465話 きっかけ
二人とも痛みに弱かったのかな。
かなり強い抵抗は見せたものの、比較的綺麗な身体のままで済んだ死体を回収しながら、ふと思う。
(たぶん、今回の戦利品は過去一番にヤバい……)
保有している現金や物品、複数ある家など。
ついでに聞けるだけ聞き出したクロイスの分まで含めると、幹部連中が吸い上げていた資産はいったいどれほどになるのか。
それにまだ、ここから続く。
ロズベリアの領主――アトスターク侯爵まで。
だが、まずは先にここをきっちり片付けないとな。
「フェリン、ここからは本気で忠告しておくよ」
「え?」
「たぶん、この先はかなりキツい光景が待ってるかもしれない。見て良いことなんて何も――」
「行くよ」
「やっぱり?」
「だって、ロキ君は見ても良いことなんてないのに行くんでしょ? このろくでもない組織を壊すために」
「そうだけど……」
これ以上は言っても無駄。
そんな覚悟が目に宿っていたからこれ以上の言葉が出てこない。
でも、その覚悟で足りるのか?
聞いていた話と可能性を考えれば、そんなことまで考えてしまう。
フロアの3分の1は占めているであろう重厚な壁の先。
そこには1つの扉があり、開けると左右二手に分かれる通路が。
この時点で異臭を感じながら先に進むと、その通路はぐるりと周囲を囲うようにして存在していたことが分かる。
中心部に向かう扉は1つだけ。
臭いの元も間違いなくここだ。
意を決して開けると――、
「うっ……」
「……」
後ろにいたフェリンがすぐに呻き、俺も想像以上の光景が広がっていたことで言葉を失う。
机の上に乗せられた多くの遺体。
それは背丈からしても主に子供で、まるでキメラのような……
部分的に様々な魔物の身体と繋げられていた。
多くは緑色の体表をしているのだからゴブリン系だろうけど、中には狼系の獣人に狼種の魔物など、人の形状を成しえていないモノまで存在している。
(なんだよこれ……)
そう思うも、その答えはすぐに見えてくる。
部屋にはいくつもの魔石が転がっており、胸を開かれた人の身体に、大きさの異なる魔石がそれぞれ埋め込まれているのだ。
中には胸部だけをそっくり移植した子供の死体もある時点で、きっとそういうことなんだろう。
「ロキ君、これって……」
「たぶんだけど、『俺』を実現しようとしたんじゃないのかな」
どうすれば、人は黒い魔力を生み出せるのか。
どうすれば、人は魔物のスキルを使用することができるのか。
実在する以上、何かしらの方法がある。
その力が得られれば、絶大な戦力に繋がる可能性がある。
きっと、そう思って……
人に見られるリスクを恐れ、それでも衆目に晒した代償の一つが、きっとこの実験なんじゃないのか?
イェルが最近になって臭い木箱が運ばれるようになったと言っていたことから、少なくとも数年前から続けられている実験ではないだろう。
「起きてください」
まぁ、聞けば答えが返ってくるかもしれない。
無造作に投げ捨てられた死体の横で、突っ伏したように寝ている爺さん――ミクロに声を掛ける。
「おい、起きろ」
「……んがっ、寝落ちしてもうたか……って、誰じゃ貴様ら、新しい素材か?」
「そんなわけないでしょう。この商館をぶっ潰しに来たんですよ」
「なら普段から悪巧みしている連中は外じゃ。イェルとサザラーがいるだろうからそっちでやってくれ」
……なんだ、この爺さんは?
まるで他人事のような、自分は関係ないとばかりにフラついた足取りのまま片づけを始めた。
悪巧みって、これが悪という認識もないのか?
「あなたのこれは、悪いことではないと?」
思わず問うと、さも当然のように爺さんは答える。
「当たり前じゃろ。異世界人だからという特殊な事情があるのかもしれんが、もし凡人に魔物の属性が備わればこの世界は大きく変わる。あまつさえ新しい進化の経路を生み出す可能性すらあるのじゃぞ?」
「……」
「こうした部位結合による一時的な稼働までは確認できているのだ。あとは魔石を内包しても支障のない適合者を探しつつ、身体の過半を魔物に換えていく実験を進めていけば、いずれ人と魔物の融合体も――」
爺さんが饒舌に語る内容に一瞬疑問が湧き、理解した途端心が大きくざわつく。
「ねえ、今一時的な稼働は確認できているって言った?」
「そうじゃが?」
「つまり、子供を生きたまま切断して、魔物と強引に繋げてたってこと?」
「当然じゃろ。生きたまま反応を見るから実験の意味が、あぼっ――……」
『【神聖魔法】Lv4を取得しました』
『【医学】Lv7を取得しました』
金具で台に貼り付けられた子供の遺体にソッと触れれば、まだ僅かに温かかった。
乱雑に置かれた血濡れの工具。
それに乾いた涙の跡を見てしまうと、どういう状況下で実験が行われていたのかも想像できてしまう。
ふぅ――……
「ロキ君……」
「たぶんないとは思うけど、どっかで同じような実験やってるバカがいたら教えてよ。俺が即行でぶっ潰しに行くから」
「うん、でもこんなの、ロキ君のせいじゃ……!」
そう、心配そうに俺を見つめるフェリンに首を振る。
「間違いなく俺が切っ掛けではあるんだろうけど、でも俺のせいだとは思ってないよ。だから責任を丸ごと抱えようとか、そんなことは考えてないから」
「そっか……」
「ただ、こんなことを平気な顔してやっているヤツラが心底嫌いだから潰すってだけだし、狂った医者にこんな実験させて、その成果を利用しようとしているマリーも絶対に潰すから」
「分かった……」
考えてみれば、女神様に転生者を潰すってはっきりと伝えたのは初めてか。
ここに来て、散々マリーがロズベリアで何をやってきたのか話を聞き、フェリンはさらに当事者の記憶からも確認しているのだ。
直接的ではないにしても、良かれと思ってこの世界に転生者を呼び込んだ女神の一柱は今どんな顔をしているのか。
面と向かっては見れないまま、黙々と無人となった5階フロアのモノを収納していった。











