461話 最上階へ
「もう誰も来なくなっちゃったね」
「この辺りで打ち止めかな? 【広域探査】でも、レサ一家の反応がこの建物の上階くらいしかなくなっちゃったし」
「これで何人?」
「2200人ちょっと」
「うん、私が数えてたのも同じくらい」
まともに立つ者が誰もいなくなった裏口ロビー。
そこそこやりそうな獣人がこちらの狙いを漏らしたせいで、現場は軽いパニックに。
そのお陰で一気に殲滅するハメになっちゃったけど、順調過ぎるくらいに集まりは良かったし結果オーライか。
この世界の住民は寝るのが早いので、時間帯からしてもそろそろ頃合いだろう。
もうゴミ箱もパンパンだしね。
『大量の、水』
「あぶぁ!?」
「て、てめぇ! 何しやがる!」
ずっと背後で煩かったゴミ箱の中身が余計に騒がしくなってきたけど、いちいち反応しても疲れるだけ。
勢いよく水を放出しながら、今後の予定をフェリンに伝える。
「とりあえずここをキレイに片付けたら次は上かな。幹部の名前で反応するやつがまだいるし」
「それが終わったら奴隷の人達を解放するの?」
「かな。まぁ全部が全部ってわけじゃないだろうけど」
「そうなんだ?」
「うん、中には犯罪奴隷とか借金奴隷もいるから」
もう異世界に来て1年半以上経つのだ。
奴隷商売は今のところ存在しない国が見当たらないくらいだし、合法的に成り立っているのであれば今更そこに文句はない。
逆に罪を償い更生する場が他にないのであれば賛成くらいまである。
軽犯罪者が奴隷落ちして世の中のために役立つことをするのも、借りた金を返せないやつが奴隷落ちして返すまで強制労働するのも当然のこと。
ただこの世界だと、強引に罪や借金を擦り付けられたっていうパターンもあるから判断が難しいわけだけど、今回は協力したがりなフェリン大先生がいるからね。
「うぶっ……ぐるじ……っ……」
「だすげ……」
「死ぬ……息、がっ……!」
「おめぇ……ホガッ……殺せねーんじゃ……!?」
なんというか、餌を求めて水面から口をパクパクさせる鯉を思い出すな。
「多くの人達に恨まれるほどの迷惑を掛け、平気な顔して僕を殺そうする人達をなんで生かさなきゃならないんですか?」
「え……?」
「殺すと周りがすぐ逃げそうだから、餌として生かしておいただけですし、用が終わったのなら次は殺すだけです」
「なん、だ……それ……」
「というわけで皆さん、さようなら」
――【雷魔法】――
『奔れ、"地雷矢"』
パパンッ、パンッ! パパパンッ!
『【聞き耳】Lv9を取得しました』
『【逃走】Lv9を取得しました』
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「どう?」
「……うん、問題無し、前の時と変わらないね」
「ほんとにほんとに?」
「本当だっ、ぷぇ!」
両手でほっぺた挟まれたって変わらんから。
顔を固定され、覗き込むようにジッと瞳を見られても、本当に変化がないのだから反応のしようもない。
意識すれば、少しだけ疼く程度。
これなら前と同じだ。
おおよそ3000人を超えてくると、意識せずとも嫌な欲が湧き上がってくる。
そう伝えれば、フェリンも納得したのか、分かりやすくホッと息を吐いた。
心配性だなぁ……
「うし、死体の回収も終わったし、次行くよ。それともここで休憩してる?」
「行く行く! 行くから!」
ツカツカと。
敵の反応は拾えているわけで、無遠慮に階段を上っていくと、2階の大きな食堂と厨房には数人の料理人が。
3階には衣類とかシーツのような大きい布が大量にあり、ここにいる奴隷の生活を支える使用人のような人達がいた。
揃って下の喧噪をずっと耳にしていたのだろう。
隅で怯えたように固まっていたが、顔を見てもすぐに分かるし、念のために視ていたフェリンもあっさり白の判定を出している。
この人達はただ奴隷の世話をしていただけで、人を攫ったわけでも、ましてや誰かを殺したりしたわけでもないのだから解放だ。
明日から職はなくなるだろうけど、そういう場所で働いていたのだから、それくらいは自己責任ということにしておこう。
そして4階へ。
少し雰囲気が変わり、アパートのような個室の並ぶ居住区を横目に確認しながら、すぐ5階へ上がる。
「あれ? ここは寄らないの?」
「最初はこのフロアにも人がいて、チラチラ階段からうちらの様子を窺ってたんだけどね。下りられないことが分かったからか、全員5階に避難してるよ」
「ふーん」
まぁ、あとでモノを全回収しに戻ってくるけど。
それよりも今は、わざわざ待ち構えてくれている人達の所へ。
5階に足を踏み入れると、今までとはまったく異なる世界が広がっていた。
かなり大げさに言えば、マンションのペントハウスだろうか。
今までは奴隷商館の一部が完全に区切られ、従業員やバックヤードのスペースとして活用されていたが、5階はまさに支配者の階層とでも言わんばかりにかなり広い空間が確保されている。
落ち着いた色合いの調度品ばかりなので、あそこまでの派手さはないし玉座もないけど、少し謁見の間に近い雰囲気を感じてしまうな。
「本当に上ってきちゃったわね」
「だから言っただろうに。間違いなく目的が違うと」
大きな部屋の中心には円卓のテーブルが。
そこにはナイトドレスを纏った色気のある女と、白髪を左右に長く垂らす老人がこちらを見つめながら座っており、その周囲を取り囲むように、武器を握りしめた連中が――、全部で14名か。
表情を強張らせながらこちらを睨みつけている。
――【心眼】――
――【探査】――
「んー……やっぱりシャイニー・レサとクロイスという人物はここにいなそうですね。それとミクロという人は奥の部屋にいるようですけど、お腹でも痛いんですか?」
「ふむ……"八式遮断結界"まであっさり突破しよるとは、たまらんぞこれは」
「あの変人が望んで人前に出てくるわけないじゃない。それより私らは眼中に無し?」
「いえいえ、あなた方もここを訪れた目的の一つですよ。国内外で19の店を構えるミスリルランクの豪商――サザラー商会長に、商業ギルドロズベリア支部のトップであり、貸付を一手に担っているイェル・サーレン支局長」
「あら、話が早いわね。私がサザラーよ。念のため私達は今後、後ろの女に手を出さないことはここで誓っておくわ」
「何も血を流すだけが解決の仕方ではないのだ。お互いに建設的で実のある話をしようじゃないか」
そう言われ、座れと言わんばかりに背後に控えていた男の一人が、豪勢な椅子を一脚手前に引いた。