407話 シングルチーター
(ジュロイの切り札は昔に喰らった『カズラ血毒』だと思っていたが……)
コツコツと。
廊下を先導するように歩くジュロイ王と宰相の後を、俺はロイエン子爵を引き摺りながらついていく。
場所は宮殿内でもやや外れに位置する部屋。
そこで宰相がドアを叩くと、茶色い髪を後ろで束ねた、少しソバカスの目立つ少年が顔を出した。
歳は15くらいか?
俺よりも白いと感じる肌はこの地域にしては珍しく、どこか別の場所から連れてこられたことを推察させる。
肩越しに見える部屋の中は、ここが書庫かと思うほどの書物が積まれていた。
「え、あ、アロンド陛下!? えぇ? どうしてこちらに!?」
「お前に用があってな。ルッソ、入っても大丈夫か?」
「もちろんですよ! 散らかってますけど、どうぞどうぞ!」
ジュロイ王と俺、それに連れてきていた手前ロイエン子爵もいたが、ここまで来ればあとは邪魔だし、入り口で見張るように止まった宰相に任せておけばいいか。
「紹介しよう。ジュロイの"切り札"にする予定だった異世界人、ルッソだ」
「あ、えっと、ルッソです。よろしくお願いします?」
向こうからすれば、俺は王と共に現れた謎の少年。
疑問を浮かべながらの挨拶に、俺は右手を出しだしながら答える。
「初めまして、異世界人のロキです。【刀術】の使い手とは、かなり珍しいですね」
「……え? えぇえええ!? 同じ異世界人!? しかもあっさりバレてるし!」
握手をしながらオーバーリアクションで驚く少年は、確かにジュロイ王の言う通り異世界人で間違いないだろう。
俺もまだ所持していない【刀術】だけがレベル10になっており、その他は妙にバランスが悪いというか……
取得しているスキル数は多いものの突出して高レベルというのは無く、なんとも方針が定まっていないようなスキル構成をしていた。
そんな微妙な反応が顔に出ていたのか。
やや神妙な面持ちをしたジュロイ王が、俺に目を向けながら問い掛けてくる。
「ロキ王にこそ聞きたい。そなたから見て、ルッソの強さはどのように見える?」
「ん―――、所持スキルから推察するに、ヴァルツ国内の傭兵と比較すれば一桁ランカーの下位クラス。より特化型にするか全体を底上げすれば、上位にも食い込めるって感じですかね」
そのように答えれば、ジュロイ王は何かが吹っ切れたように高笑いする。
「くはははっ、もう諦めていたつもりだったが、ここまで余の予想に近い答えを言われてしまえば、もう迷いも一切なくなる」
「「??」」
「そなたは、ラグリースに攻め入ったヴァルツのランカー傭兵を一人で葬ってきたのだろう? それにヴァルツ軍の華覚仙天に該当する軍人達も」
「全部が全部というわけじゃないと思いますけど、そうですね」
「くくっ、分かったかロイエン! 仮に差し向けたところでもはや四強と同格の存在! どうにかなるような話でもないのだッ!!」
ジュロイ王が怒鳴り散らした先には蹲るロイエン子爵が。
その表情はやや悔しさを滲ませながらも、変わらずこちらを鋭く睨みつけていた。
先ほど、謁見の場でロイエン子爵が不穏な言葉を放ったあの時。
「くだらん。このような者が台頭したとなれば、中央の覇権を狙う気などさらさら無いわ。次に貴様が狙うは道連れの相手か?」
王が不敵に笑いながら言い放った言葉を思い出す。
隠す気もないと、ここまで案内される最中も異世界人の反応は他に拾えないし、ルッソという少年の反応からしても予め口裏を合わせていた様子は感じられない。
欲に塗れて多くを不幸に陥れたというのに、ツケが回って自分に後が無くなれば、まるで逆恨みの如く周囲をさらに巻き込もうとする。
この男の顔色を見ていれば、狙いはなんとなく分かるが……
どうしてこんな存在が生きてるんだろうな……本当に。
「あなたが呻くだけで気分が悪くなるので、とりあえず終わるまで寝ていてくださいよ」
そう言いながらロイエン子爵を【睡眼】で強制的に眠らすと、背後でルッソという少年のやや高い声が響き渡る。
「ええっ! 陛下は今のが何か知ってます!?」
「いや、【呪術魔法】による強制睡眠だと最初は思ったが……魔力が表に出ていないし、詠唱すら一切されていないのは不可解だな」
「さ、さすが四強と同格……やっぱりロキさんもトリプルチーターなんですよね?」
「んん? トリプルチーター?」
「あ、僕がそう言ってるだけなんですけど、女神から3つのスキルを貰った転生者のことです。僕はシングルなので」
「あぁ、そういうこと……ならそうかもしれませんね。ちなみにルッソさんって地球ではどこの生まれだったんですか?」
「生まれも育ちもフランスですよ! ロキさんは?」
「僕は日本です」
「うぉおおおおお! 漫画大国ジャポーン!」
「ルッソ、ちょっとは静かにせんか。目の前にいるのはアースガルド王国の王なのだぞ?」
「ぶぇえええ!?」
えらいテンションだなこの人……
そしてジュロイ王とこの少年とのやり取りがちょっと変わっているというか、不思議と少し暖かい気持ちにさせてくれる。
その後も簡単には出会えない異世界人ということもあって、ジュロイ王も時折会話に混ざりつつ、もう少し踏み込んだ話をお互いにした。
どうやらルッソ君は17歳の時に病気で亡くなったらしく、それまでも闘病生活が長く続いていたとあって漫画とアニメが大好きなんだそうな。
世界で一番好きな国は日本と豪語するくらいだし、勇者タクヤにも会いたいと言っていたので本物のオタクなんだと思う。
そして俺が知りたかったこと。
なぜこの国にいるのかという話になった時、やはりというか、この世界の残酷さを思い知った気がした。
「僕は日本の刀を扱う漫画が特に好きで、恰好良く振る姿に憧れてて、でもずっとベッドの上だったから身体を動かすこともできなかったんです。だから"何を望む"って聞かれた時、"刀の達人になりたい"って、そう答えちゃって」
「凄く、分かりますよ」
「でも、薄っすらとした記憶で、いくら親が探しても、どこにも売ってないんですよね、刀って。ほんと笑っちゃいますよ、スキルがあっても何も活かせないんですから」
「たしかに、売っているのは見たことがないですね……」
「そうこうしてるうちに6歳で人攫いに遭って、無駄に力だけは強かったものですから、ずっと奴隷で鉱山夫、木こり、木材や石材の運搬とか、とにかく力関係の仕事はなんでもやらされてきました」
「だからジョブ系のスキルを広く浅く得ているわけですか」
「自分が何をやりたいなんていうのは関係なかったですから。それで13の時、ジュロイ王国が僕を見つけてくれて、それで拾われて」
「……」
「そこからやっと、僕の人生が始まったんです。こうしてアロンド陛下に、刀もプレゼントしていただきましたしね」
そう言いながらベッドの横に置いていた刀を手に取ったルッソ君は、今までで一番の笑顔を見せてくれた。
――が。
「ロキ王、改めて伝えさせてもらう。ジュロイはアースガルド及び属国であるラグリースに対し、敵対する意思はまったく持っていない。ルッソの存在そのものが不信を招くということなら、ロキ王に身柄を預けても―――」
ジュロイ王のこの言葉で、みるみるその表情が曇っていくのを理解し、遮るように口を開く。
「一つだけ教えてください。ルッソ君は、現在奴隷状態にありますか?」
「いや、それはないが」
「はい。この国に連れてきてもらってからはないですね」
「なら遠慮しておきますよ。本人が望むなら別ですが、ルッソ君はこの国にいたいようですし」
一瞬、転生者を保護してほしいと言っていたアリシアの顔が脳裏を過るも、それは当人が現状に苦しんでおり、その状況から抜け出したいと願っている場合だ。
どう見ても今が幸せそうなら、俺が横槍を入れるのはちょっと違う。
初めてハンスさんの国を訪れた時、力量の差から強引にエリオン共和国の所属にでもさせられたら、俺は間違いなく不満に思っていただろうからな。
「本当に、構わぬのか……?」
「えぇ、ルッソ君も、いつか必要があればジュロイの剣になると、その覚悟があってこの国で暮らしているんですよね?」
「もちろんです。僕はジュロイ王国とアロンド陛下に感謝していますから。困ったことがあればこの刀でちゃんと恩返ししたいって、そう思っています」
「それなら僕が言えることは一つだけ。争いの火種を作らぬよう、お互い平和に過ごしていきましょう。そうすれば、僕がこうして乗り込むようなこともありませんから」
「の、乗り込む!? 陛下、いったい何したんですか!?」
「下の者がやらかして、危うくロキ王にこの国を燃やされるところだった……」
「ぶぶっ!! いくら恩返ししたいって言っても、戦闘特化型のトリプルチーターになんて勝てっこないですからね!?」
「んなことは分かっとるわ!」
なんだか親子みたいだなと、二人のやり取りに笑みが零れる。
どうしても戦闘系スキルを取得した者は戦力として扱われるだろうけど、拾われた先によっては幸せを掴んでいる者もいる。
その事実が知れただけでも大きいし、アリシアにこのことを伝えれば少しは安心するはずだ。
(それでも、やっぱり奴隷は免れていないとなれば、これからも積極的に探す必要はあるか……)
そんなことを考えながら、また後日、所持していない書物関連を受け取りにくることを伝え、俺は寝たままのロイエン子爵を連れて、王都『フォブシーク』をあとにした。