448話 模擬戦が終わって
「はぁ……はぁ……」
荒い息のまま地面に寝そべり、収納から腕時計を取り出す。
長いのか短いのか、本気でやりあってから時間は15分ほど経過していた。
あともう少しは粘れるとしても、使用し続ければ20分辺りが限界ってところか?
どうしても調べておく必要があった、【闘気術】まで併用した自分の活動限界を概ね把握したところで、ドドドドッ、と。
誰かが勢い良く走ってくる足音が聞こえてくる。
「ロキー! 最高だったぞー! もう、ほんとに、最高だったぞー!!」
「ぶへぇ!」
疲れ果てて寝ている俺に、なぜか飛び込みながらのヘッドスライディング。
いやいや、いい加減分かっていたけど、バカなのかな? このエルフ神は。
「ちょっと! 今死にそうなんだから休憩させてって! ってか、なんでリルは全然疲れてないの!?」
「む? 新たに作ったら疲れも消えた。ハハハッ! 便利なものだな、【分体】は!」
「マジかよ……ちなみに、痛みは? あと精神的にダメージを負ったとか、そんなのはないの?」
「ないな。先ほどの【分体】が消失したと同時に痛みは消えた。模造の器なのだから当然だろう?」
「あぁ、そう……」
普通なら強い痛みを感じ、死が迫るほどに追い詰められれば、心に大なり小なりのダメージを追うものだろう。
少なくとも恐怖心くらい芽生えると思うが、今のリルを見てもまったくそれがない。
まぁ50%でこれなのだから、スキル制限無しのリル本体とガチンコでやろうものなら、間違いなくボロ雑巾にされるのは俺だ。
そんな相手に遊びの延長でやったとなれば、恐怖心なんて芽生えないのかもしれないけど……
「ロキ君、大丈夫そうですか?」
声の方に視線を向けると、観戦していた5人がこちらに向かって歩いてくる。
「あぁ、大丈夫だよ。体力が尽きかけたくらいで、傷は様子を見ながら回復させてたから」
「まさかリガルを倒しちゃうなんてね~これで参考になったの?」
「そりゃ凄いなったよ。リルもみんなも、わざわざ付き合ってくれてありがとね。ここまで本気でやるなんて思わなくて、迷惑掛けちゃったみたいだし」
そう言いながら周囲の森を見渡す。
全然範囲内に収まってねーとは思いながらも、後でなんとかすればいいかと思って止められなかった。
「用意した空地じゃ足らなかったみたいですね~」
「お陰で私が消火して回った。だからお礼、あの消えるやつが何か教えて。炎の竜巻も」
「それだ! 私も気になっていたし、実体の無いロキの姿が明後日の方向に現れたりもしただろう! もうなんなのだ!? どういうことなのか説明してくれ!」
「私も気になることが……魔力が炎のように強く揺らめいていたのは――」
なぜか質問攻めに合い、戸惑う俺。
いや、スキルに興味を持つことは素晴らしいことだと思うんだけど、一斉に問われては対処できない。
それにまずボロボロの鎧を脱いで、ゆっくりお風呂に入りたい。
「ロキ君は激闘を終えたばかりなのですよ? リガルのように消せば都合良く全てが回復するなんてこともないのですから、まずは休ませてあげることを優先しなくては……」
「リステ……!」
「はーん!? 終わったら教えてもらおうって言いだしたのリステでしょうがー!」
「終わって"すぐ"とは言っていませんが? 夫の気遣いもできないようでは第一夫人失格でしょう」
「はぁああーん!? 私はスキルのこと聞いてないし!!」
「あの、帰って風呂入ってきてもいいかな……?」
なんで喧嘩してるんだろう……
俺の呟きは、鬼瓦みたいな顔してハンハン言ってるフェリンの声で掻き消された。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
時間はもう深夜ということもあり、下台地は仲魔の二人以外就寝中。
なので俺は久しぶりに上台地のお風呂を借りていた。
全身に感じる疲労と違和感。
疲れ切った身体に、熱い湯とこの景色は染み渡る。
初めてまともに【闘気術】を使ったが、あれはたぶん体力の消耗というより、体力を含めた身体の消耗という表現が正しいんだろうな。
筋肉痛のような痛みも回復魔法で緩和できるけど、どうも気怠さが身体の芯に残るような、連続して使えないことを自然と理解できるくらいには副作用がはっきりと身体に表れている。
うーん、久しぶりにメイちゃん家の滋養強壮剤でも飲んでみるかなぁ。
そんなことを考えながら改めて一人であることを確認し、ステータス画面を開いた。
(はぁ、どうしよ……)
リルが最後の最後まで笑いながら襲ってくるので、止め時が分からなかった、というのもあるが……
声が止んだことに気付いた時には、分体が煙のように青紫の魔力へと変化しており、ほどなくして俺の視界にはいつものアナウンスが。
そこで俺の【手加減】スキルがレベル9から10に上昇したことを知った。
予想なんてしていなかった――、と言えば嘘になる結果だ。
模擬戦とは言え再び戦うことが分かっていたのだから、一度や二度は展開の一つとして想像したことくらいある。
が、可能性はかなり低いと思っていた。
なんせ相手は【分体】で、本人の魂が一時的に宿っていたとしても、その本人が死ぬことはない。
俺が経験値を得たとしても、いったいその経験値はどこから奪ったんだ? という話になってしまう。
それとも俺が勝手に絶命条件から『奪っている』と認識していただけで、実際は倒した対価であり報酬として『得ている』だけなのだろうか?
もしそうであれば、いつの間にか解放だけはされていた【死霊術】でも使い、悪党相手に極悪コンボを決めるなんてことも――。
「邪魔するぞ」
「うん……んんん??」
振り返ったら、リルが横にいた。
酒とコップを二つ持っているのはいいが、なぜか服を着ておらず、背中を向けたまま変な歩き方で風呂に入ろうとしていた。
「ちょい! 何やってんの!?」
「今日はそういう気分だったのでな。それに風呂は以前一緒に入っているだろう?」
「それは、確かに、そうだけど」
そう言えば、以前もリルが何を勘違いしたのか、いきなり風呂に乱入してきたことはあった。
だから今が問題ないということではないけど……
まぁいいか。
俺も確認しておかなければならないことがあるのだから、この際ちょうど良い。
「うぇ~強っ! これウィスキーじゃない?」
「種類など知らん。ロキが前に王宮の土産で持ってきてくれたモノだぞ?」
「あ~ヴァルツのか。ならたぶん高いヤツだわ。そう思うと、うん、ちょっとだけ、美味しく思えてきた、ような気も……」
リルからお酒を受け取り、チビリチビリと舐めるように口をつける。
本当に気がするだけだな。
地球にいた頃だってストレートで飲むことなんてなかったのに、目の前のエルフ神はグビッと水のような勢いで飲みながら、満足げな様子で今日の模擬戦を語り始めた。
その時々でどう感じ、どう動いたのか。
他人が聞けば眠たくなるような話も、当事者であり強さに興味のある二人が話せば自然と会話は盛り上がる。
そして話は次第にステータスや詳しいスキルの内容へ。
リルにとってもたぶんここが一番知りたいところで、だからこそ我慢できずに風呂場まで乱入してきたんだろう。
「なるほどな。様子を窺うように仕掛けてきたのは、私の『能力値』を判別するためか……結局数値化はできたのか?」
「残念だけど何も方法が無さそうだから、俺を基準にかなり大雑把な感じで割り出すしかないね」
「そうか……ちなみにロキの予想だとどの程度になる?」
「ん~当初は今の俺と50%【分体】のリルが数値的には近いかなくらいに思ってたけど、実際はどうだろ……たぶん予想の倍くらいはあるんじゃないかな」
「にしては途中から圧倒されるくらい強く感じたがな」
「そりゃ自己バフ全開で挑んだもの。【身体強化】の詳細くらいなら源書の19番に載ってたけど、リルは【身体強化】とか【闘気術】の上昇倍率理解してるの?」
「い、いや、知らん……だから詳しく教えてほしいのだ! あとあの姿が綺麗さっぱり消えるやつとか、炎の柱とかも!」
「リル、いきなり立たない! 絶壁がそそり立ってっから!!」
「んなーっ!?」
「スキルはみんなも知りたがってたし、どうせ伝えるなら全員いるところの方がいいでしょ。まだ暫くは寝ないから、なんならお風呂から上がったあとでもいいし」
「ほ、ほんとか!? よし、ならば皆を集めておこう!」
そう言って風呂を出ようとするリルに待ったをかける。
肝心の俺の用事が終わっていない。
これはリルだけがいるこのタイミングの方が聞きやすい。
「リル、その前にかなり重要な確認」
「む?」
「リルの【分体】を倒したら、【手加減】のレベルが上がった」
「え?」
「だから確認してほしい。今、リルの【手加減】ってどうなってる?」
この言葉に、最初は意味が分からないと言わんばかりにただ首を捻るだけだったリルだが、次第にその表情は青褪めていく。
俺の特性を知っているのだから、言っている意味もすぐに理解したのだろう。
そして人形のように表情が消えて暫し――。
「な、無いんだが……?」
「マジか……」
俺としても反応に困る、衝撃的な回答が飛び出してくる。
「え? えっ? これは、つまり、ロキが私の【手加減】を持っていったということか?」
「そうとしか考えられないよね……狙ってやったわけじゃないんだけど、ごめん」
「い、いや、それは分かっているからいいのだ……ただ、これはどうすれば……」
神が一つとは言え、スキルを丸ごと失った。
その動揺は相当なもので、リルの思考がまともに働いていないことはすぐに分かった。
俺がアドバイスできることなんて少ないけど……
「俺やこの世界に住んでいる人達はスキルポイントが存在するんだから、もしかしたらリルにだって存在するのかもしれない。そうしたらリルは魔物を倒しているわけだし、祈祷のようにスキルポイントを消費して取得し直せるんじゃない?」
「な、なるほど」
「それにリステは以前、【地図作成】を皆に分け与えたって言っていた。そういうことが【手加減】に対しても可能なら、どういう仕組みか分からないけど、スキルはある程度のレベルまで戻せるかもしれない」
「そうか……そうだな。ならば皆にも早急に伝えてこよう。事情を先に説明しておくから、ロキもあとで来てくれ」
そう言って風呂に入ったまま【分体】を消していくリル。
その姿を見送りながら、俺は俺でどうしたものかと。
風呂の縁に座り、冷たい夜風を浴びながらボーッと考えるも。
「女神様からも、【分体】にセットしたスキルの経験値が得られてしまう……ということは、女神様専用スキルも――……」
咄嗟に浮かんでしまった考えをすぐに否定しようと、俺は酔いを醒ますように頭を強く振った。