380話 ヴァルツ王家
宮殿を通過した先には庭園を挟んで白亜の王宮が存在し、その王宮を守る兵も存在している。
だからリアを背に乗せ空から眺めれば、周囲は城壁までいかない程度の石壁で遮られているも、吹き抜けのバルコニーには数名の人影を確認した。
(あーあ……やっぱりか)
嫌な予感はしていたんだ。
街の中は閑散としていて、破綻は目前のような様相を呈していた。
でも宮殿の中はラグリースとの違いが分からなくて。
それは貴族連中の身形もそうだが、メイドや役人と思われる人達にも同じことが言えた。
だから南部侵攻の親玉だったアトナーは、借金の名目を"低迷した国内経済に活路を見出すため"なんて言っていたものの、実際はどこまで借りた金を国のために回しているのか疑わしいと思っていたが……
この光景を見れば、溜め息だって吐きたくもなる。
コイツらはきっと、ロクにその金を回していない。
それこそ、私利私欲のために金を使っているとしか思えなかった。
「リア、残念だけど、これが現実だよ」
「……」
構わず降り立ったバルコニーには、見慣れぬ綺麗な石材をくり抜いたプールが存在し、そこには一糸纏わぬ姿の女性が数名泳いでいた。
奥にはバルコニーの様子を見渡せるように部屋が続いており、そこには光沢感のある長い石机が。
その上には大量に残された様々な料理がズラリと並び、奥には40代くらいの、髭がやたらと長い男が俺達の姿を見てもなお、尊大な態度で腰掛けている。
脇には10名ほどの奏者が様々な楽器で音色を奏でていたが、ここにいるのは一人を除いて全員女性。
どういう状況かは分からないけど……
――【探査】――『王族』――
――【探査】――『マリー』――
――【探査】――『契約書』――
――【探査】――『王』―――
目の前の、コイツか……
まず阻害されることのないレベル9の【探査】で確認すると、奏者を除き、プールで泳ぐ女性も含めて全員『王族』であることが確認できる。
そしてマリーの反応は拾えないが、王族はまだこの部屋以外にもいるらしい。
「何者だ? ここがどこだか分かっているのか?」
「もちろん、目的があって来ていますので。僕はロキ、あなたがこの国の王でしたか」
「如何にも、ルイド・ベイリガン・ネスト・ヴァルツとは余のこと。その名……貴様が異世界人か。戦時で警護が手薄とは言え、まさか空から現れるとは噂通りの破天荒っぷりよ」
一瞬、なんでこいつ余裕ぶってんだ? って思ったけど、宮殿にいた貴族が戦況を知らないということは、この王も自国が有利と思ったままなのだろう。
それにこの雰囲気。
国や立場は違えど、あのアホ貴族の代名詞、オーラン男爵に近いモノを感じる。
つまりは究極に場の空気が読めないバカってことなのかもしれない。
「えーと、単刀直入にお聞きしますね。ヴァルツ王家が東の異世界人マリーに対して借金をしているのは事実ですか?」
「まずは余に、頭を垂れよ」
「いや、そういうのはいいですから。契約書があるのかどうか――」
「二度も言わすな、まずは頭を垂れよ」
「……」
ただならぬ事態に演奏は止まり、なぜか背後のプールからはクスクスと女性の笑い声が聞こえてくる。
あぁー……本当に。
本当に本当に、世界が違い過ぎてストレスがあまりにも酷い。
ここにいる王族の連中を、同じ人の括りで捉えていいのかも疑わしいくらいだ。
「リア、契約書を取り交わしてるかは分かった?」
リアが契約書の有無を把握できたならば、幸せな脳みそをしたイカれ野郎の相手をする必要もなくなる。
そう思って問い掛ければ、リアは下を向きながらも小さく頷く。
と同時に、不快な声がまた聞こえた。
「誰が言葉を交わしていいと言った? 神にも等しき存在を前にして、先ほどからあまりにも無礼が過ぎるわ。寛大な心で下に付くことを許そうというのに、貴様ら死に―――」
この時、俺の視線はリアから離せなかった。
拳は強く握られ、プルプルと肩や腕が小刻みに震えている。
必死に我慢しているんだろうけど、誰がどう見ても噴火寸前。
このままだと最悪は、王家の殲滅しか目的が果たせなくなる。
「あぎぃ……ッ!?」
そう思ったら自然と、俺の足が、手が動いていた。
なぜか分からないけど耳を削いでいたのだから、ちゃんと話を聞けよと、たぶん俺自身がそう思ってたんだろう。
「はぁ……次、まともに返答できなかったら、不要と判断してもう一つの耳も引き千切ります。いいですね?」
「あがぁああぁぁあああぁあああ!!」
「返事」
「あぁあああぁああ、『ビリッ』づグァああ゛あ゛あ゛あ゛ッごがっ、ご……、ゴボッ! わがっ、わがっだから゛!」
ようやくか。
もう片方の耳を千切って絶叫していた口の中に放り込んだら、やっと冷静になれたらしい。
ここまでしないと戻ってこれないとか、ほんと痛みに慣れていない王族は難儀な存在だな。
「まず最初に言っておきますと、あなたが始めた戦争はヴァルツ側が敗れたため、僕がここに来ています」
「な、なんだと……?」
「聞こえているようなので一度しか言いません。今後の大陸中央に大きな影響を及ぼすことなので、まずは王家がマリーと取り交わした契約書を見せてください」
「ぁ、はッ……わ、わかった……」
そう告げると、先ほどまでの威厳はどこへやら。
王は血を垂らした両耳を押さえ、よろめきながら部屋の扉へ向かっていく。
「あぁ、そちらの方々はもう大丈夫ですから。くれぐれもこの王宮に残らないよう、気をつけてお帰りください」
そう10名ほどの奏者に伝えれば、なぜかプールにいた連中までスゴスゴと退散しようとしている。
アホかよ。
――【雷魔法】――『指電』
パンッ!
「ヒッ……」
「あなた達はどう考えてもダメでしょ。街の人達が死にかけているのに、王族という身分で呑気に贅沢な暮らしをしている連中なんだから。逃げたら死にたいと懇願するほど後悔させますので、そこの7人も黙ってついてきてください」
【探査】で確認すれば、この王の妃や娘になるんだろうな。
ブツブツと背後で呪詛を吐いちゃいるが、王が消沈したことで逃げるような素振りはなくなったので、視界に入る物をひたすら『収納』しながら王のあとをついていく。
途中にある部屋では他の王族――というより、息子達の姿もあって。
それぞれが庶民では到底辿り着けないような娯楽であり快楽に耽っていたため、見るに堪えずその場で頭を潰せば、背後の雑音もいつの間にか無くなっていた。
「大丈夫?」
「うん……ロキは平気なの?」
「平気ではないけど、俺はまだ慣れているっていうか……こういう人の醜い部分を昔散々味わってきたから。気分が悪いなら、先に帰っててもいいからね?」
「ん。大丈夫、これも学ばなくちゃいけないこと」
「そっか」
本人にその気があるなら止めやしないけど、今まで上からやんわりと眺めるだけで、欲を実行に移せる権力者をここまで直視することなんてまずなかっただろうからな……
気付けば王は1階へ。
絨毯で隠された扉を開けて地下へ潜れば、そこには見覚えのある文様のついた扉。
マルタのハンファレストにもあったストレージルームが存在していた。
ただ規模はまったく違うようで、こちらは物置ではなく倉庫。
それこそ宝物庫の役割も担っていたようで、素人目に見ても価値のありそうな雰囲気のモノがゴロゴロしている。
目的の一つに干乾びたヴァルツ用の財源を稼ぐこともあったので、ここにある品がスムーズに現金化できればいいんだけどな。
「こ、これが、マリーと交わした契約書だ」
俺が視線を彷徨わせながら回収していると、王は血だらけの耳を押さえながら、契約書だという羊皮紙の場所を俺に示す。
「ん? 4枚ですか?」
「4回、金を借りたから、4枚ある……」
「……」
1枚目は『アムシュラ40452-冬』とあり、マリーの個人名と150億ビーケの借用金額。
そして年利3%という数値が記載されており、最後には仰々しい血判のようなモノが押されていた。
それが2枚目には借用金額が400億ビーケ、3枚目には借用金額は500億ビーケと増えていき、最後の4枚目までいくと『アムシュラ40458-冬』となり、借用金額は1,000億ビーケまで膨れ上がっている。
当然ここまで来れば魂胆は見え見えで、徐々に上がっていった年利は闇金でしか見ないような40%という数値になっており、4枚目になってようやくヴァルツ王国の領地及び、領地内に存在する全ての物という担保が設けられていた。
現代版借用書に比べれれば些か簡素にも見えるが、契約者は間違いなくヴァルツ王国であり、サインも全てが『ルイド・ベイリガン・ネスト・ヴァルツ』とあるので、先ほど語っていた王の名前。
つまりマリーは約2000億ビーケほどの金で――いや。
40%であれば実質は金を増やしながら、ヴァルツ王国を丸ごと手に入れようとしていたことが分かる。
「このアムシュラっていうのは年号みたいなものですよね?」
「そ、そうなる。『六道神教』の始まりとして、最も歴史の古いファンメル教皇国が使い始めたとされる年号のため、亜人を中心にアムシュラを嫌う者も多いが……マリーは必要だとこのように残していた」
「なるほど。で、今はアムシュラの何年になるんですか?」
「アムシュラ40462年だ」
「つまり丁度10年――念のための確認ですが、あなたはその当時も王だったんですよね?」
「そ、そうだ……」
「情状酌量の余地があるとすればここくらいだったんですけど。お試し程度の感覚で借り入れたら味を占め、ろくに投資や対策には金を回さず泥沼にハマり、止められない贅沢な暮らしと利息の返済に追われ続けて10年が経過したってわけですか」
「「「「……」」」」
ここで奥にいる他の王族にも目を向けるが、一様に俯き言葉も返さない。
「ちなみに、あなた達のくだらない贅沢が元となったこの戦争で、何人死んだか分かりますか?」
「……」
「また、耳が聞こえなくなりました?」
「うっ……3万くらい、だろうか……」
「快楽に溺れすぎて記憶がぶっ飛んでるなら、頭かち割った方が良さそうですね」
「ひっ……」
「あなた達はこの国から何人の兵を送りました? どうせ浮浪者とか金に困った人達を集めて、口減らしも兼ねてラグリースに送ったんですよね? 正規兵と合わせて50万もの兵を。おまけに金も物資もないから道中の村や町を襲わせた。おかげでラグリースの東側はほとんど全滅、規律もなく許可だけを得た傭兵連中の殺し方は、それはもう酷いものでした」
「……」
「50万どころじゃない。たぶん両国合わせて100万以上の人が死んでるんですよ」
「100万……」
「で、あなた達はそんな中、何してました?」
「ぅ……」
「街じゃ餓死している人達もいるっていうのに、アホみたいな量の飯を残して呑気に酒を飲みながら水遊び。途中で殺した息子達に関しちゃ道楽の域を遥かに超えていましたし……これでラグリースに勝てば、また贅沢ができるって喜ぶわけですか?」
「……」
「ハ、ハハッ……それで……こんな生ゴミみたいな存在が、"頭を垂れよ"って……"神にも等しき存在"って……ハハ……笑かしにきてるのかな……」
これも反動?
いや、違うか。
途中で狂った王族を殺したと言っても6人程度だ。
今は目の前にいる、あまりにも度し難いクズっぷりを発揮する生き物に対し、どう対処したらいいのか分からなくて。
100万人分の痛みと苦痛を味わわせるにはどうしたらいいのだろうと、そんなことを真剣に考えてしまう。
「リア、この生き物、どうしたらいいと思う?」
だからなんとなくリアに問えば、予想外の答えがすぐに返ってきた。
「こんな人間の魂を天に戻しちゃいけない」
「と、言いますと?」
「永久に閉じ込めて、終わりのない『罰』を与える」
「へぇ、なんか凄そうだね。それも【魂環魔法】ってやつ?」
「そう」
この怒気を孕んだ迷いのない返答。
たぶんさっきの王子達にもやってたんだろうな……
「それじゃリアに任せるよ。俺に手伝えることは?」
「さっきみたいに魂を外に出して」
「やり方は問わずで?」
「うん」
「了解」
「そ、そんな魔法なぞ、聞いたことも……それに、リア……『罰』……も、もしや、そなたは……!?」
「これからゆっくり燃やされていく生ゴミが知る必要はないでしょう」
――【発火】――
「それでは、狂った王家の皆さん、さようなら」











