445話 新奇開発所
改めて採寸し、素材や剣の長さなどをロッジと相談した後。
「7日か8日もあれば一通り仕上がる。それまで待ってろ」
そう言われ、俺の中で模擬戦の日にちが自動的に決まった。
本音を言えばSランク狩場に辿り着き、そこで十分狩ってから挑みたいが、顔を出すたびリルはソワソワと落ち着きがなくなるのだ。
それでも自分から催促の言葉を口にしたりはしないけど、さすがにここから数ヵ月と待たせてしまっては可哀そうだしね。
装備が揃ったらやる。
あとはそれまでに辿り着けるかどうか。
(って、絶対無理だよなぁ……)
内心ではそう思っているから心にも余裕が生まれ、探索一辺倒というわけではなく、サヌールのオークションに顔を出したり、まだほとんど進んでいないパルモ砂国東部のマッピングも進めてみたりと。
そんなマイペースな日々を過ごしていた。
そして、前回行けなかったあの場所にも――。
場所はベザートの奥まった場所にある一角。
かなり広い土地が確保されたその中心には、一軒家より少し大きい程度の建物がポツンと存在していた。
入り口には『新奇開発所』の看板が。
初めてでも分かりやすいのはありがたいけど、さすがに庭が広過ぎじゃないだろうか……
「こんにちは~」
扉を開けると、雑然と物が置かれた中で何かの作業をしている三人の女性がおり、その中に見知った顔の所長――アマンダさんもいた。
「ロキ君じゃない。いらっしゃい、随分男らしくなっちゃって……やっと顔を出してくれたのね」
「はは……遅くなってすみません。その代わり、お願いしたい案を一つ持ってきましたので」
「あら、じゃあそうね。今日は晴れてて暖かいし、外で話を聞きましょうか。紅茶を用意するから先に行ってて」
そう言われて外に出ると、建物の裏に木製の机と椅子が並べられていた。
机には細かい傷がいっぱい付いているし、気分転換に外でも作業しているのかな?
敢えて町のハズレに作っていることもあり、見渡せば畑作業をしている多くの人達と、遠くでは木の伐採を進めている人達。
そして見守るように、1匹のマンティコアが豪快に地面で寝そべっていた。
予定通り、畑は町の東から南東方面に掛けて拡張しているっぽい。
「お待たせ、そういえば麻袋はもう見た? クアド商会でもう使われているはずだけど」
「あ、見ました見ました。店の入り口に置かれていて、良い感じに店内の買い物袋として使われていましたよ。そのまま袋に入れて持って帰りたいっていう話も多いみたいなんで、どんどん作ってもらえればあの袋自体が商品になりますね」
「そっ、なら良かった。作ってるのはベザートの町民だから、遠慮なく量産してって後で言っておくわ。材料の調達がまだ不安定だけど」
「ん~麻はヴァルツ地方が豊富に出回っているんで、今度足を運んだ時にでも纏めて仕入れておきますか」
その後も心地よい日差しを浴びながら、今まで伝えた案の進捗をアマンダさんから説明されていく。
個人的には思い付きばかりなので、そこまで結果に拘ってはいないんだけど、商業ギルドを通して商品化。
そこから売上に応じたロイヤリティという形を取っていたのに、国が変わったせいでそれも難しくなってきちゃったからね。
ぼんやり、商業ギルドってここにもいるのかなぁ……と。
そんなことを考えながら、試作されたフル手動の傘をパカパカしていたところで、ふと、素朴な疑問が口を衝いて出る。
「そういえば、他にもお二人いましたし、ここってちゃんと儲かってます?」
アマンダさんのやりたいことは、俺の案を基にした製品開発だと言っていた。
だから同じ色に染めた麻袋の製作を軽い気持ちでお願いしたが、『新奇開発所』なるものを作ったというのは後になって知ったこと。
見た感じここで本格的に量産している様子はないし、商業ギルドもないとなれば、利益の生まれる構造がパッとは思い浮かばない。
「残念だけど、本格的にお金のことを考えるのはこれからよ。ハンターギルドの受付嬢を長くやっていれば、誰がどんなことをできそうなのか、ベザートであれば私が誰よりも把握している。なら貰った案の製品化が可能かうちで調べて、できそうな人間に仕事を割り振った方がいいでしょ? 今までやっていたことができなくなって畑弄ったり、森でハンターの真似事やって生計立てようとしているくらいなんだから」
「あぁ、だから麻袋も……それじゃ今は仕事を振って、個別に売り上げの一部を貰ってるって感じですか」
「そういうこと。だから早めに相談したかったのよ。製品案はもう他国になっちゃうけど、ラグリース中部のリプサムにでも行って商業登録しちゃうか。それともここに商業ギルドを誘致するよう動くつもりなのか。はっきりしないとロキ君の報酬が定まらなくなってくるわ」
「んー……なら当面は僕の報酬なんて考えなくていいですよ。そんなところで僕がマージンを取らなくても、皆さんが得た収入からクアド商会で買い物してくれれば僕に回ってくるわけですし」
「それとこれとは別な気がするけど……本当に良いの?」
「ええ、逆に広い販売網を構築できなくて申し訳ないくらいです。正直に言えば、今はハンター稼業が忙しくて……商業ギルドとか考える余裕があまりないんですよ」
そう伝えれば、なぜかアマンダさんに大笑いされる。
「あは、あはははっ! そういえばうちの王様は生粋の魔物ハンターだったわね。もうほんと、この国大丈夫かしら」
ヒーヒー言いながら続く言葉に、俺自身が確かにと思ってしまう。
でもまぁ大丈夫だろ。
規模が小さければ、手探りでもなんとかなると思いたい。
「はぁーおかし……でもそれなら大丈夫そうね」
「え?」
「追々はそれぞれの分野で得意な人達を集めて、ここで協議、試作、量産までを一通り完結させようと思ってるの。素材の調達はあのお店に行けば大概は揃いそうだし、製品がちゃんとしていれば麻袋のように、あのお店が買い上げてくれそうだしね」
そう言って微笑むアマンダさんの瞳が、ここでようやくいつものようにギラつき怪しく光る。
が、逆に言えばそれまでは、普段あまり見ることのない凄く優しい瞳をしていた。
たぶんこんな状況だから、今はその手数料もあまり取らず、仕事を振ることに専念しているのかな……
「もちろんそれも可能ですけど、店側で買い上げることが必ずしも良いとは限りませんので、暫くは個人でも売る選択を模索していきましょう。一般宿や飲食店の配置を計画的に進めれば、個人の路面店でも十分物を売る機会は作れますから」
「そうね……ギルマスも同じようなこと言って、町の大通りから教会を外させたくらいだし、あとは今後の計画次第ってところかしら。あ、それよりだいぶ話が逸れてるけど、案があったんじゃないの?」
「そうですよ! 実は『水着』というモノを作りたくてですね。男女別でイメージはこんな感じになるんですが――……」
果たしてアマンダさんの野望が成就するのか。
それは分からないけど、なぜか俺までワクワクしてしまうのだから不思議なものだ。
エキスパートが集う開発の中心地ができるのなら投資を惜しむべきではないし、せめて試作や実験に必要な素材がすぐ手に入るように、日持ちするモノなら常にある程度のストックは抱えておくべきかなと。
そんなことを考えながら、プールが全裸で入るマニアックな仕様にならないように、求められる素材や必要不可欠な機能など、水着の草案を伝えていった。
アマンダさんに、プールはどこに行けば入れるのかと、根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。