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高嶺の花はいつだって僕の手の届かないところに咲いていて、そして僕以外の誰かに摘まれていく

作者: 翔鳳

 もう高校生になってから一か月経った。僕は知り合いが誰もいない状況で始まった高校生活を無事に乗り切れるか心配だった。でも、このことを僕はとてもポジティブに考えていた。なぜなら、僕はそれだけ頑張ってきたから、きっと高校生活も頑張れると思ったからだ。

 僕は、小学校と中学校で少しいじめを受けていた。小学生時代は、上級生に捕まって、体育館裏で殴られたり、朝から同級生に道具箱を笑いながら踏まれていたりしたこともあった。中学校では、大好きな野球で虐められてしまい一時不登校になった。そのことで野球部の先輩達のグループから狙われることになってしまった。

 はっきり言って、登校することがとても鬱だった。そして僕は勉強も全然できず、国語、社会、数学、理科、英語の5教科で、五百点満点中二百点を超えることが出来ないほどで、三者面談では、


「息子さんの行ける高校はありません」


 という担任の先生の無慈悲な言葉が僕と母子家庭ながら一生懸命に育ててくれているお母さんに冷たく刺さった。僕は虐められて、そして勉強もできずに落ちていくことがとても悔しかった。そしてお母さんが毎日遅くまで働いてくれていることを分かっていて、親不孝だ。

 三者面談が終わって二人で帰っている時、お母さんがずっと黙っているので、何か話さないといけないという気持ちになった。


「お母さん、中卒で働こうと思うんだ。僕でも工場とかなら働けると思う、近くのパン屋さんがいっつも人を募集しているから、そこで働いてお母さんを少しでも楽にさせたいんだ」


「ダメ、きちんと高校に行きなさい。最低でも高校は出なさい。もし塾に行きたいって言うならお母さんが働いて稼いでくるから、きちんと勉強をしなさい」


 お母さんは、学校と勉強から逃げることは許さなかった。もし自分がちゃんと勉強をしていたら、お母さんをもっと働かせることをしなくても良かったのに、と自分を恨んだ。


「分かった。実はトシアキ君が行っている塾があって、その塾は全然勉強が出来ない人でも、ちゃんと勉強をできるようにしてくれるんだって。そこでもいい?」


「いいよ。そのかわり、しっかりと勉強をしなさい」


 僕は、唯一仲良くしてくれている友達のトシアキの教えてくれた塾に行くことになった。そこでは本当に中学校一年生のレベルの教育から丁寧に教えてくれた。僕は中学校三年生を迎えようとしているのに、中学校一年生と一緒に勉強をした。

 その代わり、スパルタだった。汚い罵声は飛ばしてくるが、その代わりずっと面倒を見てくれた。勉強の合間の休憩で加島先生という塾で一番偉い先生が、とても面白い話をしてくれる。勉強中は本気の罵声は飛ばしてこないが、口は汚い。でも勉強をする意志を見せる限り、ずっと勉強をさせてくれた。

 塾で遅くなり、日付が超える少し前に家に帰ると、お母さんはまだ帰っていなかった。僕はそんなお母さんが家に帰ってきたときに、テレビを見ていたり休んでいたりする姿を見せたくなかった。そしてしばらくしてお母さんが帰ってきた。お母さんの手にはインスタントコーヒーがあった。


「勉強を頑張っているんでしょ。はい、これを飲んで頑張って。今度はもっと美味しいコーヒーを持って帰ってきてあげるから」


 お母さんはどれだけしんどい思いをしても、ずっと笑いかけてくれた。お母さんだけでなく、お母さんと離婚した父から、天満宮の鉛筆と鉢巻をもらった。その気持ちに負けないために、必死に勉強した。

 そのかいあって、僕は高校受験に成功した。そして幸運なことに、僕の暗い思い出を知っている同級生たちは全員その高校の受験に失敗した。唯一仲良くしてくれたトシアキすらも落ちたことにビックリした。塾の先生からは、


「絶対に合格発表は一人で見に行くように!」


 と厳命されていたが、その約束を破ってトシアキを含む数人で見に行ってしまった。そしてその後に先生の命令の意味を理解した。学校へ帰る最中、針の筵だった。悪いことをしていないはずなのに、ずっと非難されているようだった。

 僕はそこから静かに生活して無事に中学校を卒業したのであった。もちろん、卒業式で多少の酷いことはあったが、それを語るほど不幸なことはない。

 そして入学してから一か月。僕にも友達が出来た。彼の名前は高橋君。僕が入学して最初にあった一泊二日のガイダンスで仲良くなった人だ。彼と仲良くなったのには経緯がある。

 ガイダンス初日の夜に、一つの大きな部屋に集められた。そこで、ガイダンスのリーダーが、ロウソクを持って現れた。そして部屋の明かりを消して、部屋にはロウソクの火の光だけが見えていた。


「ここで、みんなに自己紹介をしてもらいたいと思います。内容はなんでも構いません。ただし、ここで話したことによって後で悪口を言ったり、傷つけたりするようなことは禁止。まずは僕から話そうか。」


 リーダーはゆっくりと話し出す。何でこの仕事をすることになったのか、この仕事についてどう思っているのかについて詳しく教えてくれた。息子さんが高校一年生の時に交通事故にあい、そしてそんな息子と同じ年齢の子供たちを息子と同じだと思って導きたいからこの仕事をしているのだと言う。

 暗闇の中では、すすり泣く声が聞こえてくる。そう、この部屋は一体感のある不思議な空間だった。この空間だと、何を話しても受け入れてくれそうな気がする。

 そして僕は、この高校に入学するまでにあった辛い経験を話した。そして耐えきれなくなって、涙が止まらなかった。泣きすぎて、途中から話す言葉が続かなくなってしまった。そんな時、背中を軽く叩いてくれる人がいた。それが高橋君だった。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 そんな言葉をかけながら、安心させてくれる。そして落ち着くと。


「そんな僕ですが、みなさんどうかよろしくお願いします」


 という言葉で締めくくり、拍手をもらえた。そして隣の高橋君も語りだす。その内容は、僕と同じぐらいひどい境遇だった。そんなに辛い話なのに、彼は堂々と話す。それは、どんな苦境が来ても正面から立ち向かえるような、そんな強さを感じる話し方だった。

 彼が話し終わると、僕の方を見て笑いかけてくれる。僕はその日から、彼と友人になった。

 高校生活で初めてできた友人である高橋君は、クラス中の男達と仲良くなっていく。僕はそんな彼に引っ張られて楽しく過ごしていた。

 ある日、お母さんと夕ご飯を食べに行くことがあった。そこでお母さんに、


「僕は初めて学校に行くことが楽しくなったよ。明日も楽しみなんだ。」


 とお母さんに話した。するとお母さんはちょっと泣きそうな顔をして


「そう……良かった、良かったわね。」


 と言ってくれた。楽しい高校生活、唯一暗くするのは中間テストと期末テストの存在ぐらいなのだろうと思っていた。

 ある日、高橋君の横に女の子がいた。彼女は佐藤さんと言って、笑うとえくぼが見えて、とても可愛らしかった。ちょっと冷やかしで、高橋君に、


「お前ら付き合っているんじゃないのか?」


 って言ってみたら、本当に付き合っていた。一体いつの間にという気持ちで一杯だった。毎日のように遊んでいたはずなのに、不思議なものだと思った。そして羨ましいな、という気持ちにもなった。


「佐藤さんは、高橋君の一体どこが好きなの?」


「う~ん、全部かな?」


 聞けば聞くほど口の中が甘くなってしまいそうなので、もうこれ以上は突っ込まないと決めた。近くにいるはずの高橋君が、少し遠い存在になってしまったようで、少し寂しかった。そして佐藤さんはずっと高橋君の横にいた。授業が始まる前までの時間、授業間の休憩時間、お昼休みの食堂、放課後もずっと一緒だった。そんな彼女の姿を見て、高橋君はなんて幸せなんだと羨んだ。そして佐藤さんも幸せそうだった。

 ある日、僕はスマホを買ってもらった。周りは持っているのに、自分だけ持っていない状況に、少しお母さんに愚痴ったら買ってもらえた。みんなは休日でも連絡を取り合っているのに、自分だけは一切連絡を取れない。そんな状況を話すと、お母さんは少し困った顔をしていた。夜遅くまで働いているお母さんにこんなことを言うのは悪い子だと思う。でもそれ以上に友達と連絡を取れる宝物が欲しかったのだ。

 日曜日にスマホを買ってもらってから、月曜日を迎えた。僕は嬉しくなって、


「みんな、スマホ買ったよ! 連絡先交換してくれる人!」


 こんなことを教室のど真ん中でスマホを片手にして高々と掲げていた。誰も見向きをしなかったらショックで翌日には通学できる自信が無いのだが、みんなが仕方ないなという顔をしながらどんどん連絡先を交換してくれた。この小さなスマホにはみんなと繋がれるお宝が入っているんだ。そんな気がした。

 興奮も冷め止む中、家に帰ると早速ライン通知が入っていた。同じクラスにいた中村さんが早速連絡を入れてくれたみたいで、とても嬉しかった。彼女は同じ教室にいたはずなのに、はっきり言って印象に薄かった。だけども、連絡先を一番に交換してくれた人だった。

 内容はとりとめのない話ばっかりで、でもそんな世間話が出来ることだけで幸せだった。スマホを有効活用できていることが嬉しい。このピカピカのスマホがどんどん指紋まみれになる姿に、誇らしい気持ちになった。

 中村さんと話をしていると、どうやら最近彼氏にフラれたみたいで、傷ついているらしい。そして、付き合ってよ! って冗談のように言ってきた。多分冗談なのだろうと思って、良いよと返事を返した。恐ろしいことにどうやら本気だったみたいで、僕はまだ友達にすらなっていない女の子と付き合うことになった。

 翌日、学校で二人になったので、話に行く。


「ねえ中村さん、僕たちは付き合っているってことで本当に良いのかな?」


「そうだよ、私は本気だよ」


 中村さんはとても綺麗な笑顔で答えてくれた。


「こんなことを言うのは良くないのだけど、僕って中村さんと仲良くなる接点って、昨日までであったっけ?」


「ガイダンスの時を覚えている? あの時見て、素敵だなって思ったの。それと、私、眼鏡の人好きなんだよね」


 ガイダンスについては、泣いていただけだし、眼鏡については、どう言うことだよ! と思ったけど、彼女になってくれるという気持ちが勝った。


「ありがとう、今日からよろしくお願いします」


 高校生になってから良いことばっかりだった。過去のしがらみから離れる事ができて、新しい友達ができて、彼女もできた。

 高橋君を羨ましいと思っていたけど、僕も同じようになれたと思って嬉しかった。でも中村さんとは長く続かなかった。

 恋愛については、二種類あると思う。囲炉裏に炭をくべて、ゆっくりと燃え上がらせるような恋愛と、キャンプファイヤーみたいに一気に燃え上がらせるようなものだ。

 僕と中村さんは後者だと思う。中村さんは、いきなり付き合っている状況を周囲に知られたくないらしく、学校でも内緒にしていた。

 その分、ラインでのやりとりが激しく、一日に何時間もやりとりをしていて、充電器に刺しっぱなしにしていないとあっという間に電源が落ちてしまいそうだった。

 彼女もいっぱい話題を提供してくれた。僕も懸命に話題を提供して、そして彼女に喜んでもらおうと努力した。お互いに何も知らない同士、最初はとても楽しかった。

 それでも、流石に一ヶ月も続けていれば疲れる。そして、目の前では高橋君と佐藤さんが仲良くしている姿が僕の目に映し出されていて、とても苦しくなった。

 僕はラインの返事がどんどんおざなりになっていった。中村さんも察するところがあったようで、彼女のラインから、


「私達、冷めちゃったね。別れよっか」


 と言う言葉が出てしまった。僕はそんな事を言わせてしまう自分を責めた。だけども、彼女に対して燃え上がるような感情が火種すら無くなってしまった事に気がついてしまった。


「中村さんありがとう、別れよう。でも、貴重な経験をさせてくれて、僕はとても嬉しかったよ。」


 そう打ち込んで送信すると、中村さんは何も返事をせずに既読だけ付いた状態でその日が終わった。

 僕は彼女のいない日常へと戻った。恐ろしい事に、ラインをする事以外に何も変化が無かった。せっかくできた彼女だったのに、付き合っている事を内緒にするだけで、こんなに空虚なものになってしまうなんて。本当にもったいないことをしてしまった。

 そうして、初めての彼女との付き合いが終わった。あまりにも簡単に彼女になってもらって、あまりにもあっけなく他人になった。

 だけども、彼女と別れたことにそれほど心に傷を負うことはなかった。だけどももっと後にその傷が自分をえぐることになった。

一か月後にクラスで見た光景は、きっと夢幻なんじゃないだろうかと思った、いや思いたかった。同じクラスの鎌田と中村さんが付き合っていた。鎌田は、僕とよく似ているということでクラスではからかわれていた。最近だと、僕が少し授業中にふざけていると、


「鎌田、うるさいぞ!」


 と先生から怒られていた。それぐらい間違えられる。そんな彼と中村さんが付き合っていることに、言葉では表せない感情に襲われた。一番戸惑ったのは、鎌田と付き合っていることを内緒にしていない中村さんのことだ。僕の時は内緒だったのに、鎌田とはなんで付き合っていることを公表しているのかということだ。単純に辛かった。

 別れたことについてはそこまで傷ついていなかった傷は、実は感じていなかっただけで、鎌田と中村さんの仲睦まじい姿を見た瞬間に傷が大きく開いた。僕はそんな状態を周囲に知られたくなかったので、可能な限り彼らを視界に入れないようにして元気に振る舞った。

 だけど、普段から鎌田とは遊んでいる。百均で買ったトランプでいつも遊んでいたが、当然鎌田が来る。そして中村さんは付属品のように付いてくる。二人でチームを組んで、大富豪をして遊んでいた。いつもは楽しくやっていたのだけど、その日だけは鎌田を全力で潰しに行った。どの面下げて僕の目の前でイチャイチャしてくれているのかなと怒りが湧いてきた。

 鎌田はずっと大貧民だった。だけどもその度にイチャイチャされてしまって、ずっと大富豪だったのに、僕の心は大貧民だった。

 僕は、自然とまた高橋君と佐藤さんと仲良く遊ぶようになった。高橋君は例え彼女がいても決して僕のことを捨てるようなことはしなかった。悲しみから逃れるために、少し依存してしまったのかもしれない。佐藤さんとも自然と仲良くなっていった。僕は高橋君という大切な友達がいるのに、佐藤さんのことをどんどん好きになってしまった。

 僕は自分の心を殺した。大切な友達と仲睦まじい彼女に対してそんな気持ちを持つことは非常に不味いことだということは理解していたから。それに、彼女は僕にとって高嶺の花だった。

 佐藤さんは、とてもお笑いの好きな人だった。色んなお笑いDVDを持っていて、僕は彼女から何枚も借りては感想を言っていた。それは彼女に媚びるためではなくて、本心からお笑いが好きだったから、とても楽しい時間だった。好きなことを共有しあえるということに、心の底から嬉しかったけど、同時に心がチクチクしていた。

 僕は高橋君の幸せを願っていた。それは、僕がこの高校生活で初めてできた大切な友達であり、僕を引っ張ってくれる人だからだ。

初めての文化祭の準備の時、みんなで看板を作ったりしていた。とても暑い日で、みんなも暑い、暑いと文句を言いながらも頑張っていた。ふと高橋君と佐藤さんが見つめ合っていた姿を見かけた。そして、なぜか窓際に二人して行き、カーテンで隠れた。しばらくしてから、二人はカーテンから出てきた。高橋君はニコニコしていて、佐藤さんは頬を赤くして、手でパタパタとあおぎながら帰ってきた。僕はそのことに自信はなかったけど、たぶんキスしたんだなって思った。

 彼女は汗が止まらなかったみたいで、汗をどんどんかいていき、シャツがどんどん透けてきてしまった。彼女の水玉のものが見え始めてしまって、つい目をそらしてしまう。早くそらさないと、凝視してしまいそうになって、見つかってしまうと嫌われてしまいそうだから。

 すごく目に焼き付いてしまった光景だった。結局彼女にあまり触れることなく終わった僕にとっては、羨ましすぎる光景だった。

 文化祭の準備が終わろうとした時、鎌田がやたらとハイテンションになってうざかった。中村さんと一緒に教室の外に行って、こうなって帰ってきたことを考えると、彼らもキスか何かをしたのだろう。鎌田には申し訳ないのだが、ただただ鬱陶しかった。

 文化祭が無事に終わって年末に向かう時、その事件は急に発生した。教室で机の上に座っている高橋君に向かって、違うクラスの奴が急に殴りかかったのだ。名前も知らないそいつは高橋君に何発も殴ったが、僕は急の出来事と……いや違う、僕はきっと怖くて動けなかったのだ。

 高橋君と彼は先生が駆け付けて止められ、そのまま連れていかれた。あまりの出来事に、何も思考が働かなかった。高橋君はその日から見ることは無かった。

 佐藤さんは独りぼっちになってしまった。いつも高橋君一緒だった彼女は、虚無になってしまった。彼女に対して僕は色々と声を掛けてみたが、元気にはなることは出来なかった。佐藤さんは同級生の女の子達の中に溶け込むことによって、少しづつ元気を取り戻していった。だけども、彼女は違う女の子になってしまったようだった。

 僕は、佐藤さんが自暴自棄になってしまったように見えた。高橋君と付き合っている佐藤さんは、本当に素敵だった。高橋君に寄り添い、高橋君と笑いあっている彼女はとても輝いていて、幸せなものを見せつけられていると僻んでしまいそうになるはずが、そんなことは一切なかった。それぐらい美しかった、芸術品を見ているかのような感覚だったのかもしれない。

 高校二年生になって、高橋君は正式に退学になった。なんで殴られた側の方が退学することになったのかは分からない。でも、彼がいなくなった事実は変わらない。

 僕は佐藤さんと引き続き同じクラスになった。彼女は完全に立ち直ったように見えた。女子グループは僕をいじって笑ってくるが、虐められているというより、絡まれているだけだった。彼女もそのグループの一人としていじってくるけど、その空間の居心地はとても良かった。

 新しく友達になった吉武という人がいた。彼は、シャーロックホームズが好きで、英語の時間にその題材が出てきて、話しているうちに仲良くなった人だ。そんな彼はふとした時に教室を覗くと、僕と女子達で遊んでいる姿を見たらしい。そして、そのことをずっとハーレムだといっていじってきた。僕は佐藤さんのおかげで、女の子と自然に話すことが出来るようになったと言うことが分かった。

 僕は佐藤さん達と楽しい空間を過ごしていたけど、そんな僕にも佐藤さん以外に好きな人が出来た。彼女は西口さんと言って、とても小柄で可愛らしい女の子だった。彼女には何度も話しかけて、感触としてはとても上手く行っていると思う。だけど、この心地よい空間を壊したくなくて、僕は告白できなかった。

 僕は臆病に毎日を過ごしている。最初に付き合えた中村さんは特殊過ぎて、本来女の子と付き合うと言うのはとても大変だと分かっているから。そして、本音を言えば佐藤さんと付き合いたかったから。

 高校三年生になった。僕は佐藤さんに勇気をもって聞いたことがある。


「佐藤さん、一つ聞きたいのだけど、もし付き合いたい男性がいるとしたら、どんな人と付き合うの?」


「ん? 私はね、まず友達になった人は無理かな。もし友達って認識してしまったら、ずっと友達になってしまうかなって。だからね、私はあまり知らない人と付き合うことになるかも。仲良くなってしまったら、もうそういう目で見ることが出来ないわ」


「ええっ! 普通仲良くなって、知り合いから友達になって、付き合うって流れじゃないの? その流れをすっ飛ばすのってどういうこと……」


「う~ん、私は特殊なのかもしれないね。でもそう言うことだから。でも貴方もきっといい相手が見つかるよ。でも何だか悪い女に騙されそうね。女の子って、裏ではろくなことを考えていないものよ、気を付けてね。女の私が言うのだから間違いないよ。もし女の子がいても、見えている女の子の通りじゃないかもしれないから」


 僕は佐藤さんとは絶対に付き合うことが出来ないってことが分かった。もしかすると、こんな卑怯な聞き方が見透かされていたのかもしれない。暗に、脈が無いよって言うことが言われた気がする。

 彼女の性格を考えると、もう少しはっきり言ってきそうなものだけど、友達だからこその優しさなのかもしれない。僕は気持ちが抑えられなくて、そんな彼女の優しさに付け込んでしまった。


「佐藤さん、もし僕と付き合ってくれるって言ったらダメなのかな?」


 さっきその答えは佐藤さんが言っている。だけども、抑えることが出来なかった。


「フフッ、貴方と付き合うってことかな? ごめんね、貴方とは友達なんだ。すごく良い人だってことは分かっているけど、友達なんだよね。ごめんね」


「そっか、やっぱりダメなんだ。残念だなぁ」


 佐藤さんはとても良い人だ、僕を可能な限り傷つけないようにしてくれた。


「貴方が良い人と付き合えるように、アドバイスしてあげる。女の子のこと教えてあげるから。他に好きな人っていないの?」


「西口さんっていう人が気になってるよ」


「じゃあ色々と教えてあげるから」


 そんなことを言って、話し合いは終わった。本当にあっけなかった。

 その後は、結局変わらない関係が続いた。でも、佐藤さんは彼氏が出来た。お相手は生徒会長の細野という人だった。聞いたとき、絡みがあったか? という感想だった。本当に細野という人は、僕の頭の中にある交友リストに一切いない人だった。

 佐藤さんは、知らない人と付き合った。これが本当に悲しかった。僕自身のせめて知っている人であれば、色んな感情を沸かせることが出来たのに、リアクションが取れない状態だった。

 そして僕は結局西口さんに告白できないままに卒業まで心地の良い空間を維持するだけだった。僕は本当に勇気のない人間だった。

 佐藤さんも、細野と付き合ったまま卒業した。もしかすると、佐藤さんはこのまま結婚するんだろうかと思った。結局僕の本当の片想いは、届かないところへ行ってしまった。

 佐藤さんは専門学校へ行くようだ。映像関係のところに行きたいらしい。僕は大学生になった。そして西口さんは就職していった。どうやら介護職に行ったらしい。僕は大変だと聞いている介護職に行ったことを心配した。だけども僕は大学生活を送ることで精いっぱいで徐々に忘れていった。

 大学では色恋沙汰は特になかった。だけども、やっぱり仲良くなった友達は、やっぱり彼女がいた。大学生活でも、案の定で目の前で恋愛を見せつけられる状態だった。高橋君を思い出すような光景で、やっぱりそのカップルは仲睦まじく、幸せそうだった。そういうのを見ると、一度諦めた恋愛をもう一度やりたくなった。

 そして、大学二年生の頃、西口さんからラインが入った。内容は久しぶりに遊びませんかという話だった。僕は、とんでもないタイミングで、しかも西口さんから連絡がきたことに驚いた。僕はとんでもなく強運の持ち主なのかもしれない。

 西口さんは、学校では見たことのない服装をしていた。私服姿の西口さんは、小柄で可愛らしい印象から、綺麗な人という印象という認識へと変えさせられるような感じだった。

 最初から付き合いたいと思って見てしまっているのもあるのだろうけど、卒業前に会った時から更に魅力が増していると思った。だけども、同時に仕事の忙しさなのかと思うけど、高校生時代に感じなかった暗さも感じ取ってしまった。笑顔の中に陰りがあった。

 僕と西口さんは映画館へと向かった。どうやら見たい映画があるらしく、一緒に見ようと言うことで誘ってくれたらしい。作品名を聞いたとき、シリーズ物の最終章だったけど、僕は一話たりとも見たことが無かった。でも西口さんと遊ぶことが出来るから、そんなことは些細なことだった。

 映画が上映されるまでの間で、近くのレストランで食事をとった。彼女と食事をとるのは初めてで、その動作一つ一つを目で追ってしまう。僕は傍から見るとストーカーのように思われてしまうかもしれない。それでも、好意を持っている人に対しては、その仕草一つでも目に入れたかった。

 映画が上映されて、一緒に二時間近く隣に座る彼女を意識しながらその時間を過ごした。彼女の喜怒哀楽の全てが知りたかった。だから僕は映画の内容よりも、隣の彼女のことしか考えていなかった。

 映画が終わって、内容について二人で話しながらカラオケに行く。ちょっと卑怯な僕は、映画の起承転結の部分だけはしっかりと覚えているようにして、会話が出来るようにしていた。そしてカラオケに行くと、また魅力的な彼女を発見できた。

 さっきまで話していた声とは全然違う歌声が小さなカラオケボックスに響き渡る。とても可愛らしい声で、自分の歌う順番はいいからずっと聞いていたいと思った。短い時間ではあるものの、どんどん魅力的な彼女のことを知っていった。そして楽しい時間が過ぎて別れて行った。

 僕は自分から誘うことが怖くて、また彼女から誘ってくれないかなと思うと同時に、その日にあったことを佐藤さんと電話した。


「佐藤さん、僕は前に気になる人って言っていた西口さんと遊んできたよ。彼女から誘ってくれて、遊びに行けたんだ。まさか彼女から誘ってくれるなんて思ってもみなかったよ。」


「良かったね、まだ西口さんが好きって感情があるなら告白しちゃいなよ。女の子から男の子を誘うってなかなか無いよ。」


 佐藤さんは色々と相談に乗ってくれる、恋愛ごとを相談できるのはとても頼もしかった。そして奇跡のように、また西口さんから連絡をしてくれて、先日と同じコースで遊んだ。僕はもう次で告白したい、そう思った。

 僕は勇気を出してラインを送る。そして彼女は少し間をおいてから遊べる日付を送ってくれた。この日が僕の心を伝える日だ。僕は毎日、日付が変わることを楽しみにすると同時に、とても怖くもあった。

 そしてまた変わらないコースで遊んでから、最後に別れるところまで来た。とうとう告白をする時が来てしまった。


「西口さん、ちょっと話があるんだ」


「何かな?」


「僕は高校生の頃から西口さんが好きだったんだ、そして今自分の気持ちは変わらなくて、良かったら僕とお付き合いしていただけないでしょうか?」


 もっと良い告白のセリフは探せば見つかると思う。だけど緊張もあって、もし思いついていたとしてもきっと口には出来なかったと思う。


「そう……ありがとう。でも、私は今、誰かと付き合いたいって思わないんだ。ごめんね、それに、本当に好きな人って別にいるんじゃないかな? 自分の気持ちと向き合った方がいいよ」


「そっか、ごめん。ありがとう、今日も楽しかったよ。また遊ぼうね」


 そんなことを言いながら、別れた。僕の高校時代からの片想いはあっけなく砕けてしまった。最後には何か見透かされてしまったかのようなことを言われてしまった。

 そして告白が失敗したことを佐藤さんと話した。


「佐藤さん、西口さんへの告白は失敗しちゃった」


「そっか、女の子の方から誘ったら勘違いさせちゃうんだから罪なことをするね。分かった、慰めてあげるから明日ちょっと遊ぼうか。実は私も言いたいことがあるんだ」


 彼女の不思議な言葉を聞いて、怖い気持ちになった。告白に失敗したことで少し泣いたが、そんなことよりも気になる言葉を残されてしまった。

そして翌日、近くの喫茶店へと向かった。


「直接会うのは久しぶりだね、元気に……はしていないね」


「告白失敗しちゃった。結局恋愛って難しいや」


「そっか、実は私もね、細野君と別れたんだ」


「なんで? 浮気とかされたの?」


「ううん、違うの。ただ細野君からね、重すぎるって言われちゃった。私はね、好きな人がいたらずっとその人のことを考えてしまうの。その人と付き合ったら、自分の全てを差し出してしまうような、そんな女なの。それがね、細野君にとっては重すぎたみたい」


 僕は細野君のことが良く分からない。でもそれだけ愛してくれる人がいるって幸せだと思う、特に傷心の僕にはそう感じてしまう。


「私ね、専門学校も辞めちゃったんだ。それで近くの精肉屋さんで働いているの。そこでね、傷ついている私を見てくれる六歳上の人がいて、その人と付き合うことになったの」


「随分と早いこと彼氏が出来たんだね、すごいや」


「違うの、高校卒業してからすぐに別れたんだ、でもそれを周囲に言わなかっただけ。結局また宙ぶらりんになっていたの。それでね、もう彼とは結婚まで行くと思う。そこまで話は進んでいるの。」


「おめでとう、色んな人達と付き合ってきたと思うけど、ようやくゴールだね」


「貴方もきっと良い人と出会うわ、でも悪い女っていくらでもいるから騙されないようにね。私も悪い女の一人だから、もう一度教えてあげる。女の子は裏では何を考えているか分からないから気を付けること。それじゃあね、相談にはいくらでも乗れるから」


 そう言って喫茶店を出た。僕は近くの公園のベンチで考え事をしていた。僕が結局恋愛を成就させられないのは、自分が付き合いたいと思える人じゃないからだと改めて思った。僕はもっと魅力的な男性になる必要があるんだ。


 【高嶺の花はいつだって僕の手の届かないところに咲いていて、そして僕以外の誰かに摘まれていく】


 僕はその高嶺の花を摘むことが出来るように、もっと魅力的な男性になろう。


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