440話 本物の入り口
場所はパルモ砂国の南西、ヘルデザートを抜けてすぐの草原地帯に広がる首都『クトゥ』に俺は訪れていた。
ゲイルドレイクを倒してから早8日。
レア種以外に魔物を倒すつもりはなかったので前半よりだいぶ日数を短縮できたが、それでもヘルデザートは広く、抜けるまでに1週間近くもかかってしまった。
そして今、新しい街で見つけた美味そうな飯屋で注文の品を待ちつつ、書き記していた東部の情報を眺めて思わず唸る。
「んー……」
ゼオがまだ魔人であった頃の戦争なのだ。
1万年以上経っているとなれば、相当数の魔道具が既に掘り起こされているだろう。
だからだと思うが……
「埋もれている魔道具の数で言えば明らかにBランク帯が最も豊富。次いでCランク帯と外に広がるほど少なくなるけど、Dランク帯よりAランク帯の方が著しく少ない――、というよりほとんど見当たらない、か」
魔道具の分布状況からダークエルフ達が住んでいた集落の位置を推測しようとすると、東部の結果を見る限りAランク帯を取り囲むように、ドーナツ状に広く町が形成されていたと予想できる。
そうなるとゲイルドレイクの処理はどうしていたんだっていう疑問も湧くが、もしAランク帯の中心部で生まれ、そこから自由に砂漠内を移動しているとなれば、この形状であっても支障はないどころか、活動範囲を狭めることで今より討伐も容易になってくるだろう。
それに埋もれていたコイツの位置だ。
膝の上に乗せたのは、スイッチのようなモノが見当たらず、表に出せば水が溢れ出すため敢えて真っ二つに割った天候操作魔道具。
形状で言えば1メートルほどのラッパに近いソレは、まさかの1km近く潜った地中奥深くに埋もれていた。
他はどんなに深くても精々100メートルほど。
大体は20~50メートルほどの地中に古代の様々な魔道具が埋まっていたので、自然に砂が被ってということではなく、わざわざ隠すように掘り進めてから設置したことは明白だろう。
普通の【探査】では決して反応を拾えないし、【広域探査】で反応を拾えたとしても、そこまでの深さを掘り進めることは、いくら魔法で穴が掘れる世界だとしても容易ではない。
俺だって【空間魔法】による『消失』という楽な方法がなければ、面倒で1つ2つ発掘したら心が折れていたかもしれないのだ。
そして地下1kmともなれば、そこはもう砂の世界ではなかった。
というより稼働し続けていたこの魔道具によって地下では大量の水が放出され続けており、地底の水脈のようなモノが出来上がっていた。
魔石などの燃料は見当たらないので、ゼオ達の隠れ家を覆っていた結界魔道具のような自然吸気型とでも言えばいいのか。
とりあえず現代の技術ではまともに作れない類の魔道具であることは間違いないんだろうけど……
これがヘルデザートの東部だけで計9箇所。
だから1個だけ観察と研究用に壊したというのもあるが、Aランク帯以外の場所で規則性なく見つかっている。
「人が住んでいなかった地域に埋めたって意味は薄いし、そうなるとやっぱり怪しいのはAランク帯だよなぁ……」
コイツを使用した目的は、その地域の水を枯らし、ダークエルフ達を追い出すこととゼオは言っていたのだ。
追い出した後に自分たちが活用することも考えれば、人のいない箇所にまで埋める利点はほぼ見当たらない。
「Sランク魔物の存在は拾えず……でも場所としては濃厚……俺が発見できていないだけで、どこかに通じる何かが隠されている……」
直観的に怪しいと感じたオドゥンの蟻地獄は勘違いだったとしても、砂しかない砂漠で、他に何が――
「ハイ、お待ちーヨ! コレ、あっちーヨォ!!」
「あ、どうも~」
かなり癖の強いしゃべり方をする獣人が持ってきてくれたのは、焼いた石鍋の上でジュージューと音を立てる、赤みの強い謎スープ。
上に大量のチーズがかかっており、中にはペンネのような筒状の小麦で作られたっぽい何かが大量に入っていた。
「あ、っち……でも、ウマッ……!」
だいぶ水分が飛んで濃厚なスープは、一緒に持ってきてくれた黒いパンに付けてもかなり美味い。
店内を見渡すと、ペンネやマカロニに近い形状の麺に様々なソースを掛けて食べている人が多いので、もしかしたらパルモ砂国はパスタが有名な国なのかもしれないな。
となるとぜひこの麺を持ち帰って、拠点料理のレパートリーに加えたいところだが、茹でるのはいいとして、問題は上手いソースを作れるかどうか……
「た、大変だー! ヘルデザートに『雨』が降ってるらしいぞ!!」
「はぁ!? 何つまんない冗談言ってんのよ?」
「冗談じゃねーって! 異常事態だって国軍までが調査に向かってやがる!」
「……」
まだ狩場探しやマッピング作業もあるし、暫くはこの手の店に通って様々な味を経験していくしかないか。
そして当たりをいくつか見つけたら、アリシアに作ってもらって、そのレシピを教わればいいかな。
「マ、マジだ! 西の空にドス黒い雨雲があるじゃねーか!」
「千年以上雨の降った記録がないヘルデザートにか……?」
「おいおいおい、天変地異かよ!? 飯食ってる場合じゃねーだろ!」
「あ、危ないヨ! とりあえず逃げるヨォ!」
(なんか、かなり大事になっている気がするんだが……?)
本当の異常事態と知るや、食いかけの飯を残してワタワタと店の外に出ていくお客さん達。
砂漠の東部が正常に戻っただけだから大丈夫だよ。
なんて、そんなこと軽はずみに言えないしなぁ……
ほんの数名だけになってしまった店内で少し申し訳ない気持ちを抱えながら、俺は一人パスタを食べつつ今後の動き方を決めていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
たぶん、何かを見落としている。
そう考えた時、まず振り返ったのはマッピング時に取っていた自身の行動だった。
現場に行き、その時の記憶を辿りながら一つ一つの手順を確認していく。
「Aランク帯を抜けるまでは、ずっと『魔物』『Sランク魔物』『ゲイルドレイク』『ホワイトワーム』で【広域探査】を掛けていた……」
『魔物』だけでも大丈夫だったとは思うが、北から南、南から北へとマッピングの進行ルート上にいる魔物だけを狩っていたので、万が一でも端の方で拾った重要な魔物を漏らさないようにと徹底してやっていたのだ。
そしてオドゥンは、巣穴を踏んで何か異変が起きるか毎回確認していた。
魔道具調査に入ったのは東部のBランク帯が見え始めてからで、Aランク帯を抜けるまではずっとこの繰り返し。
これで見落としたとなると、魔物とはまったく別のきっかけがあるのか?
そんなことを思いながら、確認のために同じ行動を改めて取っていく。
「あぁ、そういや日中は腹に氷を抱えていたな。あとAランク帯はずっと本を読んでいたか」
結局1ヵ月近くにもなる砂漠旅で、図書館の本は全て目を通してしまった。
特に後半は魔物も狩らなかったので、捗って捗って――……
行動をなぞる目的で開いていた本をソッと閉じ、氷と一緒に収納する。
そうだ。
俺はずっと【広域探査】を使いながら、氷を腹に抱え、本を持って上を向いていた。
魔物を倒せば周囲の光景は自然と目に入り、その度にどこもかしこも砂しかないと。
だからこの程度は問題ないと思っていたが、何か些細な異変や違和感があったとしても、これでは気付けなかったのかもしれない。
これが答えに結び付くかは分からないけど……
「やる価値はあるか」
そう思い、しっかりと何もない砂の海を眼下に収めながら、改めてAランク帯の魔物を狩っていった。
――そして翌日。
ヘルデザートの中心、Aランク帯の北東部で、ようやくおかしな現象を目の当たりにする。
「ふふ、ふふふっ……うざいこと考えるねぇ、ほんと」
眼下には、見慣れた一つの穴。
サラサラと砂が中心部に流れており、その大きさは他に存在する蟻地獄と変わらない。
ただ僅かな違いとして、その中心に『オドゥン』はおらず、黒くポッカリと空いた穴は底が見えなかった。
念のため『オドゥン』で【広域探査】を掛けても、周囲1kmほどの範囲にいくつもの反応を拾えるのだから、この穴だけ偶然狩られたなんてこともないだろう。
穴が怪しいと思い、オドゥンの巣穴が裏ルートへの入り口かと勘繰っていったら、それすら罠で見た目が同じ本物の入り口が砂漠の中に紛れ込んでいる。
こんなの、魔物に反応して動いていた一巡目じゃ見逃すわけだ。
上空から改めて確認しても、この穴に魔物の反応はない。
となれば、飛び込むことでしか答えは見えてこないだろう。
大丈夫、大丈夫だ。
言うて所詮はSランク狩場。
今更な強さだし、情報通りであれば俺がこの程度で死ぬことはない。
ビビるな、俺。
そう自身を鼓舞しながら、入念に地図と周囲の状況を確認。
念のために【土魔法】で目印となる岩を生み出し入り口をマーキングしてから、地下へと繋がる穴へ吸い込まれるように突入した。