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一章-4 早計

 



「しかし、本当に良かったのですか?」


「構わん。どの道、後戻りはできんのだ」


 暖炉脇の豪華なソファに腰掛け、豊かな口髭の男は従者の言葉にそう返す。ソファに留まらず、その他の家具や彼の身につけた装飾品の数々が、彼の権力と財力を示していた。それだけの『力』を背負ってきた人生が生む威厳が、今の彼からは感じ取れた。


「何度も言わせるでない。お前の懸念することくらい、私にだって考えつくのだ」


「はっ」


 若いやつは考えることも青臭いな。そんなことを誰にも聞こえない声で呟きながら、ステッキの先端、一際輝いている鮮やかな翠の宝玉を人差し指でゆっくりとなぞる。どこか遠くを見つめるような目で、慈しむように、ゆっくりと。



「───そろそろ腹が減った。昼飯にする」


「は。すぐに準備致します」


 勤続25年のヴァイアなら言わずとも伝わるところなのだが。彼は苦笑し、目を細めた。慌ただしく部屋を出ていった新米従者と同じように、ヴァイアもまた、25年前にこうして彼への忠誠を誓い、後戻り出来ぬ運命に身を置いたのだ、ということを思い出しては、あの頃が無性に懐かしく思えた。

 あいつが父の葬儀から帰ってきたら、当時のことでからかってやろう。そんなことを企み、ヴァイアと、そして彼自身の故郷であるラミーラの方向を仰ぎ、呟く。



「────後戻りなど出来ん。お前も俺も、血塗られた運命なのだからな」


















『炎狼』本部を出発したサレンら3班は、小さな鉱山の町クルースを目指し、1班、2班と共に一路東へ向かっていた。


 クルースでは数週間前、ある不可解な事件が起こっていた。鉱山や農地で働く男を中心に、若者がいっせいに忽然と姿を消したのだ。その地を管轄するヒューゴー家の私兵団が調査を行ったが、何も手がかりを得ることは出来ず、若者たちも戻らないままに捜査は難航を極めていた。


 実は、このように町の若者たちが一夜にして姿を消すという事件が起こったのは、これが初めてではなかった。

 1件目は、カルティノ最西端の山間に位置するノークという寒村。村の農夫15人ほどが、一夜にして忽然と消えた。領主エイマ家の調査でも何も得られなかったが、辺境の寒村で起きた不思議な事件として片付けられ、話題とはならなかった。

 ところがその1ヶ月後に、クルースと同じような鉱山の町リョル・カナで、若者50人が一斉に姿を消したことで、この一連の不可解な事件は一気に注目を集めた。何者かによる誘拐から神の祟りとまで、様々な憶測が飛び交ったが、いずれの事件も手がかりは全く得られず、神の祟り説を否定することすらも出来ずにいたのだった。







「────で、そうこうしてる間にめでたく3件目が発生、と。ちっともめでたかねぇ」


「ぼやかないの、サディ。この事件にデマルダの関与も噂される以上、私たちも無関係じゃいられないんだから」


「分かってっけどさぁ……そもそも俺ら傭兵だぜ?戦士だぜ?なぁんでこんな調査まがいのことしなきゃいけねえんだよ……」


「今さらそんなこと言ってないで、気を張りなさい」



 ───サレン達は今、縦に並んだ3台のキャラバンと呼ばれる荷馬車の1番後ろ、つまりは殿の1台に乗り、代わる代わる見張りをしながら移動している。


 サレンの説明のとおり、1つでも多く手がかりを掴みたい彼らは、クルースに行けば何か情報が得られるかも知れない、という何とも確証に乏しい理由で、最初の目的地をクルースに定めたのであった。

 バローナン領からクルースまでは足速の馬車で丸2日ほど。その間ずっと気を張っているともなると、戦士とはいえ愚痴のひとつもこぼしたくなるものである。


 とはいえ、サレンの言う通り、ここで集中を途切れさせることはよろしくない。これから大事な任務が控えているから、というのも理由の1つではあるが─────




「!? ───何っ!?」


 突然、馬車が大きく揺れ、鈍い音をたてて急停止した。いち早く異変を察知したサレンも、寝転んで愚痴をこぼしていたサドルスも素早く武器を取って警戒態勢をとる。



「敵襲ッ──!!!」


 前方で隊の誰かがそう叫ぶと同時に、車両後部の出入口に向かってイーラが自前の煙玉を投げた。

 途端に立ち込める煙の中を突っ切って、転がるように勢いよくサレンとレスタが外に出る。素早く周囲を観察してみれば、粗野な格好の男たちが三十数人、隊列を取り囲んでいた。


 ひとまず自分たちの間合いを確保し、自慢の弓を携えたサドルスと短槍を構えたイーラが荷台から降りてくる。



「───野盗ね」


「人数は多いけど装備も貧弱、統率もとれてない。あたしたちで事足りそうね」




 人通りの多い主要な街道以外では、このような野盗の襲撃に遭うことがある。そのため、商人などは各々自前の護衛を雇うなどして行商しているのだ。


 馬車がたったの3台、護衛なし。そう判断して襲ってきた彼らは、即座に陣形をとって応戦してきた戦士たちを前に、その迂闊さを後悔したに違いない。相手は手練が12人、勝機はないことを悟って大人しく手を引くのが賢明な判断だ。


 しかし───



「クソが!!大人しく有り金出しやがれ!!」


「あっ、馬鹿───」


 リーダーらしき黒ひげの男が制止しようとするが、時すでに遅し。血気盛んな若者が2人、大きなナイフを構えてサレンに襲いかかってきた。


 体格で大きく勝る男2人を相手に、しかしサレンはひとつも動じない。最初の男の動きを冷静に見切り、ナイフのひと振りをひらりと躱すと、腕を取ってあっさりとナイフを奪った。

 あまりの早業に、男は感心する余裕を持たない。極められた腕とは逆の手で、何とか腰に着けた2本目のナイフを取ろうとして、



 ────それよりも早く振り抜かれたサレンのナイフが、男の喉元を鋭く抉っていた。









 目の前で味方が呆気なく殺され、思わず足を止めたもう一人を、レスタが腕一本で轟沈。

 あっという間に味方を2人潰された野盗たちは、しかし先程までとは明らかに目の色が違う。



「───よくもっ、やりやがってぇ!!」


 味方の一人が殺されたとあっては、彼らも黙ってはいられない。たちまち怒りの色が満ち、あとはそれが堰を切って暴れ出すのみだ。

 ───仲間の命を奪った相手に、男たちは怒りを以て武器を向ける。




 林の合間の街道で、誰も望まない戦闘が始まった。




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