412話 再戦の目的と約束
「そろそろ、また模擬戦しよっか」
そう告げると皆の食事の手は止まり、場は一瞬にして静寂に包まれる。
ガタッ!
が、その空気を壊すように、勢い良くその場を立ち上がったのはリル――だけではなく、リステとフェリンもだった。
「ほんと―――」
「なぜですか!?」
「そ、そうだよ! 前どうなったか忘れちゃったの!?」
普段は物静かなリステが声を荒らげ、フェリンも続くようにやや険しい表情で詰め寄る。
心配してくれているのが分かるだけに、その気持ちはありがたい。
けど。
「もちろん理由があってのことだよ」
「いったいどのような理由が……!」
リステだけじゃない。
言葉にはしないものの、フィーリルとアリシアは心配そうに俺を見つめ、リアも眉間に皺を寄せ、その表情から納得していない雰囲気がありありと伝わる。
だからこそ勢い良く立ち上がったリルは、場の雰囲気に押されて静かに腰を落とし、萎れた花のように小さくなって俯いていた。
はぁ、しょうがないな。
説得するためにも、端折らずにきっちり説明していくしかないか。
「理由はいくつかあるんだけど……まずこの世界で台頭している4人の転生者の話は何回かしてるよね?」
そう問えば、伝えた情報には差があるも、全員が頷くので言葉を続ける。
「先日そのうちの一人、エリオン共和国の元首を務めるハンスさんって人に挨拶も兼ねて会ってきたんだ。一応隣国だし、以前お世話にもなってたからさ。で、その時のやんわりとした感覚だけど、四強と呼ばれている一角は超えられたかなっていうのが分かって」
あくまで【洞察】による判定なので、本当の強さと異なることは百も承知だ。
特にハンスさんの場合、従える魔物が周囲にいて本領を発揮するタイプだろうから、個体戦力で比較してもあまり意味はないのかもしれない。
それでも、目標にしていたあのハンスさんを見て、あぁ、もういけるかなと。
かつてのように腰を抜かし、冷や汗を噴出させずに済んだことで、俺の中の強さに対する興味が人から魔物へ大きく移ったような感覚があった。
「だからそろそろ本格的に、俺の実力で裏ボスと張り合えるのか、目安っていうか……リルで試せればって思ってさ」
「裏ボス……」
「初めてロキの黒い魔力を見せられた時に横で死んでた、あの小金色の蟻みたいなやつ?」
「そうそう、たぶん湧くだろうなって条件は掴んでても、いざ湧かせてまったく倒せないんじゃその後が大変なことになるかもでしょ? だから夜間とか皆に迷惑が掛からないタイミングで、その蟻を倒せているリルの50%【分体】を物差しにさせてもらおうかなーって」
「確かに、あの時のリガルは【手加減】を持ち込んでいたはずですから、拮抗するほどの勝負ができれば、その"裏ボス"という存在とも張り合える可能性は高いのかもしれませんが……」
「しかし、強さに個体差はあって当然。そのような危険を冒してまで挑む価値と意味はあるのですか? 湧かせたら最後、【分体】とは言え"戦の女神"を物差しにするくらいなのですから、誰の助けも得られないんですよ?」
リステのような心配の表情とも違う。
止めてほしいという、フィーリルの懇願にも近い眼差し。
いつもの間延びした喋り方でもないのだから、相当本気なんだってことも分かる。
でも、俺は――。
「アリシア、あの黒い円盤は、皆にまだ話してないの?」
「結局なんなのか分からずじまいでしたので、ロキ君が謎の円盤を発見したということくらいしか」
「そっか。なら、俺から分かる範囲で話しても問題無いんだよね?」
「それは……、はい」
やっぱりアリシアは何かを知っている?
でも二人で一緒に見た時は、本当に何も知らなそうな反応だった。
ということは、答えは知らないけど、あそこに置かれている理由をなんとなく予測できているって方が感覚的には近いか。
そんなことを思いながらも、パルメラ大森林の中心にフェルザ様が置いたと思われる、教会の黒曜板と同じ素材であろう巨大な円盤が存在していること。
その円盤にはいくつかの窪みがあり、『魔宝石』に反応したことから、何かしらの起動装置である可能性が高いこと。
そして『魔宝石』は、ハンターギルドが認知している表ボスでは今のところ所持しておらず、特定の条件下で出現する裏ボスのみ所持している可能性が高いことなど。
現在分かっている事実をそのままに伝えていく。
「ということは、その起動装置を動かすのがロキ君の目的なの?」
「ん~目的というか目標の一つかな? 倒せばスキル含めて、どんな報酬が得られるのか。もっと強くなるためにも、それに強くなったことを証明するためにも裏ボスは倒していきたい。そうやってコツコツ討伐を重ねていけば、いつかあの円盤に何かが起こるんだろうし、その手掛かりを掴むためにも書物や源書を集めているわけだしね」
「はぁ……なぜ危険と隣り合わせなのに、こうも楽しそうに語るんですかねぇ~」
「こうして胃が張り裂けそうになりながら見守るのも、きっと愛なのでしょう」
「私もたないんだけど!?」
「あは、ははは……もちろん死にたくないし、誰かに迷惑を掛けたくもないから、かなり慎重には判断するつもりだよ。そのための大きな判断材料として、リルに模擬戦をお願いしてるんだから」
「ロキ……」
「それに、また戦おうって、約束もしたしね」
「ロキ~!!」
「あばァ……ッ!?」
いきなり机を飛び越えぶっ飛んできたリルに揉みくちゃにされ、大好物のチャーハンが宙を舞う。
この鬼タックルの威力でまだ無理そうな気がしてしまうけど、今後の安全を図るための模擬戦と言えば誰も文句は言わないだろう。
それに、敢えて皆の前で伝えたのだ。
それは観戦しても構わないということだし、今は自分でも応急処置くらいできるのだから、さすがに以前のような死亡事故に繋がるなんてあり得ないはずだ。
ただ、最低限の装備くらいは揃ってから。
模擬戦は早くても、俺の急激な成長期が落ち着く2ヵ月後くらいにということで話が纏まり、俺の旅は本格的に再開されるのだった。