364話 命を賭して挑む者
「仕事はこなした。約束は守ってもらうぞ」
「もちろん。僕の目的は元から宝物庫に眠るこの手のお宝だったしね。ここでその一部が手に入るなら、ニーヴァル嬢の首くらい君に譲るよ」
そう言いながらバリー・オーグはニーヴァルの片腕と、握られていた杖を拾い上げる。
「あははっ、いったいどんな装備を身に着けてんのか気になっていたけど、これは想像以上だねぇ! たぶん里のヤツらだってこんなの見たことないんじゃないかな?」
「ぐっ……」
「【鑑定】が通ったのか?」
「持ち主の【隠蔽】から離れて、ようやくね。『破天の杖――【消費魔力上限突破】Lv3』、こんなの君だって聞いたことないでしょ?」
「聞いたことはないが……杖の時点で貴様のような魔導士向けだろう」
「その通り。これからいろいろと検証は必要になるだろうけど、ニーヴァル嬢が僕の威力に張り合えるくらいだし、さぞ優秀な古代のダンジョン武器なんだろうね。それに―――」
バリー・オーグは一度言葉を止め、訝し気な表情で千切れたニーヴァルの腕を眺めた。
「もう一つの不可解な現象にも少しだけ理解が追いついてきたよ。ニーヴァル嬢さ、命を燃焼――とも違うのかな……身体を何かしら変質させて魔力に換えてるでしょ?」
「……」
「ずっと濃密な魔力で身体を覆ってたから気付けなかったけど、もう指先から肘まで腐ったような状態になってるしね。それに今も魔力は生み出されたまま……ふふ、ねぇニーヴァル嬢、この先君は、いったいどんな姿に成り果てるのかな?」
まただ。
また口元に手を当て、嗜虐的で不快な笑みをわざと隠そうとするその姿に、モゥグは嘆息を漏らしながら告げる。
「そんなことなどどうでもいい。もう首を刎ねるぞ」
「えぇ~!? 譲るにしても、もう少し大事に扱った方が良いんじゃない? こんなの滅多に見られるものじゃないし、もしかしたら新たな生物が――」
「興味がない。それよりも『槌覚』や他の目ぼしい強者を……ッぐ……!?」
少なくとも一人は。
モゥグは間違いなく、油断をしていた。
右腕は斬り飛ばされ、両足は膝から下がおかしな方向へ曲がり、先ほどは窮地を抜け出すため、腹にも高威力の魔法を自ら撃ち込んでいたのだ。
そのような状態で地に這い蹲っていれば、誰がどう見ても、虫の息。
見える範囲で攻撃に移る仕草も一切見られなかった。
にもかかわらず、突如として地中から飛び出したのは、数多の棘を伴った蔦。
それらは濃密な青紫の魔力で作られており、バリーオーグは飛び退いて避けるも、モゥグは反応が遅れて足元から絡めとられる。
足全体に無数の棘が食い込むも、何より危機的なのは、拘束されたにも近しいこの状況。
両足は思うように動かすことができず、そのような中でモゥグは、這いながらも己を見つめ、口を僅かに動かす老婆の姿に背筋を凍らした。
そうであった。
相手は命を賭して挑む者。
僅かな慢心と同情から、一思いに首を落とそうと。
そのような甘い考えが過ったために―――。
『……、…万華、紅蓮地獄』
「グゥオオオオァアアッ!!」
それは地中を伝う導火線のように。
自らの魔力を伝い、棘を通して体内から爆発を生じさせれば、一瞬にして灼熱の炎に飲み込まれる。
そんな姿を口元に手を当て、楽しそうに眺めるバリー・オーグだったが。
「……へぇ。腕がこれなら脚だって似たような状態だろうに、それでもまだ立ち上がるんだ? それに失った腕も自ら生み出すとは……『火仙』とは言うも、実は【魔力纏術】の方が本命の隠し玉ってところかな」
驚きが上回ったようで、素直に感心した表情を浮かべながら、ゆっくりと起き上がった老婆の姿を眺める。
大きく歪んだ脚は接地しておらず、纏う魔力で強引に立たせている状態。
失った腕も自らの魔力によって、それとなく形作られていた。
項垂れ、長い白髪は大きく乱れているが、その隙間から覗く目は全く死んでおらず、突き刺すような視線をバリー・オーグに向ける。
「当たり前だ……あんたらとは、背負ってるもんが、違うんだよ!」
「まだ若く美しかった頃、この地を捨ててエルフの里を目指そうとした君が言うとまた一味違うね」
「背負って初めて、分かるものがある。何も背負おうとしないあんたには、理解できないことさ」
「ははっ、理解くらいはしてるよ。その肩に背負う決意も、覚悟も、願いも、祈りも。全ては『力』の前に捻じ伏せられて儚く消える。それが現実であり、今の現状でしょ?」
「ふん、数百年生きといて『思い』の本当の恐ろしさを知らないってのは、ある意味幸せなことかもね」
バリーオーグはこの時、はったりや負け惜しみともまた違う。
ニーヴァルの憐れむような視線に引っかかりを覚えるも、それもまた古狐が放つ足掻きの一つだろうと一笑に付した。
まだ何か手を隠していたとしても、もう切り札の一つはこちらの手にある。
それに、"首"はもう譲ったのだ。
ならば自分が戦闘に加わる必要はなく、あとは彼を相手にどこまで足掻くのか。
高見の見物でもさせてもらおうと、身体中から煙を吐く獣人に視線を向ける。
「何を言いたいのか分からないけど、そこまで『思い』に力があるというのなら、まずは怒り狂うモゥグ君を倒してみたら? そうしたら次は僕が相手をしてあげるよ」
そう言いながら、我が物とした『破天の杖』を軽く振るバリー・オーグ。
そして横では――
「ガッ、ハガッ……ァアアア゛ア゛ッッ! もう油断は、せぬ……確実に殺しきってくれるわ……ッ!」
片膝を突き、ニーヴァルを睨み付ける獣人の姿が。
脚は見るからにボロボロだが、目立つ出血は見られない。
代わりに上半身まで大きな火傷を負い、黒い体表の多くは赤く爛れていた。
「はぁ……やっぱり強いね、あんたも」
ニーヴァルも強者であるが故に理解はしていた。
最終的には『力』であると。
この状況になっても力量差を見誤るなど、それこそ愚の骨頂。
自分では少なくとも、バリーに勝つことはできそうもないと、それも理解していた。
だが、そうであっても――、
「そりゃこっちの台詞だよ! 血肉を捨てようとも! あんたらの『力』、削り取ってくれるわッ!!」
自分一人では守り切れなかったと。
ニーヴァルは心の中で謝罪をしながら、決死の面持ちで詠唱を紡ぐ。
今の自分にできることを。
継いだ者が、少しでも楽になるように。
王都の侵攻が、少しでも困難になるように。
残った民の命が、少しでも救われるように。
血肉を灯し、一人でも多くの敵を、道連れにする。
『思い』は継がれる。
そう信じて。
そして、この時より約30分後。
王都ファルメンタの東部に、ヴァルツ傭兵ランク7位『ユークリッド』が鳥に乗って現れたことで、事態は大きく動き出す。











