401話 はじめまして
ジュロイ王国南部、レイムハルト領の防衛拠点であり、町全体が要塞と化した領都カルージュ。
その中心地にある宝物庫にて、焦りを隠しもせずに周囲へ指示を飛ばす男がいた。
「絶対に漏らすな! オーバル侯の刻印や紋章付き、それにラグリースと繋がりそうな怪しきモノも全て運び出せ!」
「は、ははっ!」
「か、閣下、私共も売り物にならぬとなれば、いつまでも保管しておくわけには……」
「溶かせるモノは溶かして活用すれば良かろうが! いや……待て、それともここは素直に返すべきか……?」
「旦那様、まずは客間に軟禁しているオーバル家の処遇を先に決められた方がよろしいかと」
この場にいるのは領主であるレイムハルト辺境伯。
そして家令を筆頭に、荷物整理のため招集された家に仕える多くの者達と、カルージュに拠点を構える複数の商会関係者が呼び出しによって朝から集められていた。
しかし本来はこのような差し迫った状況ではなかったのだ。
レイムハルト辺境伯は自慢げに接収した品々を見せびらかし、集められた商会長はゴマをすりながらも、如何に狙いのモノを安く買い叩けるか目を光らせる。
そのような商談の場が開かれていたはずだったが……
開始そうそう、鳥によって届けられた一通の手紙により事態は一変した。
その手紙の宛名はまさかのジュロイ国王。
どう考えてもただ事ではなく、家令によって取り込み中だろうとお構いなく渡された内容に目を通した時、レイムハルト辺境伯はその場で腰を抜かし、呼吸が止まりかける。
ラグリースは確実に負けると。
そう聞いていたし自身でも思っていたからこそ、隣国オーバル領の兵が戦地に向かったタイミングを見計らって奇襲をかけたのだ。
ラグリースに『地図』が生まれていようと、領土を丸ごと奪うであろうヴァルツに明確な境界など分かりようもない。
盗賊に偽装して元いた人間を消し、その後にレイムハルト領の人間を送り込めば、目がジュロイに向くこともないと、そう辺境伯は王都の人間から打診されていた。
しかし一度、人を送り込むのはまだ止めろと、唐突な知らせが届き。
事態が呑み込めぬまま奪った金品を愛でていれば、今回の王から届いた知らせは目を疑いたくなるような内容だった。
――ヴァルツが敗北し、王宮までもが一夜にして沈んだ。
――全ての原因は五番目に表舞台へ上がった異世界人『ロキ』の存在にある。
――その者は新たに国を興し、ヴァルツ領を併合したラグリースはそのまま属国に下った。
――アースガルドの王、ロキがオーバル領の異変に気付き、報復に出る恐れもある。
――国はこの件に関して一切守れぬゆえ、責任を持って此度の事態を穏便に終息させよ。
「ハッ……ハッ……ロ、ロイエンめがぁあああああッッ!」
手紙を持つ辺境伯の手は、絶望と怒りで震えていた。
何がこれほど楽に領地を増やし、富を得る好機はないだ。
軍部に所属し、領地を持たぬ王都の貴族――、ロイエン子爵から余計な打診さえなければ、このような事態には決してならなかった。
国はいざとなればこの地を……我らを斬り捨てる。
それがありありと手紙から伝わり、皮算用を行なっていた時の高揚から一転、レイムハルト辺境伯は一瞬で絶望の淵に立たされ……
それでもなんとかせねば生き残れぬと、家中の者達を招集してでも動いているのが今の現状だった。
「オーバル侯を今更戻すわけにもいくまい……もし事実をこの異世界人に伝えられでもしたら、それこそ我が領土は孤立する」
「か、隠せるものなのでしょうか?」
「戦争となれば、ラグリース国内で貧困に喘ぐ者などごまんといるはずなのだ。盗賊に落ちて戦地から離れたオーバル領を襲ったという筋書きは作れる。それもあっての盗賊偽装だからな」
「しかしレイムハルト辺境伯。此度はオーバル侯爵――、というよりオーバル家の身の安全を保障する代わりに、無償で領土を貰い受けたようなものなのでは?」
「ふん、地位や資産の保障など注文の多い連中だったが、所詮は我が手の内にあるただの捕虜だ。目撃者が生まれぬよう向こうの住民を皆殺しにしたのだから、オーバル家を内々に始末したところでラグリース側にバレはせぬ。直接手に掛けなくとも、魔物の巣にでも放り込んでおけば何も残らぬしな」
「ラグリース側は知らずとも、賊に扮したジュロイ側の兵士は、オーバル家が早々に降伏したことを知っていましたが」
「たしかに、目撃者はこちら側にもいるが……念のため口を封じるべき、なのか?」
「参加した約8000人全員を、ですか?」
「領内の防衛戦力を考えればさすがにやり過ぎか。というより、なぜそんなことまで知って――……、ん? 貴様は、誰だ?」
国から見捨てられる可能性のある危機的な状況故に、まともな思考ができていなかったということもある。
だがそれ以上に、人がこの場に多く集まっていたからこそ、声の主が誰なのか。
辺境伯からは見えておらず、集められた者達も、当たり前のようにいたその少年をどちらかの関係者だろうくらいに思っていた。
だからか、次の言葉でこの場は完全に凍り付く。
「はじめまして、僕がその手紙に書かれている『ロキ』です」