460話 タレコミ
あと少しだった。
機が熟し、ガルムへ先に移り住んだ家族の所に行ける。
この街と組織から逃れられる……そのはずだったのに……
「随分と手間を掛けさせてくれますねぇ……うちの情報を売っといて、逃がすわけないでしょう」
「ち、ちがっ、違うんです! クロイス様! お、俺はそんなこと……!」
そうは言うも、これはもうダメだろうと、内心では分かっていた。
普段は表に出てこない、組織の実質的な頂点と言っても過言ではない人物が目の前にいる。
何をどう足掻いたところで勝てないような人物が。
あとは俺が口を噤むことで、家族を守れるかどうかだが。
「んごぉおお……ッ!?」
左手に感じる、嘔吐感も伴う強烈な痛み。
クロイスは俺の小指を毟り、興味なさげに投げ捨てた。
それでも、家族を守れるのならば、俺は……
「終わった時、どこまで身体の部位が残っているかはあなた次第。タレコミも入っているんですから、早く吐いた方が楽に死ねますよ?」
「……」
「あぁそれと、裏切り者のあなたはどうあっても死にますが、ガルム聖王騎士国に移り住んだらしいあなたのご家族も、あなたと同様の段階まで部位を破壊したまま、ミクロに無理やりにでも生かさせます。私も忙しい身なので、その点もよく踏まえて答えなさい」
「そ、そんな……ッ!!」
怒りによる熱と、恐怖による寒気と。
心の中がぐちゃぐちゃに混ざって破裂しそうになるも、一つだけ、底には先ほどからブレずに残り続けている疑問がある。
絶対にバレないよう、手は打たれていたし、こちらも打っていたはずだった。
なのになぜ、バレているんだ……
今更になって、なぜ……
「それではロレント百人長、あなたがハンターギルドのオムリに吐いたこちらの情報を全て教えなさい。余計な誤魔化しが後々発覚すれば、家族は奴隷落ちを願って止まないほど悲惨で惨めな人生を、長く、長く、長く、送るでしょうね」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
草叢には突起した箇所がほぼ見られない、血濡れた丸い肉塊。
その姿を眺めながら、光のない森の中で二人の男が会話を交わす。
「うちの構成人数に組織階級と幹部情報。それに背後の繋がりと、レサ一家の表と裏の細かな活動内容、ですね……コイツ、そら言吐きやがりましたかね?」
「ここまで身体を削ぎ落としたのだから、まずそれはないでしょう」
だが、疑問が残るのも事実だった。
男が吐いたのは、オムリなら当然のように知っていてもおかしくない、今更な内容ばかり。
極一部の幹部連中しか知りえない情報に関しては、当然知らないのだから吐いている様子もないことが分かった。
にも拘わらず、情報と引き換えに渡されたのは、末端に近い連中からすれば目も眩むような大金。
加えて家族を含む国外脱出の手引きと、ガルムの王都に住まいまで用意されていたとなれば、到底つり合いが取れているようには思えない。
「知らなくてもおかしくないと言えるのは、領主――アトスターク侯爵の悪趣味くらいですか」
まあ、嗅ぎ付けたその情報が正解だと知ったところで、王家が渋い顔をする程度。
さほど大きな問題になるような話でもないだろう。
となると、狙いがますます分からなくなる……
「オムリの野郎を捕まえて吐かせますか?」
「いや、そうしたいのは山々ですが、それではあの狸に踊らされるだけ。自分の身に何か起きれば、ハンターギルドという組織が敵に回る手筈くらいは整えているでしょう」
「ウザったいですね……」
「アレはそういう相手なのです。レサ一家はこの街だからこそ存在する意味もあるというもの、組織が崩壊する可能性のある動きは取れません」
しかし逆の見方をすれば、Aランクハンターを相応に抱えるオムリでもうちに手出しはできないということ。
ハンターギルドの母体を敵に回すようなことがなければ、今の地盤でレサ一家が揺らぐことはない。
そう思っていたところで、タレコミの木板を持っていた男が口を開いた。
「そういえばこのタレコミって、なんで今更届いたんでしょうね」
「?」
「だってロレントの野郎が言ってたじゃないですか。オムリに情報売ったのは、もう3ヵ月以上も前の話だって」
「……」
僅かに心がざわつき、改めてタレコミの木板を眺める。
『少し前、ロズベリア北西部のイシピ4番廃鉱に隣接した廃村でロレントを目撃した。ハンターギルドのギルマス"オムリ"と二人だけでおり、対価として莫大な金と、ガルムに居住を移す段取りを付けてもらう代わりに組織の情報をペラペラと喋っていた。堅気に戻りたがっていたからだと思うが、家族は既にガルムへ移り住んでいるようだし、これは明らかな裏切りだ』
これが商館裏手の入り口に置かれていたのを、末端の構成員が拾った。
情報元が構成員なら、普通はこの功績に対しての見返りを求めるもの。
そのため外部の人間であろうという想像は付くが、誰が書いたかは不明であり、【広域探査】を使用しても犯人は特定できず。
そもそも置かれていたのが昨日の話なので、広範囲を探す時間もなかった。
が、言われてみれば確かに、まるでロレントが街を出るのに合わせたような場面で置かれている。
わざとらしく、必ず誰かが気付く場所に。
そしてこのタレコミがあったためにロレントの居場所を探り、既に街を出ているというから私が直接動くハメになった。
狙いは――つまり、私か……?
「……すぐに、商館へ戻りますよ」
「え?」
返答も聞かず、走り出す。
もし、ロレントから聞き出した今更な情報が、その中身ではなくロレント自身を囮に使う目的だったとしたら?
ならば末端に毛が生えた程度の構成員が持つ情報などに大きな意味はなく、せいぜいが把握していた内容との擦り合わせや補完程度。
ロレント自身も真意を知らぬまま泳がされていた可能性がある。
「もし私が商館を離れるように仕向けられていたとしたら……ふふ、ふふふっ……!」
この時、時刻は21時手前。
男の底冷えするような笑い声は、白く染まり始めた闇夜に溶けていった。