417話 変動する強さ
二日後の早朝。
確実に必要量を満たしていることは分かっていたが、俺の目標はそれだけではない。
【封印】のスキルレベルを上げるべく、それこそ心を無にして狩りをしていたら、聖堂内に知った声が大きく響く。
「おーい、ロキ! こんな時間まで狩りしてるとか、骨足りてないのかー!?」
「あーいえ、狩場が空いていると勿体ないじゃないですか。だから狩りしてました」
「んん?? な、何が勿体ないんだ……?」
なぜか混乱しているリュークさん。
その横でローブを纏い、フードの隙間から所々はねた長い赤髪を垂らす、豪快に腹筋の割れた色黒の女性が口を開いた。
「武器も防具も無し。それでいて空を飛び、Bランク魔物を片っ端から殴り飛ばすか……魔物の死体は触れれば消えていくし、リュークの言っていた通り、確かに普通の子供じゃないね」
いや、あなたも防具は人のこと言えないんですけど?
ジャングルから出てきたばかりのような姿をしたこのアマゾネスさん。
デカい胸はお茶碗被せたくらいしか隠せていないし、バキバキの身体を隠したいのか魅せたいのか、果たしてどちらなのか。
ただ武器は鉤爪の部分がかなり長く鋭い、黒光りする巨大なウォーハンマーを肩に担いでいた。
「あなたが隊長でしたか。ロキです、今日はよろしくお願いします」
「ん? 私が隊長なんて一言も言ってないけど、なんで分かったの?」
「いや、あなたがこの中で一番強そうだからそう思ったんですけど、違ってました?」
「へ~良い目してるね、気に入ったよ。私はアウレーゼ、君の予想通りグリムリーパー討伐の隊長をやっている」
言われながら差し出された手を握るも、高い位置から見下ろされた瞳は何かを探るような、かなり強い興味の視線が俺に向けられていた。
(勘付いているかな?)
内心そう思うも、ここのレイド戦に参加するのは今回限り。
目的さえ遂行できれば俺はなんでもいい。
そう思って気にしないでいると、面子が揃ったのか、総勢50名ほどの人員が 《忘却のファルマン聖堂》の入り口に集結していた。
慣れた様子で班分けをしたら、隊長アウレーゼさんの号令と共に全員が中央の穴へ。
俺だけなぜか班分けされないままリーダーの後をついていけば、すぐに次の指示が下りる。
「それじゃあ、君の抱えている骨を穴の横に一旦出してみようか。まだ入れないようにね」
穴の横?
少し疑問に思うも、収納していた骨を少しずつ放出していく。
すると、周囲がどよめく中で――
「やっぱりだね」
「あぶねぇ」
「よし、半数は穴を囲うように護衛、残り半数は選別だ!」
――そのような指示が飛び、理解できない俺の首はどんどん傾いていった。
ここで得られた骨をちゃんと出したはずなのだが。
「あれ……なんかマズかったですかね?」
「君さ、肉付きも関係無しで、どこかに仕舞ってたでしょ?」
「それは、まぁ、分別する時間が勿体なかったので。それ以上に骨が集まれば問題ないかと思ってたんですけど、ダメでした?」
「グール系の肉まで穴に入れると、生まれるグリムリーパーにもその分の肉が纏わりついて強くなるんだ。特に肉の量が多いトロルデッドをそのまま入れたら、後々が大変なことになる」
「なるほど……」
肉が求められていないことは分かっていたので、不要なら最後に穴の中で燃やせばいいくらいに思っていた。
が、実際は不要なだけでなく、リスクにも繋がる罠の要素になっていたのか。
うーん、そんなの初見じゃ分からんわ。
そう思いながらも、
(これって、逆に利用できないのか?)
そんな考えが、ふと頭を過ってしまった。
グリムリーパーがどの程度の強さかは分からないが、集まった討伐メンバーの戦力やスキル構成を考えれば、おおよそヴァラカンの時と同等程度。
クオイツ竜葬山地のガルグイユは、たぶんこの面子だと相当厳しいくらいのはずだ。
となればボスが少し強くなろうと問題ないし、逆に強くさせることで、スキルや素材など、戦果にも強く影響を及ぼすのではないか。
そんな期待もしてしまうが……
もし――、もし、だ。
肉付きが裏ボスの出現条件にまでなってくると、俺では手に負えない可能性も出てくる。
「アウレーゼさんは、その、肉付きのグリムリーパーを見たことはありますか?」
だから聞いた。
経験者が答えを知っている可能性もあると思って。
「国が主導する以前は皆が結構適当に穴へ捨ててたから、胸部と下半身まで受肉したやつなら見たことがあるよ。動きは断然素早くて、勝てはしたけど半分以上の参加者が殺された」
「そうでしたか」
「それに戦闘中も時間を掛ければ少しずつ受肉していくから、最初は骨だけで生み出すのがここの鉄則さ」
「……」
正直に言えば、試したい気持ちはある。
このまま、肉付きの状態で穴に放り込みたい。
その方が手間だって掛からないだろうし、不完全な受肉であれば裏ボスにはなっていないのだ。
それは今の話から予測できることで、もし裏ボスになっていれば数十人の犠牲程度で倒せたなんて可能性の方が低いだろうし、話を聞く限りは受肉しただけで根本的な姿形を変えていないのだから、あくまで外のグールと同じ通常の強化版程度だろう。
けど。
(駄目だな……俺一人の問題じゃないんだ)
選別に混ざり、骨だけを穴に放り込みながら一人ソッと頭を振る。
そもそも6~7割は彼らが集めた骨であり、俺は今回その骨に便乗させてもらう身だ。
ここは我慢。
逆に初見で骨だけのグリムリーパーがどの程度で、どう動き、どう成長するのか。
情報収集するには良い機会だと思って割り切るしかない。
試す時は誰もいない深夜にヒッソリと行えば、周りに迷惑を掛けることもないのだから。
「君は、今の話を聞いても笑っていられるのか」
自然と俺は笑みを零していたらしい。
アウレーゼさんは変わらず俺に強い興味を示すような眼差しを向けていた。
「あぁ失礼しました。死者を侮辱するとかではなくて、ボスを強くすれば、その分得られる戦果も増えるのかって思ってしまいまして……」
「そういうことか。少なくとも、腹や脚に纏わりつく肉は腐敗していたから、素材としての価値はまるで無かったはずだけど」
「そうですか。ちなみに捧げる骨を、この聖堂内に現れる魔物だけに絞った方が強くなるとかは?」
「ふふっ、君は本当に面白い考え方をする。ボスが何かしらの条件で弱くなることは願っても、強くなることを願う者などまずいない」
「それはまぁ、そうかもしれませんね」
でもそれでは、この世界に隠された何かは暴けないんだ。
そんな消極的な考えじゃ、この先もきっと隠しボスには辿り着けない。
「ふぅ――……これは国に内緒だぞ?」
「え?」
「どのランクの骨を捧げたかは、グリムリーパーの強さに影響しているはずだ。今はリーガル商会の指示で廃道や祭壇の骨も集めているけど、この聖堂だけで骨が集まっていた時と違い、死者をあまり出さずに済んでいるからね」
「えっと、国に内緒ということは……あぁ、その事実を知らないから、回転数重視で弱いランクの骨が混ざったとしても、同じ報酬をくれているということですか」
「そういうこと。素材に差があるかまでは私らだって分からないし、国が何よりも求めているのは戦力を底上げできるほどの『数』だ。私達ハンターからしても、過度に身を削るような思いをしなくても済むのだから、お互いにその方がありがたい話なのさ」
「なるほど。でも、そんなこと、僕に喋ってよかったんですか?」
「有望株に恩を売っておくのも悪くないだろう?」
「……」
「それに今言った通り、誰かさんのお陰で今回のグリムリーパーは強くなりそうなんだ。私らも全力でやるけどさ、討伐隊から死者を出さないように頼むよ、異世界人ロキ」
「……やれと言われれば、湧いた瞬間に速攻で潰しますが」
「さすがに、うちらの出番も作ってはほしいけどね」
「ははっ、それじゃ確認しておきたいこともあるんで、安全そうなうちは少し見学しておきますよ」
なんだよ、完全にバレてんじゃん。
まぁ目の前で空を飛んで、【空間魔法】の出し入れまで堂々とやってんだ。
AランクなのかSランクなのか分からないけど、国や貴族が大きく絡んだ仕事の隊長を務めているんだから、そりゃ隣国の情報くらい耳に入っていてもおかしくない。
もしかしたらレイムハルト辺境伯やロイエン子爵の顛末まで知っているのかもしれないしな。
「さーて、そろそろ始まるよ! 戦闘態勢! 頼もしい援軍がいるからって油断するんじゃないよ!」
「「「うぉうッ!!」」」
緊張を吐き出すような声を張り上げ、穴を見ながら武器を握る一同。
このひりつくような空気がなんとも懐かしい。
そう思っていると――
ゴギギ……ギコッ……ボギゴギィィィ……
穴全体が淡く光り、骨を擦り潰すような。
不快で不気味な音が穴の底から鳴り始めた。