470話 報告会議
これは数分前に知ったことだが、ベザートもいつの間にか中央区、西区、東区という区分けで呼ばれるようになってきているらしい。
皆が住む中心地で、大通り沿いには様々な専門店やビリーコーンを始めとする宿が複数並び、少し入れば家が立ち並ぶ中央区。
畑の中にポツポツと建物が点在し、その範囲は足を運ぶ度にかなりの勢いで広がっている農耕地帯の東区。
ニューハンファレスト、クアド商会、巨大風呂といった大型の建物しか存在していない、セイル川より西側を指す西区。
なのでたまたまとは言え、この設置場所で案外バランスは取れていたのかもしれない。
場所はベザートの最南部。
川沿いにクアド商会や巨大風呂を越え、中央区の建物も疎らになり、防壁の役割を果たしている資材置き場も越えたさらに先。
もう森で活動する者達が作った獣道しか存在しないような場所まで入ったところでセイル川を渡り、そこからどこまでも続く森を開拓し続けた結果、各国の王都にも存在する"閑静な貴族街"というやつが出来上がった。
まぁ森は残すと魔物が湧くので、風呂を囲む程度にしか木々は残していないが……
拓いた土地は、新設したクアド商会専用倉庫の分まで含めると、中央区の3倍ほど。
端から端まで普通に歩いたら1時間以上は掛かりそうなほど広大な土地に、拾ってきた豪邸をポンポン置いただけなのだからまぁ広い。
「ロキさん……いったい何をどうやったら、こんなバカデカい家を持ってこれるんすか?」
「ん~このくらい規模が大きい家だと地下もあるから、どれくらい深いか、その範囲も調べてから建物の基礎も含めて地面をかなり深く抉るような感じ? だから設置の時は相応の穴も開けておかないと大惨事になる」
それに魔力消費だってここまでの規模になると尋常ではない。
今回は枯渇する度にフェリンが【魔力譲渡】で全快にしてくれたが、一番巨大な侯爵家なんて一発でキャパ超えして魔力が目減りしていったのだから、難しくはないけど気軽にホイホイできるようなものではなかった。
「全然大変そうな雰囲気が感じられないっすけど……全部で5つっすか」
「いや、裏に隠れて見えていないだけで9棟だね。王都に構えていた別宅とかも回収してきたから」
「そんなに……ちなみに、なんで全部端っこに寄せてんすか?」
「ん~庭の広さとか立地ってその人の好みがあるでしょ? だから買い手が決まったら、購入者の希望に合わせてまた建物を移そうかなって思ってた」
「その考え、斬新過ぎません?」
侯爵が2つ、サザラーが3つ、クロイスが2つ、イェルが2つ。
ちなみにご自宅を勝手に格付けすると、侯爵家本宅が唯一のAランクで、次点のBランクが5つに、クロイスとイェルの王都用別宅の2つがCランクといったところだろう。
Bランクの時点で部屋が軽く100個以上はありそうな豪華絢爛っぷりで、Aランクになると各国の宮殿や、かつて航空写真で見た迎賓館クラスと違いがさっぱり分からないほどの規模になる。
「っていうか俺っち、家の値段なんてまったく分からないっすよ?」
「うん、同じく俺も分からないし、値段は適当でいいんじゃない?」
「え?」
「だって今までは回収しなかったモノを無理やり持ってきただけだから、このまま朽ちたところで損にはならないし」
「いやいや、そんな勿体ないじゃないっすか」
「そそ、勿体ないってその程度だから、値段はクアドが納得できればいくらでもいいよ。そのうちこの手の家の価値に詳しい人が現れれば、その人に任せちゃってもいいしね」
「え~ちょっとの匙加減で数億ビーケくらい平気で動くっすよねぇ……」
「そりゃそうだろうね。まぁそれでも、いくらで売るかよりも誰に売るかの方が重要でしょ」
「……確かに」
「どれだけ金を持っていても、俺は貴族様だぞって威張り散らしているようなヤツには絶対売りたくないっていうか、住んでほしくもないし」
「それじゃ購入希望者がもし現れたら情報を控えて、最終審査はロキさんにしてもらうっすか。あからさまに偉そうな雰囲気のヤツはいくら購入意欲が強くても審査落ちってことで俺っちが弾いとくっすから」
「あ、それいいね。そうしよっか。んで誰も住む人が現れなかったら、町民でドキドキ大抽選会でもやっちゃう?」
「な、なんすかそれ……夢があり過ぎて逆に恐ろしいんすけど!」
どうせタダで拾ってきたモノなのだ。
いい使い道が生まれればそれで良し。
その程度の気持ちで運んできた家をさらっと眺め、俺達はニューハンファレストに向かった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「うほぁ~お腹空き過ぎて死にそうだったんで、ヤバいですねコレ!」
目の前には俺がオネダリして作ってもらったカレーライス、ボーラさんに無言で出された澄んだ色のスープと生野菜に、これも俺がヴァルツで一度見てから恋焦がれていたトンカツっぽいモノまで存在している。
考えてみれば昨日の夜にフェリンとチンピラ共に絡まれ、食いかけのまましょうがなく店を出てから何も食べていないのだ。
あまりにも豪勢で、かつ俺好みな食事に涙がじんわり浮かんでくる。
「なんでうちの王はこの程度の食事で涙ぐんでんだよ……」
「あの激辛かぁりぃライスってヤツを食ったからじゃないのか?」
「いや、違う。ノディアスの作ったトンカーツ見て涙腺が崩壊していた」
「全部っす、全部……あぁ、もうほんとありがとうございます! 我慢できないのでいただきますね!」
「ちょっとロキ君、一応報告会議だってこと分かってる?」
「まぁ食いながらでもできるだろう」
「うむ、ワシもこのかぁりぃライスっていうのには興味があったんじゃ。早く食うてみたい」
「では私もいただきましょうか。味の確認もしておく必要がありますしね」
場所はニューハンファレストの奥に設けられた完全個室のVIP席。
俺が夕飯時に現れたのなら丁度良いと、ここで不定期の報告会議が開かれることになった。
夜じゃないとみんな仕事で離れられなかったりするしね。
今もこの食堂は宿泊客でかなり激混み状態だったので、料理を作ってくれたボーラさん、ノディアスさん、インド人は顔だけ出したらすぐに退室。
ここには纏め役のヤーゴフさん、アマンダさん、ダンゲ町長の他、商会の責任者としてクアドと、ニューハンファレストの長としてウィルズさんも参加していた。
「ぶるべいっ!!?」
そしてダンゲ町長が喉を掻きむしりながら椅子から転げ落ちたところで、各人の報告がスタート。
皆がモグモグと食事しながらの適当な会議だが、話す内容は案外まともでビックリしてしまった。
「とりあえずクアド商会は今月の売り上げが220億ビーケ、商会を開いてからの通算は鉱物や魔石の大口取引もあって既に500億ビーケを超えましたし、右肩上がりでモノが売れまくってるっすね! 難点は細かい品物の値付けが全然間に合わないことくらいっす」
「カレーマジでうめぇんだが……それじゃそろそろ防犯のために一回お金抜いておこうか。今回大量に売り物も補充できたし、これで当面はもちそうでしょ?」
「あれだけあったら1年くらい余裕なんじゃないっすか? あ、ただ原料とか素材は求められても置いていないことが多いんで、ロキさんが各国の露店市で珍しいモノを見かけたら纏めて買ってきてほしいっすね」
「あ、了解。それじゃ見かけない食材も一緒に買ってこよっか。ウィルズさんもその方が良いですよね?」
「ええ、提供できる食事に幅も広がりましょうし、何かしら活用して作れる人材もここにはおりますからね」
「余ったら町のお店に卸しちゃってもいいし、とりあえず持ってきたらクアド商会の方に置いておくんでよろしくお願いします。そろそろソースも……ってトンカツのソース!? そうだそうだ、あの二人に存在を聞いたことがあるのか確認しなくては……」
「んんっ! では次に私が。ニューハンファレストは客室稼働率が85%超と概ね好調で、窓の設置、寝具や個室風呂の設備面も全室が完了し、現在はほぼ通常運転に近い形で営業しております」
「あれ? ほぼって、まだ不十分な箇所なんてありましたっけ?」
「床や内壁の"磨き"ですね。今も職人を呼んで作業を進めておりますが、これは相当時間が掛かるかと」
「あぁ~確かに、僕が作った時よりかなりテカテカして綺麗ですもんね」
「クアド商会への裏口も宿泊された方々には大変好評ですし、現在は冬季のため稼働しておりませんが、商会屋上のプール施設も既に期待の声を多く頂いております」
「水着は開発中よ! 絶対になんとかするから春まで時間を頂戴!」
「僕も入りたいんでめっちゃ期待してますからね。あ、あとこれ、クアドにも伝えたんですけど、商会の中で荷物を運ぶトロッコの草案なんで、一応こちらもできそうか確認してみてください」
そう告げるとアマンダさんは当然として、横に座っていたヤーゴフさんも覗き込むように確認している。
カレーにトンカツも最強だが、コクのあるこのスープはなんだろうか。
すっきりしているのに旨味がかなり強いし、魔法瓶があったら中に入れて狩りに出かけたいくらい美味いなこれ……
「金属製のレールと車輪……構造だけなら馬車の応用でなんとかなりそうだけど、問題は動力よね?」
「ここまでやって手押しってのアレですし、強力な【風魔法】の魔道具があればいけそうな気もするんですけどね。広く出回っている送風程度の目的じゃ絶対に無理なんで、積んだ荷物まで動かせるほどの強化版を用意できるかが鍵なのかなって思ってます」
「ふむ……面白そうだな。本当に上手くいけばだが、町中でも同様の構造で人を乗せたまま走らせることができるかもしれない。そうすれば中央区から離れた東区の農地までも移動は容易になるし、農作物の運搬だってだいぶ楽になるだろう」
「ですね。なので一応優先度の高い案として考えてみてください。いつ来ると断言はできませんけど、ベザートに魔道具技師の人も来ると思いますので」
「え? そうなの?」
「ええ、他国の仕事絡みで、無理やり奴隷に落とされちゃった人達の一部がベザートに来たがっていたんです。なので来たら適材適所と言いますか、やりたいことを自由にやらせてあげてください」
「ふむ、了解した。その辺りはワシが請け負おう。あとこれが今のところ町を見ていて感じた要望じゃ。ヤーゴフと相談しながら纏めておる」
そう言われて渡された木板を眺めると、ノータイムでゴーサイン出そうかと思うくらい、建設的な内容が書かれていた。
「えーと、ラグリースとベザートを繋ぐ道、それにベザートの中央通りを馬車の通りやすい石畳に……はい、オッケーです。今日もだいぶ石材を調達できたので、手の空いている人達がいればどんどん進めちゃってください」
「了解した。賃金の設定はこちらでやってしまった方がいいのか?」
「ですね。基本的には全部お任せしますので、皆さんが良いと思うことを皆さんで決めながらやっちゃっていいですよ。僕は一定量のお金を預け、変な使い方をされていないか確認するくらいで十分ですから」
「ふむ。じゃあ2番目の風呂の掃除番と、使用料の件も問題無しか」
「これもできるなら全然やってもらって構わないんですけど、お風呂にお金が払えるほど皆さんの生活に余裕が生まれてきたんですかね?」
気になったのはここだ。
皆に金がないから一番分かりやすい人頭税も省いたというのに、お金を取ってしまって大丈夫なのだろうか?
「もう町を作り始めた時にいた者は家も出来上がっているし、早採りの野菜は既に収穫期に入って金にも換えられるようになってきている。職人連中も何かとアマンダが仕事を振っているしな」
「なるほど……1回の利用料が200ビーケ、徴収した分から男女5名ずつ風呂番を雇用し、掃除や温度管理の仕事に従事させつつ、余剰資金を町の自警団設立資金に充てるための備蓄費用に回す――、いや、素晴らしいですね。ちなみに自警団ってことは、多少なりいざこざが出てきました?」
「いや、それがビックリするくらいない。本当にビックリするほど、なーんも、ない」
「え?」
「時間の問題だろうとは思うがな。巨躯の魔物が徘徊する異世界人ロキの国となれば、誰も彼もが最初は驚くほど行儀が良い。だが人はいずれ慣れる。それが1年後か3年後かは分からないが……魔物だけでは対応が難しくなる前に、組織を作っておいた方が良いと思ってな」
「この税制を続ける限り人は必ず増えるし、現に増えてきておるしなぁ」
「今、この町って推定8000人とかそのくらいでしたっけ?」
「いや、1万人はもういてもおかしくない」
「ん~お風呂ってみんなどれくらいのペースで入るんです?」
「私は毎日ね」
「私は2日に1度だな」
「私も毎日ですね。ただ部屋の清掃も兼ねて宿内で済ませてしまうことも多いですが」
「ワシは3日に1度、頭が痒くなったら入っとるぞ」
「俺っちは半月に1度くらいっすね! どうも熱い風呂ってのは苦手で――」
「クアドはせめて3日に1度は入って。これ、命令」
「なんで自分だけ!?」
1万人が仮に3日に1度風呂を利用したとすれば、収入は月に約2000万ビーケ……
そこから10人の賃金を支払ったとして、月に1500万ビーケも余剰資金が生まれれば、十分自警団は運営できるか。
「どなたがされるかは決まっているんですか?」
そう問えば、皆の視線はウィルズさんに集まる。
「あくまで宿の管理と運営が優先ではありますが、私と、それにノディアス殿が管理者ということになるでしょうね。あとは一定の水準を満たす者達を団員とし、各々の仕事を兼任しつつ何かあった時に動く程度で最初は十分でしょう」
「ははは……それは心強い。お二人がトップなら僕も安心して任せられます」
もう本当に、人に恵まれているというか、なんというか。
町が少しでも良くなるように、こうして案を出してくれることには感謝しかない。
俺は皆を全力で護るつもりだが、ベザートは俺の町ではなく皆の町。
そう思ってくれていることに嬉しさと心強さを感じながら、他にもいくつかある案に目を通しつつ意見を聞き――。
1時間ほどの会議という名のお食事会は、大変充実した内容で幕を閉じた。
終わった後に、
「あれ、女神様達の報告会とまったく違くない?」
と、驚愕したのは言うまでもない。











