409話 装備配給
ラグリースでヘディン王にジュロイの一件を一通り報告した後。
拠点の図書館に向かうと、今日は二人が並んで机に向かい手を動かしていた。
「お? 今日はケイラちゃんもこっちで作業してたんだ」
「はい。だいぶお仕事が溜まっているようなので……」
「どんどん増えてくからなぁ。ってなわけで、ほい、リコさん。かなり重複もありそうだけど、これ、今回の戦利品」
言いながら机の上に放出すれば、その振動で気付いたのか。
リコさんが中途半端に顔を上げたまま固まる。
「ッ――! またこんなに希少な本が!?」
「そこそこデカい貴族家から回収してきたからさ。あ、あと『本』と『叡智の切れ端』の所持リスト作ってもらっていい? うちが持ってないやつは、詫びでジュロイ王家がくれるみたいだから」
「ふぁっ!? も、もちろんです! はぁ、はぁ……なんという、夢の職場なんですかここは……!」
「「……」」
うーん。
一人図書館で興奮し始めたリコさんは、横にいるケイラちゃんがソッと椅子の位置をズラすくらい近寄りがたい存在になっているが……
まぁ本人が満足そうならそれでいいかと気持ちを切り替え、お次は資材倉庫へ。
どうせロイエン子爵の爵位は剥奪し、一族郎党綺麗に消すからと。
レイムハルト辺境伯のデカい宝物庫にあった押収品に加えて、ロイエン子爵家の私財も掃除と称して丸ごと貰ってきたのだ。
これらをどこに放出しようか、【土操術】で簡易的な階段を作りながらウロウロしていたら、整頓好きの男に見つかり厳しいご指摘を受ける。
「ロキ、剥いだ装備が山ほど溜まっているし、エニーの底上げをやり始めてから魔物の素材や食糧も置き場に困っているのだ。いい加減整理しろ」
「ふぇい……」
食糧難の地域が多い今は、あまり美味しくない黒象の肉であろうと確保しておいてと伝えたのは自分である。
魔物素材も2階部分は見慣れた角やら革やらで埋まっているし、3階以降もかつてないほど装備類が山のように積まれていて足の踏み場もないほど。
特にプレートアーマーを着た兵士の遺体が多かったので、同じような剣と鎧が大量に転がっていたわけだが。
「この刻印がいらんのよなー……」
ヴァルツ兵も、先日潰したカルージュの兵も。
どちらも鎧に所属を表しているであろうマークが付いており、これでは【付与】を付けてのオークション再販も躊躇ってしまう。
できないことないけど、こんなの出していたらあっさり付与師は俺だと身バレに繋がりそうだ。
(基本は溶かした方がいいにしても、国そのものが消えたヴァルツの装備だけは、現物をクアド商会でそのまま売るのもありか……)
どちらにせよ、掃除も兼ねて全部あっちに持っていけばいいかと、1階から順番に不要そうなモノを片っ端から収納していくと、6階に到達した時、積まれている装備の質が大きく変わったことに気付く。
「このフロアは傭兵連中の装備かな?」
ショボそうなモノから上等そうなモノまで、統一感の無い武器や鎧が所狭しと置かれており、その手前には蓋の無い大量の木箱が並べられていた。
覗けばどうやら『指輪』『ネックレス』『イヤリング』の3種と、さらにそこから鉄や銀などの各素材に分けられているようで、さすがゼオ師匠と言いたいくらい整頓好きの性格が出ていらっしゃる。
「ん~エニーにはちゃんとしたアクセをあげるべきだよな……ってか、スキルレベルもゴリゴリ上がったし、全員分のアクセを更新したっていいか」
そんなことを一人呟きながら、徐々に減っていく木箱の中身を確認していると、奥の一角には珍しい色合いをしたアクセがいくつも置かれていた。
ゴールドとシルバーに緑を少し混ぜたような――、シャンパンに近い淡い色合いをした金属は、かつて《クオイツ竜葬山地》の地下でトレジャーハントをした時、1個だけ見つかったアダマンチウム素材と同じ色。
ただ今はこのSランクも【鑑定】できるため、その中身を確認して肩を落とす。
決してゴミというわけではないのだが、既に付いている【付与】が凄く邪魔なのだ。
やはり今でも抜きん出て効果が強いと感じるのは【魔力回復量増加】であり、試しに一つ拾い上げ、改めて付いていた【剛力】レベル5を上書きできるか試すも、結果はうんともすんとも言わず。
やはり装備と同じで、一度付けた【付与】は消すことができず、素材に戻して一から作り直すしかないらしい。
「凄い装飾品を作れる職人がどっかにいればなー……」
そんな願望を口にしながら一番奥にあった木箱を覗き、そこで俺の足はピタリと止まった。
「へぇ~、やっぱり次のSSランクは『オリハルコン』だったか」
木箱の中に転がっていたのは、一見すれば金属というより石に見える、白とかなり薄い水色が混ざったような、透明感のある不思議な色をした指輪。
たしかファニーファニーの耳からもぎ取っていたイヤリングも、これと同じような色合いだった気がする。
そして、まったく色味の違うモノもいくつか転がっていて――。
あぁ。
ここで、大事なことをすっかり忘れていたな、と。
装飾以外にも一通りの装備を確認しながら、
――【拡声】――
「新しい装備の相談をしたいので、ゼオ、カルラ、エニーの3人と、あとロッジも資材倉庫6階に集合してください」
思わず装備が必要な者達を全員ここに呼んだ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「まずは何もないエニーの装備から先にやっちゃおうか。ロッジ、まだガルグイユの素材って余裕あるよね?」
「あぁ、まだ4分の1も使ってないぞ」
「んじゃ魔導士なら他に選択肢も無いし、とりあえず『蒼竜の鱗鎧』でいいか。エニーは武器ならこれが良いとか拘りある?」
「他は使ったことないし、大ばあちゃんと同じ杖がいいんだけど……ガルグイユって何?」
「フレイビルって国にあるAランク狩場の表ボス」
「え?」
「エニーは物理で殴れる魔導士って感じでもないし、作り立ての方が【付与】の融通は利くから、杖もゼオと同じやつでいっか。えーと、『灰骨の竜杖』だっけ?」
「うむ」
「じゃあそれでいこう。ロッジ、あとでエニーの採寸してすぐに作り始めちゃって」
「了解だ」
「あとこれがエニー用のイヤリング2つ。【付与】無しは魔銀までしかなかったから、両方とも【魔力自動回復量増加】を2つ付けといた。とりあえずの装備だから他の細かい部分は気にしないで」
「ふっ、【魔力自動回復量増加】レベル9の多重付与でとりあえずか。魔導士なら垂涎ものの品だぞ?」
「え?」
エニーはさっきから首を傾げてばかりいるので、たぶん意味がまだ分かっていないんだろうな。
まぁそれもロッジが装備を作るまでの辛抱だ。
一通り【魔力自動回復量増加】の【付与】で固めれば、どれほど凄まじい効果を齎すかは嫌でも分かる。
「で、カルラは両方【剛力】レベル10を【付与】した攻撃力増加の指輪とイヤリング。たぶんカルラが今一番足りてないのって『力』でしょ?」
「すごっ!? 魔力は血を飲めば回復しちゃうし、ここって飲み放題だからこれが一番助かるかも!」
「あとこれ、ラグリースの王様がくれた『赤無垢』って名前の短剣、カルラには向いてるだろうから」
「?」
「"呪具"の類だから扱いには気を付けてほしいんだけど……『背命憑血Lv4』っていう特殊付与の付いたダンジョン産武器みたいなんだよね。この武器で傷つけると傷の治りがかなり遅くなって、自分も相手も、傷ついた時に通常より遥かに多い出血を伴うんだって」
「ほえーなら解体に便利かも」
「それもあるし、カルラなら相手の出血は多い方が都合良いでしょ? ここならカルラが傷つくこともまずないし、もし仮に傷ついても、普通の人より血の補給は容易なわけだし」
自前である程度の傷が治せる俺でも使いこなせるとは思うが、敢えてこの武器を使わなければならない場面も出てこないからな。
それなら日常的に使えて、かつ種族適性にマッチしていそうなカルラに持たせるのがベストだろう。
【鑑定】レベル9ではリルみたいに装備の性能数値までは見えないので、素の攻撃力がどれほどあるのかよく分からないしね。
「んーで、ゼオのアクセサリーは――、これ2個ね。どの傭兵が所持していたのか知らないけど、ゼオのためにあるような能力だし」
「1つはエルフ種の遺体が身に着けていたモノだが……ロキ、これは相当希少なモノだぞ? 本当にいいのか?」
ゼオが動揺するのも無理はない。
ストアリング:魔法攻撃力上昇『微小』 【魔力貯蔵】Lv1 使用者から溢れた魔力を最大1000まで貯蔵し、使用することが可能になる
ストアリング:素早さ上昇『中』 【魔力貯蔵】Lv4 使用者から溢れた魔力を最大4000まで貯蔵し、使用することが可能になる
【鑑定】の結果はこのようになっており、少し前の俺ならレベル4の方は、間違いなく自分で抱えていた装備だと思う。
けど。
「今は魔力総量が増えたのと、全身に付けられるだけ付けた【魔力自動回復量増加】のおかげで、魔力が枯渇するような事態にはあまりならないからさ。それならゼオに使ってもらった方が魔力不足で今までできなかったこともできるし、俺の血液補給が滞った時は保険にもなるわけでしょ? 使って貯蔵分がだいぶ減ったら、その時は俺が寝る時にでも装備して回復させれば効率的に扱えるわけだし」
「しかし……」
「それにね、ゼオもカルラもエニーにも、何かあった時のために強くなってほしいんだ」
今まではそこまで深く考えなかったことだ。
でも俺がデバフと言っていいのか分からない『反動』を抱えている以上、国を丸ごと相手にするような無茶は今後できなくなる可能性もある。
それに自分一人では、ラグリースの時のようにどうにも回らない時だってあるんだ。
それならいざという時は仲間を頼りたい。
深い事情は言葉にしないけど、その気持ちだけは伝わったのか。
「ふっ、我に強さを求めるか……ならば承知した。アースガルドという国を守るため、コイツを存分に利用させてもらおう」
「ボクは軍事総長で大将軍だしね!」
「絶対強くなってみせる。大ばあちゃんみたいに、みんなを守れるような人になりたいから」
「ふふ、頼もしいね。ならいつか、これも使いこなせる時が来るかな?」
そう言いながら、バリーが所持していた記憶のある杖を取り出す。
明らかに上位者が使うことで本領を発揮しそうな特殊付与武器。
俺でも使えるかなと思って確保しておいたけど、エニーがばあさんを目標にするなら――、その程度の考えだったからこそ。
「懐かしいな……まだこの時代に残っていたのか」
この意外な言葉に、俺だけでなく、全員の視線がゼオに注がれた。