの動きは世界のためになっていると断言できたが、しかし、このままでは――。
ロキから伝えられた、隠されているスキルの新しい可能性。
もし人を殺めるほど反動が強くなるのであれば、今のうちからその数を抑える動きを取っておかねば、ロキにとっても、そしてこの世界にとっても取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。
「ロキ君が今手掛けている国の地図を作り終えたら、すぐに自由都市ネラスへ足を運びます。私も可能な限り事前調査を進めておきますので、もし不足があればアリシア、あなたの腕に掛かっていますからね」
「任せてください。どのような姿を好むのかはおおよそ理解できましたし、あとは相応の素材を調達できるかどうかです。この世界に存在し得ないモノを生み出しては元も子もありませんから」
かつてないほど真剣に考えたこの策が功を奏するのか。
まだ誰も分からないまま、手探りの対策は進められていった。











