20話 感じる違和感
俺は焦っていた。
宿屋のおばちゃんは確かにこう言っていたから。
「夕刻の鐘が鳴ったら早めにご飯を食べにおいでよ! 遅いと片付けちゃうけど準備はしたんだから、きっちり夕食代は払ってもらうよ!」
マズいマズいマズい。
この世界の情報が興味深過ぎて、それこそ時間を忘れて聞いてしまった。
年甲斐もなく、その話を聞いてワクワクしてしまった。
さすがは大人、さすがは日々ハンターと接しているお方。ジンク君達子供3人衆とは持っている情報量がまったく違う。
パルメラ大森林の存在。そして深部にはいったい何があるのか。
こんなヒョロヒョロの俺ではどうにもならないけど、あと5年10年先……自信を持って強くなったと言い張れる時にはぜひ挑戦してみたい場所だ。
そのためにはスキルのレベルを上げて、素材を換金して良い装備を買って、その他にも有利に進めるよう情報を色々と収集して……
強さだけを追い求めていたあの時。
その原動力の一つになっていたのは強大な目標だ。
いつかは攻略したいダンジョン。いつかは倒してみたいボス。いつかは手に入れたい装備。
そのいつかを目指して、毎日人に言えば無駄と一蹴されるような努力をし続けた。
そんな大きな目標と呼ぶべき場所がこの世界にもある――最高じゃないか。
こればかりはドングリ君グッジョブだよ!
チートも持たない俺がどこまでいけるかなんて分からない。
ただコツコツと努力をすれば、この世界なら確実に成長していることが実感できる。
ならいけるはずだ。どこまでも頑張れるはずだ。俺には過去にその環境でもやりとげた実績があるのだから。
っと、そうだ今はそれどころじゃない! まずは晩御飯だ!
1200ビーケを捨てるなんて今の貧乏な俺には到底許容できないし、それなりの良い値段がする晩御飯をかなり楽しみにしていたんだ!
うぉおおおおおお!!! っと全力疾走で宿へ向かいドアを開け放つ。
「すみません! ご飯はまだ大丈夫ですか!」
「遅いよまったく! 初日だから今日は用意してあげるけど、明日からはこの時間じゃもう無いからね!」
「本当にすみません!」
おばちゃん激おこだった……
お客さんに対してこの口調も酷いとは思うけど、悪いのは俺なんだからしょうがない。
夕刻の鐘が鳴ってから体感で2時間近くは経っている。
おまけに見た目13歳の俺が一人で泊まりたいと言った時、おばちゃんは怪訝な表情を浮かべながらも部屋を用意してくれた。
普通はこんな子供が一人なら金の心配だってするだろう。
前金で払おうかとも思ったが、それでも1日毎の精算で構わないと言ってくれたんだから、ブツブツ文句を言ってはバチが当たる。
1階の食堂を見渡せば、既に食事を食べ終えたのか、一つのテーブルを囲んでお酒を飲んでいる男性が3人いるだけ。
他は誰もおらず閑散としてしまっているな……
常時満室ということはないだろうけど、部屋に荷物を置いた時の部屋数からすれば少なくとも20~30人は泊まれる規模の宿屋だろう。
カウンターテーブルに丸椅子が8つ。
フロアの椅子も30脚くらいはありそうなので、ほぼ全員が食べ終えているだろうことは予想できる。
(明日からは時間厳守……って言ってもこの世界にほぼ時計が無いと考えた方が良いから、夕刻の鐘を目安にちゃんと宿に戻るようにしよう)
そう心に決めてスゴスゴと空いている席へ座ると、俺の視界に違和感が飛び込んできた。
(……あれは、眼鏡?)
そう、少し離れた席で酒を飲みかわす3人のうち、明らかにこの辺の住人より身なりが良いと感じる一人が眼鏡をしているのである。
しかもその眼鏡は現代の人と同じフレーム型で、両耳にかける見慣れ過ぎたタイプ……
(どういうこと? 確か顧客の眼鏡屋さんウンチクだと、現代の眼鏡っぽくなったのは200~300年くらい前……それまでは手で眼鏡を持つ、虫眼鏡と同じような使い方だったと言っていたような?)
俺は歴史に詳しくない。
だからどの年代にはこんなものがあって、あんなものが無かったなんてこと、ほとんどと言っていいほど知らない。
俺は営業マンであって歴史学者では無いのだから、知らなくて当たり前だとも思う。
移動中の小説を読みながら「へぇ~この時代は大変そうだね~」なんて呑気に思う程度の知識。
しかし……その程度の知識でもこの眼鏡は違和感が在り過ぎた。
紙は無いこともないが希少。
これはアマンダさんが言っていたから間違い無いだろう。
時計だってハンターギルドにも置かれていなかったし、ここのおばちゃんとのやり取りでも"鐘の音を目安になんとなく"で動いているのがよく分かる。
お世辞にもオシャレとは言えないファッションにしても。
石鹸はあるけどシャンプーやリンスなんて無縁な日用品にしても。
風呂どころかシャワーすら見当たらない、この町ではちょっと高めらしいこの宿屋にしても。
どんぐりが言っていたように、文明が地球より遥かに遅れていることはもう分かっていた。
なのに、あの眼鏡?
……ここで辺りを見渡してみる。
他に違和感を感じるところは無いがー……ん?……グラス?
よく見ると、現代人でも使っていそうな、透明度の高いグラスで酒を飲んでいる3人。
あれって普通……なのか?
そんな首を傾げて「う~む」と唸っている時に、「お待たせ!」という掛け声と共に食事が運ばれてくる。
(うほぉおおおおおおお!!! ビーフシチューみたいなやつに、ちょっとイメージと違うけどパン!! おまけにサラダも付いてる!! ウマそー!!!!……でも器は『木』だな……フォークもスプーンも『木』だ)
ダメだダメだ。考え事をしながら飯を食っても味が分からない。
だから今アレコレ考えるべきではない。どうせ考えたって答えの出ない疑問なのだから。
ただ、どうも過去に地球で辿った文明とは違う流れができているっぽい。
これだけはなんとなく分かる。
それが魔法のせいなのか、異世界人確定っぽい勇者タクヤのせいなのかは謎だが……
郷に入れば郷に従え。
技術職なら携わっていたその知識でこの世界の一分野に革命を起こせたかもしれないけど、残念ながら俺は営業マン。
作り手じゃないんだから、一から構造を把握して物作りをするなんて芸当は不可能だ。
なら贅沢を言ってもしょうがないし、今あるもの、今ある環境の中で生きていこう。
それしか選択肢は無いんだからさ。
よーし、それではこの世界で初の、ちゃんとしたお食事セットを頂きましょう。
「……うぅぅぅっマ――――――――――――――――――ッ!!!!!!」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
高いだけあって大満足の夕飯で腹を満たし、部屋に戻ったら真っ先に布団へ倒れ込んだ。
あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁ……じあわぜぇぇ……
最高過ぎるだろ布団様……
俺の中の最大の発明品は今までウォシュレットだと思っていた。
だが、この世界での寝床事情が悲惨だっただけに、布団を発明した誰かには感謝の言葉しかない。
洞穴サイコー!なんて言っていたやつは現実を見た方が良いと思う。
ちょっとベッドが硬いのはしょうがないとしても、この掛布団があることの素晴らしさよ……
身体の上に重みがあった方がなぜか安心して寝られる俺としては、身体全体を覆ってくれる布切れ一枚がとても有難くてしょうがない。
部屋を見渡せば、実家を追い出されて最初に借りた4畳半の部屋とおおよそ同じくらいのサイズ感で、壁に掛けられたライトが一つ、ベッドと丸テーブル、それに椅子が一脚あるのみ。
ライトには小さな魔石の欠片が入っており、これを使い切るとその日の灯りの燃料は終わりということらしい。
まあ大して書き物をするわけでもないし、灯りの必要も感じないのでまったく問題無い。
初の魔道具とも呼べるものだが、家にあった電化製品の方がよほど理解できない魔道具らしい驚き性能があるので、ただ光るだけのライトではなんとも感動は湧いてこなかった。
全体的に現代のビジネスホテルなんかと比較すれば超が付くほど簡素ではあるが……
しかしそれでもだ。
やっと人としての生活をスタートすることができた。
やっと……
ここからは俺の頑張り次第。
なら頑張らないとな。
そう思いながら、ふとステータス画面を開く。
洞穴の時もそれなりに安心して見ることはできたが、俺だけがいる鍵付きの部屋というのは安心感が段違いだ。
今までの溜まりに溜まった疲労から眠気が急激に襲ってくるのを理解しながら、それでもしっかりとステータス画面を眺めていく。
名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>
レベル:6
魔力量:40/40
筋力: 23
知力: 24(+7)
防御力: 22
魔法防御力:22(+1)
敏捷: 22(+3)
技術: 21(+1)
幸運: 27
加護:無し
称号:無し
取得スキル 【火魔法】Lv1 【土魔法】Lv1 【気配察知】Lv1 【異言語理解】Lv3 【突進】Lv2
うーん、名前がいつの間にかロキ(間宮 悠人)に変わっている……
いったいどんな原理でこの中身が弄られているのか分からないけど、レベルが上がればすぐ反映されていることからも、まず神様の力が働いているんだろう。
そして【土魔法】が魔法防御力、【気配察知】が技術、【異言語理解】が知力のステータスボーナスと。
まぁここら辺は何かしら上がっていると思っていたから驚くことは無い。
ただ知力+7は興味深いな。
火魔法を取得した時に知力が+1になっているのは確認していた。
そこから異言語理解のレベルを3に上げて+6上昇しているとなると、上昇幅は+1+2+3と、レベル分の数値が上昇していることになる。
これも一応手帳にメモしておこう。
となると、ステータスボーナス目的でとりあえず各種スキルをレベル1にしようかという選択もあったが……
この上昇値を見れば無しだな。
スキルレベル1よりはレベル3とか4の方が実用性も高いだろうし、使う予定の無いスキルはひたすら後回しで問題無いだろう。
ちなみに新しく取得したスキルの詳細は、と……
『【土魔法】Lv1 魔力消費10未満の土魔法を発動することが可能』
『【気配察知】Lv1 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径5メートル 魔力消費0』
ふむふむ。
【土魔法】は予想通りで、【気配察知】は……かなり優秀だろうな。何より魔力消費0というのが素晴らしい。
試しに「【気配察知】」と呟いて発動してみると、左隣の部屋で動く人物を感覚で把握することができる。
人間の五感とはまた別の感覚。
現代人で言えばまさにシックスセンスみたいなものだと思うが、目を瞑っていても、今左隣の部屋にいる人間は何か書き物をしている?というのが分かるのはなんとも不思議な感覚である。
対して右隣の住人はまったく感覚が無い。
人がいないのか、それとも既に寝ているのか。
説明では『動く存在』ということなので、寝ていても呼吸で多少の動きはあるだろうし、たぶん人はいないというのが正解なんだと思う。
レベル1で半径5メートルとなると、今後レベル上昇することによってどこまで範囲距離が延びるかだな……
レベル2~3くらいなら、フーリーモールを倒していればそのうち上がるはずなので、これはレベルが上がった時のお楽しみとしておこう。
あと【気配察知】の常時発動は気になって寝られない。
ここら辺は慣れの問題かもしれないけど、目を瞑っていても周囲で幽霊のような動く謎の気配を感じ続けるとなれば、誰でも不要な時はその効果を切りたくなるものだろう。
『スキルをオフにしたい』と念じたら可能だったので、常時発動型と説明になければオンオフが可能ということは覚えておこう。
あとは……問題の魔法だよなぁ……
火にしろ土にしろ、この世界の魔法発動ルールというものが分からなければ何も進まない。
アマンダさんに聞けば教えてくれたかもしれないけど、どうにもどんぐりが言っていた僕のお手製だから凄いというのが引っかかって、ステータス画面に繋がる内容は聞くに聞けなかった。
ステータス画面があるから、あの説明文を見ることができるんだろうしね。
今は特別必要性がなくても、上位狩場のルルブの森とか、今後魔法を使えれば対処方法が変わる敵もまず出てくるだろう。
どのワードが果たして切っ掛けになるのか。いったいどのくらいの言葉、詠唱を唱えれば発動するのか。
どこかにその手の資料でもあれば良いんだけどな……
一応明日ハンターギルドの資料室ってところに足を運んでみるか。
そしてそして。
今後の当面の目標、スキルの優先順位をそろそろ決めなくてはならない。
細かく一つ一つのスキルを見ていけば、ステータスボーナス以外では興味対象外となる【伐採】や【農耕】といったジョブ系スキル。
早急に必要とはまったく思わない【歌唱】や【楽器】などのフレーバースキルも間違いなく後回し確定だ。
各種耐性系スキルもあればありがたいけど、わざわざ今すぐにという感じでもないし……
やはり率先して取るべきは、かの有名なチート3種の神器。
無限アイテムボックス系、どこでもワープ系、無詠唱の3つ……特に今最も必要なのは無限アイテムボックス系だろうなぁ。
しかしあっても【???】状態になって隠れているし、まず間違いなく魔物が所持している類のスキルでも無いだろう。
当たりを付ければ空間魔法なんかがあれば怪しいが―――
……その空間魔法が今は表示されていないのであるのかも分からない!
うーん、この世界に無限アイテムボックス系があるのかないのかすら分からないとは。
そう考えると既に見えている【探査】なんかが金の無い今の状況では凄い有用な気もするし、【鑑定】なんかもあれば金銭面で有利に働きそうだし……
あぁ~~悩むぅ~……
"悩んでいる時が一番楽しい"とは良く言ったもの。
久しぶりの布団の上で悩み悶えながら、俺は心地良い眠りにつくのであった。
明日から一時的に1日の投稿数を増やす予定です。
時間、投稿話数は未定ですが、多いと5~6話くらいいくかもしれませんので、順番をお間違いないようご注意下さい。
一応前書きの所に、その日何話目か残しておく予定です(忘れなければ)
ストックがあるうちにランキング入りを狙ってみようと思っての事ですので、ぜひ続きが気になる。
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