451話 フレイビルの王
フレイビル王国の王都『グラジール』。
高台に聳える白亜の宮殿に向かうため、真っ直ぐ延びた大通りをトボトボと歩きながら、本日何度目か分からない溜息を漏らす。
(はぁ~しんど……)
ゴリッゴリの敵国なら全員肉団子にしか見えないから、何も気にならないし、気にもしない。
ハンスさんのような異世界人が治める国も、まだ親近感が湧くから許容できる。
しかし、こうも接点の薄い他国の宮殿となると、向かっているこの段階からもう心がしんどい。
パンッ!
頬を叩いて気合注入。
舐められるから堂々としろと、場慣れしたのか以前よりだいぶ肝が据わり始めたダンゲ町長の激を思い返し、ピンと背筋を伸ばして正面を見据える。
「すみません。こちらの王様に会いたいんですが」
「内容によっては謁見の予約を入れることは可能だが……何用か?」
頭の天辺から足の爪先まで、舐めるように視線を向けた後は、周囲を軽く見渡す兵士の男。
今ある情報から俺が何者かを判断しようとしているのだろう。
背が大人の水準になってきたことで、ギリギリ最低限の対応はされているっぽいけど、歩いてここまで来ている時点で反応はかなり渋い。
そりゃ貴族や他国の王様が、従者も無しに一人ノコノコと歩いて来るわけないもんね。
「これを。別件の用事もあってですが、立ち寄ってほしいと、そう書いてあったので」
「え?」
渡したのは、以前うちに届けられたフレイビル王家からの書状。
まぁ内容は詫び状みたいなもんだが、これで滞りなく話も進むだろう。
問題は即日会えるのか、それとも後日になるのかだが――。
「さ、さっ、先ほどは! 大変失礼致しました! 我らが王はすぐにでもとのことで、ささっ、どうぞこちらに!」
5分ほど待っていると派手な鎧を着たおっさん達が現れ、そのまま中へ案内される。
そして、豪勢な待合室で少しだけ待機後、案内された部屋には二人の男性が。
一瞬、仰々しい謁見の間じゃなくてホッとしていると、この人が王様だなと分かる身なりをした小さな男が歩み寄りながら右手を差し出してくる。
身長は2ヵ月前の俺と同程度、雰囲気からしても初めて見る人間とドワーフの混血だろう。
白髪の混じった灰色の髭を見ればそれなりの年齢なんだろうけど……
目の前の男は様々な感情を隠すように、随分と似合わない笑顔を作っていた。
届けられた書簡には歓待なんて書かれていたのに、とてもそんな雰囲気ではないな。
「よくぞ来てくれた。儂はオスカー・ロルフィオン・フレイビル。オスカーと呼んでくれて構わない」
「ロキです。突然立ち寄ってしまってすみません」
「とんでもない。こちらとしては一刻も早くそなたに詫びたかったのだ。ヴァルツの件、戦争を止めるような手立てが打てなくて申し訳なかった」
この言葉に続き、オスカー王の背後に控えていた老人も、一歩二歩と前に出て深々と頭を下げる。
こちらはずんぐりむっくりしているけど人間だな。
「ロズワイド侯爵です。ロキ王とラグリース王国の関係性も知らず、安易にヴァルツからの戦争参加要請を通そうとしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。フレイビルは不戦を選択されていますし、傭兵ギルドからの指名依頼も、後から知ったということもあって何も影響はありませんでしたから」
あの戦争でフレイビルがやらかしたとは思っていない。
それが伝わったのか、数度の謝罪が繰り返された後はロズワイド侯爵が部屋を退室していき、10畳程度の落ち着いた部屋でオスカー王と二人だけになった。
うーん、ここを監視するような存在すらいないっぽい。
だから、
「護衛とかは大丈夫なんですか?」
今までの僅かな経験からくる、素朴な疑問。
これに対し、
「クハハッ、本気で儂を殺ろうと思ったら護衛なんぞ何も関係なかろう? 無駄なことは好まん主義でな」
「奇遇ですね。僕もですよ」
「それに人払いをした方が本音で語り合える」
「……」
この言葉と同時にスッと笑顔が引いていき、まるで巌のような、巨大な存在感を示してくる。
覚悟の籠った、怖い顔だ。
いったい俺にどのような感情を持っているのか。
他人事だが、やはり王になるような人物は良くも悪くも何かが違う。
「儂に何かしらの用があって訪れているのは重々承知しておる。しかし先にこちらの用件も2つ片付けさせてもらいたい」
「なんでしょう?」
「単刀直入に聞こう。我が国と同盟を組まれる意思はあるか?」
会えば出てくるだろうなと思っていた問い。
だからこそ、ノータイムで答えを返す。
「申し訳ありませんが、敵になるつもりも、味方になるつもりもありません。その上で、お互いが平和であり続けられればいいなと、そう思っています」
「やはり、そういう回答になるか」
相手も予想はしていた。
そう言わんばかりに、懐から取り出した1枚の羊皮紙を机の上に広げる。
ヘディン王が各所に送った手紙だな。
ということは、もう1つの用件は地図に関連すること――。
そのように想定したものの、まったく違う話がオスカー王の口から飛び出す。
「ならばお互いに鉱物売価を合わせないか」
「え?」
……どういうこと?
予想外過ぎて固まる俺に、もう数枚の羊皮紙を、今度は俺にはっきりと見せるように滑らせてくる。
黙って目を向ければ、最初の1枚には各鉱物それぞれの取引価格が記載されていた。
んん??
「ヴァルツほどではないにしろ、大陸中央が苦しいのはどこも同じだ。うちとて例外ではない。だからこそロキ王が不定期とは言え始動してくれた転送物流には大きな期待と感謝をしておる。が……鉱物の売価、こればかりはさすがに看過できぬ。合わせるくらいならアースガルドにとっても損な話ではなかろう?」
「売価……あぁ、なるほど」
複雑な感情を抱えていそうな雰囲気を醸し出していたのは、同盟国を潰した張本人が訪れたせいだと思っていたけど、ここでようやくそういうことかと理解する。
クアド商会の存在がフレイビルにとって邪魔――、たぶんそういうことだろう。
なんせうちは、セコい俺が悪党の資産を根こそぎ回収しようとしてしまうので、武具を含めた鉱物類を大量に抱えている。
加えて《夢幻の穴》からも様々な高純度鉱物を仕入れられたわけで、クアド商会にはまだまだ尽きないくらいの鉱物ストックが溜まっていた。
そして、それらを狙い、西側諸国の商人が買い求めに来ているのだ。
過剰過ぎる在庫を解消しようと動いていたので、うちの売り捌いている価格がフレイビルより安くても驚きはしない。
クアド商会が西側の鉱物需要を一部塞き止めているだけでなく、価格面で徐々に周辺国の商人に影響を及ぼしているのかもしれないとなると……
そりゃあ、《クオイツ竜葬山地》の魔物素材もあるとは言え、鉱物とそこから生み出される武具が大きな産業になっているフレイビルからしたらかなりの痛手だろう。
「うちの財務担当に伝えておきますよ。金には煩いので、問題なく同意は得られると思いますけどね」
「本当か!?」
勝手にクアドを財務担当にしてしまったが、あそこがうちの金庫みたいなものだからな。
改めて重さを目安にした各鉱物資源の価格一覧を眺め、アダマンチウムまでしか記載がないことに内心ほくそ笑みながらも頷く。
大陸中の鉱物需要を賄えるなんてまったく思っていないので、値段を合わせてよりこちらが得になるならそれでいい。
そう思いながらもう一枚の羊皮紙に目を通し――、そこで俺の動きが止まる。
もしかして、問題になっているのはこっちか?
そうするとマズい……こちらの値付けは完全にパイサーさんだし、俺も決して同意はできない。
「ただし、既製武具――まぁ重視しているのは上位素材を使用した物だと思いますけど、それらの販売価格をそちらに合わせるのは難しいですね。失礼ながら、ロズベリアの主要工房『バルニール』の値段設定は高過ぎると、一顧客になろうとした僕自身が思っていますから」
そう伝えれば、本命はこちらだったと言わんばかりに、オスカー王は大きく顔を歪めた。











