396話 一人、秘密基地にて
古の時代。
気付けば獣の血を色濃く継ぐ、不安定な『人』が世界に誕生していた。
自我を失いすぐに暴走を引き起こしてしまうソレは、種を残すために少しずつ血が薄まり、現在の獣人にほど近い存在へと進化の過程を歩んでいく。
その後に生まれたであろう魔人よりも、ずっとずっと昔の古代人種が持っていたであろうスキル――、か。
フィーリルが懐かしむように教えてくれた情報は興味深く、しかし神の視点で見る漠然とした内容でもあったため、スキルに関する詳細までは掴めていない。
先祖返りに関係するスキルの大半に当てはまるみたいだが、少なくとも6人全員がこのスキルを所持していないことはすぐに分かった。
少し冷静になって考えたいと、ナイフで傷つけた自らの腕を眺めながら、秘密基地に一人腰掛け思考を巡らす。
「やっぱり傷の回復は早くなってないよなぁ……」
伯爵の言っていた副次的な効果に目を向けるも、痛みや傷の治りに変化は感じられず、『力の増加』もステータス画面の能力値を見る限りは普通に思えた。
となればいろいろと異質な【獣血】だが、今はこれ以上考えてもしょうがないか。
ゴリラ伯爵はレベル固定のような認識を持っていたが、俺は所持する対象さえいれば、間違いなくレベルも上げられるはずだ。
今後【獣血】のレベルが上がった時のために現状の状態を把握し、レベル上昇による影響をすぐ掴めるようにしておけばそれで十分。
あとはこれ以上考えても気分が滅入るだけだし、継続して様子を見ていくしかないだろうという結論に達する。
あれからはだいぶ落ち着いているし、何よりいざとなれば耐えることもできるわけだしね。
うん、それよりだ。
改めて【転換】のタブを開けば、溜まり具合を示す水がめの底は空のままだが、上部にある数字は『0』から『2』に上昇していた。
カンスト済みのどのスキルが余剰経験値に回ったのかは分からないけど、確かに数字は増加しており、この時点でスキルの使用を意識すれば、割り振れる対象を示すためだろう。
今までグレー文字だった魔物専用スキルや【獣血】も白文字に変わり、逆にカンスト済みのスキルだけがグレー文字に変化するという、非常に分かりやすい切り替えがステータス画面内で起きていた。
一通り眺めても、色が変わっているのか判別不能な空白スキルを除けば、例外は今のところ存在していない。
となればすることは当然、全ツッパである。
「【転換】を上げられるだけ上げてくれ」
『【転換】Lv2を取得しました』
『【転換】Lv3を取得しました』
『【転換】Lv4を取得しました』
『【転換】Lv5を取得しました』
これでスキルポイント残は『34』、詳細説明を確認すればこのように変化していた。
【転換】Lv5 最大レベルまで上がったスキルの余剰経験値を蓄え、指定スキルの経験値に転換することが可能になる 転換率10% 常時発動型 魔力消費0
転換率がレベル1の2%からレベル5の10%へ。
これで最終の転換率は20%まず確定だな。
あとはこの余剰経験値をある程度貯めたら、試しで『地図作成』か『魂装』か。
他からは経験値を得られないスキルに突っ込みながら、上昇率を測れば無駄になることもないだろう。
そしてそして――。
書斎にある机の上に、ヴァルツからの押収分と、今日ヘディン王から貰ってきた『源書』や木箱を並べる。
『源書』は机いっぱいに広がるほど1枚が大きく、上部には明らかにページを表していると思われる数字が。
木箱の中はまるで作りかけのパズルのように、部分的に繋がった状態の切れ端がいくつもの塊となって保管されていた。
「ん~まずは完成品ができるか、慎重に試してみるかな」
ヴァルツ王家から得られた未完の切れ端も多数あるのだ。
1つずつ、切れ端の裏に掛かれた数字を確認しながら並べていけば、『源書』のいやらしい仕様が徐々に分かってくる。
まず一つ、『叡智の切れ端』の段階では内容が表示されない。
一番最初、初級ダンジョンのボス部屋で絡んできたアホなチンピラハンターから切れ端を得た時は、たまたま"余白"の部分だったのかなと考えていたが……
目の前にある切れ端はどれも謎の文字と数字があるだけで、内容は一切記載されておらず。
それは例えば『5-16』と『5-17』など、切れ端同士が繋がった状態だとしても、1ページが完成するまでは中身が見られないという意地悪な仕様になっていた。
隣接する切れ端同士であれば、合わせるように近づければ切れ目すらなくなって繋がるのだから、明らかにフェルザ様が狙ってこの仕様にしたんだろうな。
そして一度繋がれば、再びバラすことができないのもかなり痛い。
今回ヴァルツとラグリースの両方から切れ端を得られたわけだが、どちらも切れ端が繋がった状態の塊があり、この部分だけをこっちに移したいという箇所がいくつもあった。
が、パズルとは違って切れ目が無くなるので再び分けることができず、裏面も『5-16-17』とわざわざ表記方法が変更されているいやらしさ。
ここでビリッと塊を無理やり破る勇気はないし、こんな魔法的な要素が組み込まれたモノなら無効になるような未来しか見えないので、2ヵ国分を合わせてもほとんど追加の完成品が生まれることはなかった。
今後は大きい方の塊に合体させていくか、完品の見通しが立つまでバラバラのまま保管し、無理に繋げない方が得策だろうな。
まぁそれでも完品は1~24ページまで。
切れ端も最大で40番台まで手元にあるので、あとはここからコツコツと無いモノをかき集めていけば、この世界の様々な真実に触れることができるんじゃないかなと思っている。
この管理も本人が好きそうだし、アルトリコさんに任せちゃってもいいかなぁ。
拠点なら火事さえ気を付ければ、盗難の心配は皆無だしね。
ちなみに肝心の中身はというと、これはもう正しく『設定書』になるんだろう。
まだ番号が若いということもあってか、内容は『職業』『スキル』『魔物』の情報ばかりだったが、職業は所持している『転職しよう 職業一覧 改訂版』の内容に加え、20ページ以降にある中級職の一部には本にも記載されていなかったはずの職業補正が。
スキルは俺が見ているステータス画面の内容そのままだと思われる、レベル1~レベル10までの詳細説明が一覧化されており、魔物に関してはハンターギルドのような書き手の主観は入っておらず、魔物の絵、大きさ、狩場名称の記載された生息域まで細かく記載されていた。
先日バーシェから譲り受けた魔物情報とはやや中身の質に違いはあるが、あちらは情報元の源書からどれほどの人を経由しているか分からないからな。
そのまま内容を書き写したという保証もないし、本来はこのくらいの情報が載るものと思っておけば良さそうだ。
このページ数だと『職業』はほぼ初級、『魔物』もEランクの途中まで、『スキル』も一般的に認知度の高そうなあり触れたモノしか記載されていないが。
「ふふっ、ここからだな、ここから……」
この手の情報を見れば、どうしてもワクワクが止まらなくて。
お金を貯め、欠けている情報を集めて、この世界を余すことなく冒険をしたいと思ってしまう。
あとちょっとだ。
この立場でやるべきことをあと少しだけ終わらせられれば、また世界を巡る旅に出ることができる。
そのためにも、今のうちに進めるだけ進めておくかな?
そう思い、俺は拠点の東側へ移動。
そこから適度に【探査】で拾える魔物を狩りつつ、ひたすら東に向かって深夜のマッピングを進めていった。