420話 他の骨
拠点の資材倉庫にて。
興奮した面持ちでグリムリーパーの素材を調べているロッジを横目に、まだ少しかかりそうかなと。
ソッとステータス画面を開いて『New』の文字を探す。
(やっぱり【共食い】は魔物専用のグレー文字だわな……おっ、でも【恐怖】は白文字! 使えるじゃん!)
となれば、すぐに詳細説明を確認するわけで。
【恐怖】Lv5 自身を見ている存在の中から特定の1対象を選び、強い恐慌状態に陥らせる 魔力消費75
良いのか悪いのか、このなんとも言えない説明文に思わず首を傾げてしまう。
ちなみに【威圧】の詳細説明は、現レベルだとこの通りだ。
【威圧】Lv9 見定めた1対象を相手にかなり強い恐怖を与え、行動阻害、精神錯乱を誘発させる 魔力消費5
範囲だと思っていた対象は一体だけで、【威圧】と比べて"対象が俺を見ている"という条件まで加わっている。
威力の面で違いはあると思うのだが、見合っているのか疑問に感じるほど魔力消費は多めだし……
ボスから得られたスキルということもあって期待していただけに、ちょっと肩透かしというか、期待外れな感が否めないでいた。
うーん。
試せばもっと違いが分かるのかもしれないけど、仲間相手にこの系統は試しづらいんだよなぁ……
「ロキ、もういいぞ」
そんなことを考えていたら、満足気な表情をしたロッジから声が掛かった。
「どう? Bランク狩場にいたちょっと特殊なボス素材だけど、何かしらに活用できそう?」
「叩いたら金属みたいな音が鳴るし、この強度ならかなり優秀な装備素材になるだろ。特に防具にすれば面白そうだ」
「へぇ~ロッジの見解は防具なんだ。細かいし鋭利な骨が多いから、武器に向いてるのかと思ってた」
「手軽で向いているのは確かに武器だが……この骨は金属に比べりゃだいぶ軽い」
「たしかに」
「防御力と引き換えに機動力を失う重装備の連中からすれば、この軽さでこの強度は相当喜ばれるだろうな。まぁ作り手はこの骨の加工に相当難儀するだろうが」
「ふふっ、んなこと言って顔がニヤけてるよ?」
「がははっ! こんな硬い骨、今まで触ったこともないんだから当たり前だろ! ……しかし、不思議なモンだ」
「ん?」
「コイツを見てると、身が竦むような感覚を覚える。魔物の骨なんざ散々見ているのにな」
そう言いながら黒く染まった骨をゆっくりと撫でるロッジに、心の中で感嘆の声を上げる。
あそこにいた討伐メンバーは慣れていたからなのか、それともボスその物の恐怖が強くて麻痺していたのか。
骨を見てもそのような反応を口にする者はいなかった。
「ロッジのその感覚、正解だよ」
「正解?」
「倒した後の素材を【鑑定】で覗くとね、『見る者を僅かに恐怖させる』って出るんだ」
「つーと、その効果がこの素材そのものに備わっているってことか?」
「そういうこと。ちなみに『ガルグイユ』にも、『水耐性増加』っていう特殊な素材効果があったよ」
「……ボス素材限定か」
「なのかな? 俺も最近やっと【鑑定】のレベルが追い付いて分かるようになってきたから、たぶんとしか言えないけど」
「くははっ、いやいや、それでも面白ぇじゃねーか。他の工匠連中や鍛冶仲間でそんなことを知っているヤツなんて一人もいなかった。ははっ、『バルニール』にいたらこんな面白ぇことには、たぶん一生気付けない」
そう言って歯を見せながら大きく笑うロッジを見て、アウレーゼさんと話も合いそうだし、いずれあの人をここに連れてきてみるかな?
そんなことを考えながら、ロッジには次の予定を告げておく。
「近日中にもう一度、今度は丸ごと素材を持って帰るから、今そこにある素材は好きに使っちゃっていいよ」
「……は?」
ロッジもボスは周期があると思い込んでいたからな。
まさかすぐに次があるとは思っておらず、唖然とした表情を浮かべていたが、決して悪い報告ではないのだ。
俺は俺で準備を進めるべく、今は魔物の死体が転がっている資材倉庫裏手の庭へ。
豚君が落ちると困るので奥の方に陣取り、帰り際に作成した2本の細長い石柱を取り出す。
『穴』
そして短い方の1本を無造作に地面へ。
その大きさを直径の目安に、程よい深さの穴を開けた。
そうしたら2本目の登場だ。
『もっと深く』
穴に2本目を刺し、計測通りの深さになるよう微調整を加えていくところで、俺が何かをやっていることに気付いたカルラが近寄ってきた。
「何やってるの~?」
「デカい穴を作ってるのだよ」
「なんで? あ、もしかしてゴミ箱?」
「違う違う、って生ごみ用にそういうのを作ってもいいかもだけど……これは、素材を満たしているかどうか測るための穴」
「?」
今後は夜中にコッソリ湧かせて狩ることになるからな。
また新しく皆が骨をあそこに溜めていくだろうし、俺がその素材に手を出すわけにはいかない。
だからこそ、必要素材を満たしているかどうか確認するための、同サイズの穴が必要なわけだ。
ここで満たしていることが分かれば、皆が溜めた骨を一度収納し、代わりに自前の素材を放出すれば一度の手間ですぐに湧かせることができる。
終わったら皆の素材を穴に戻せば、誰に迷惑を掛けるでもなく完璧に一人レイドを遂行することができるからな。
念のため【土操術】も使用して穴の周囲を石で補強し、ついでに雨で水が溜まらないよう、縁を高めに作成したら簡易の屋根を取り付けておく。
複雑な構造でなければ、粘土のように石の造形を変えられるのだから、【空間魔法】に次ぐくらい【土操術】の実用性は高い。
ものの5分程度で"目安穴"が完成し、その出来栄えにウンウンと頷く。
そして勢い良く、ストックの骨を放出した。
するとかなり深い穴の4割を埋める程度の死骸が溜まっていく。
なーんだ、不眠不休で狩ってたお陰か、意外と溜まってるじゃない。
「なにこれ! 骨とグチャグチャの肉ばっかり! またどっかで戦争でもしてきたの?」
「違うって。人型っぽい骨ばかりに見えるけど、これ全部魔物だからね?」
「ふーん! ねぇボク達用にもこのゴミ箱作ってよ? 肉はジェネがひたすら食べてるから自然に減ってくけど、骨は余って森の外に捨てるくらいしかないしさ」
「あーなら大きいの作っとこう、か………?」
「ん?」
いや。
いやいや。
たぶん、ないよな……?
あの一帯の骨がボスを湧かせるためのイベントアイテム化しているのは、共通して所持している【甦生】スキルのせいだ。
だから所定の位置に骨や肉を置けば、再利用されてボスが登場するのであって、さすがに他の骨では何も生まれないと思うが――……本当に、そうなのだろうか?
「……分かった。モノは試し、これと同じ穴を他にも二つ作るから、今度から骨は『人』と『魔物』に分けて捨ててみてよ」
「魔物は今までみたいに売り物の素材にしないの?」
「ちょっと試したいことがあってね。魔物も種類は関係無しに一度溜めてもらえる? 効果が無かったら今まで通り素材として売るからさ」
「ボクは構わないけど」
早速普段解体をしている血の池プール付近に移動し、先ほどと同じサイズの穴を二つ形成。
分かりやすいように『魔物用』『人間用』と、木の立て看板をそれぞれにぶっ刺しておいた。
これでエニーと修業中のゼオもすぐに分かるだろう。
――完全受肉。
――想定外の魔物。
――そして、人。
果たしてこのどれかが裏ボス出現のルートに繋がるのか。
まだ本当に出てしまったら困るので、今はもう1巡だけ。
目標まで上げ切っていない【封印】の経験値回収をしながら、本番前にトロルデッドを中心とした不完全受肉型がどの程度なのかを確認。
ついでに【転換】の余剰経験値を回して【魂装】の枠をもう一つ増やし、ステータスを伸ばせるだけ伸ばす準備を進めておくか。
「ふふっ、ふふふっ、楽しくなってきたねぇ……」
思わず興奮でまた狩場へ向かいそうになるも、さすがにそろそろ寝ておかないと身体がおかしくなる。
どの道、成長が止まるまではまだ時間が掛かるのだから、じっくり楽しみながらいきますか。
そう一人呟きながら風呂の準備を進めた。