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◇◇◇◇
翌日、レオルドたちは日が暮れる前に王城へと到着する。
祝宴は夜から行われるのでレオルドたちは魔王の刺客に備えて、打ち合わせを行ってから会場へと向かった。
王都の王城――その中庭には、今まさに華やかな祝宴の準備が整いつつあった。
夜を彩る無数の光球が、魔導灯により宙へと浮かび、色とりどりの花弁が舞うように散っては消えていく。
この日の主役は――第二王女マルグリットと、その第一子フェリクス。
祝福に包まれる王族の一員として、第二王女は堂々と玉座の傍に立ち、傍らには夫であるロベール・クラウゼルが控えていた。
貴族社会では珍しい恋愛結婚であったが、彼が名門伯爵家の嫡男であり、近衛騎士として王城で信頼を積んできた経歴を持っていたこともあって、王族の一員としての資格に不足はないとされた。
政略結婚が基本とされる中で、互いの信頼と実績を礎に結ばれた二人の絆は、王国にとっても良き前例となったのだ。
そのため、この祝宴は単なる出産祝いに留まらず、王家の新たな安定の象徴として、貴族たちの関心を一身に集めていた。
王族、貴族、功臣、各国の使節団に至るまで、多くの人々が祝いの場に招かれていた。
その中に、ゼアトから訪れたレオルドとシルヴィアの姿もある。
魔導自動車や回復薬という偉業の立役者として、レオルドの名は既に王都でも広く知られている。
そして、シルヴィアもまた、神聖結界という破格のスキルで王都を長年守り続けて来た守護神、女神の化身として評されている。
だが今日、二人は主役ではない。
レオルドとシルヴィアは、あくまで第二王女の親族――姉妹枠として、丁重に迎えられていた。
「この度は、誠におめでとうございます。マルグリット殿下、そしてロベール殿」
レオルドが深く頭を下げ、シルヴィアも上品に膝を折る。
その手には、白銀と瑠璃で装飾された魔導ゆりかご――レオルドが贈る、祝福の贈答品があった。
「まぁ……! なんて精巧なの……」
マルグリットが感嘆の声を上げる。
「レオルド様が鍛冶師たちと共同で設計したそうです。内部の魔導式で、赤子の体温と感情に応じて揺れが変わるとか……」
シルヴィアが補足し、姉の口元に穏やかな笑みが広がる。
「姉としてだけでなく、母親としても、嬉しいわ。ありがとう、二人とも」
王族としての礼儀を忘れず、しかしどこか家族らしい親愛の温度がそこにはあった。
やがて音楽が流れ、舞踏会が始まる。
貴族たちが次々と踊りの輪へと加わり、夜空に浮かぶ光球がゆったりと色を変えていく。
そんな中、レオルドは一歩退き、シルヴィアと共に会場の様子を見守っていた。
「派手すぎず、質素すぎず。さすがは第二王女殿下だな」
「ええ。お姉様らしい落ち着いた雰囲気。でも、今日は少しだけ浮かれているみたい」
二人は小さく笑い合う。
だが、その視線の奥には、微かな緊張もあった。
この祝宴――あまりに整いすぎている。
すべてが予定通りに進みすぎているのだ。
シャルロットの護符、感知陣。
ギルバートやイザベルの警護班。
バルバロト率いるゼアトの騎士隊。
これだけの備えがあるにもかかわらず、レオルドの胸中には、ぬぐえぬ何かが残っていた。
――静かすぎる。
祝宴の会場は、あくまで穏やかだった。
宰相や有力貴族、騎士団幹部たちが集まり、笑い声と楽団の調べが重なり合っている。
中央の王族席には、マルグリットとその夫、ロベールが並び、第一子フェリクスをあやしていた。
貴族たちの祝福の言葉が次々と届けられ、王族主催の式典らしい格式と華やかさが、そこには確かにあった。
その一方で――
「……仕掛けてきてもおかしくないんだが」
「様子を伺ってるのではないでしょうか? こちらの戦力を見てることでしょうから」
「このままなにも起こらなければいいんだがな……」
「そうですね。杞憂で終わってくれれば楽なのですが……」
「まあ、私がいるから余計にじゃないの~?」
緊張を湛えるレオルドとシルヴィアの背後から、飄々とした声が割って入った。
シャルロットは、ワイングラスを片手にどこか余裕の笑みを浮かべている。
「ふむ。それはあり得るかもしれんな」
「シャルお姉様は魔王にとっても無視できない存在でしょうからね」
「でしょ~? つまり、私がいると手出しができないのよ、きっと」
「それならそれでいいんだが……」
レオルドの口調には、どこか引っかかりがあった。
その違和感に、シャルロットが眉をひそめる。
「なにか不安なことでもあるの~?」
「ドッペルゲンガーが近くに潜んでいるのなら、シャルの存在を掴んでいてもおかしくはない。なら、シャルをどうにかしてシルヴィアを狙う算段をつけると思うんだ」
「そうね~。魔王が狡猾ならそうするしかないでしょうね。でも、こっちは万全を期してるのよ? こちらの防衛網を抜けれるかしら?」
「できれば手をこまねいてくれていればいいんだが……」
その時だった。
「っ……!」
シルヴィアの手元で、グラスがカランと音を立てた。
次の瞬間、彼女の表情が青ざめ、体がふらりと揺れる。
「……シルヴィア!?」
「だ、大丈夫……です。ちょっと、疲れが……」
すぐにレオルドが支え、シャルロットも駆け寄るが、シルヴィアは小さく首を振った。
「平気ですわ。少し、空気を吸ってきます。休めば……すぐに戻れるわ」
「シャル! 毒の鑑定を!」
「もうやってあるわ。毒は検知されなかったわ……」
「……本当に疲れているだけか?」
彼女の額にはうっすらと汗が滲み、唇はわずかに紫がかっていた。
明らかに異常だと察しつつも、本人の強い意思を前に、レオルドは無理強いできなかった。
「シルヴィア。少し、席をはずそうか」
「レオルド様は残ってください。二人揃って抜け出すのはよく思われませんから」
「俺はそんなこと――」
「レオルド様」
シルヴィアの真剣な眼差しにレオルドは何も言えなくなった。
「イザベル、シルヴィアを頼む……」
「承知しました。シルヴィア様、こちらへ」
そうして、二人は会場を離れた。
「何もなければいいんだが……」
「大丈夫よ~。そのために準備をしてきたんでしょ?」
「……そうだな。イザベルを信じようか」
レオルドとシャルロットは二人の背を見送る。
会場から抜け出したシルヴィアとイザベルは人気の少ない廊下を進んでいた。
その先には控室があり、そこでしばらく休息を取ろうとしていた。
イザベルが慎重に周囲を警戒していたその時だった。
「シルヴィア様、失礼いたします。水をお持ちしました」
控室の扉の前に立っていたのは、見慣れぬ若いメイドだった。
その手には銀の水差しと、透き通るようなグラスが揃えられている。
「……あなた、新顔ですね? どこの所属か答えなさい」
「厨房から参りました。シルヴィア様がお倒れになったと聞き、急ぎ……」
丁寧な所作。年若いながら、礼儀正しく、表情も柔らかい。
だが、どこか違和感があった。
「私が代わりに受け取ります。シルヴィア様はお疲れなのです」
イザベルが水を取ろうと手を伸ばした、その瞬間だった。
「……ふふ。そうか。では、まずお前から仕留めるとしよう」
メイドの顔が歪んだ。
口の端が耳元まで裂け、瞳の奥に黒い瘴気が蠢く。
「っ!?」
豹変したメイドの姿を見てイザベルが咄嗟に後ろへ飛び退く。
「遅いっ!!!」
メイドの腕が鞭のように伸びると、イザベルの首に巻き付いた。
「ぐっ!」
首を締め上げられ、苦悶の声を漏らすイザベル。
「イザベルッ!」
「動けば、このメイドを殺すぞ。貴女の目の前で」
冷たく笑うその声に、シルヴィアの顔から血の気が引いていく。
「すぐに人が来ますよ……」
「くっくっく。だといいな……!」
不敵に笑うメイドの言う通り、シルヴィアの願いは届かなかった。
同時刻、祝宴の会場では――
突如、空気が振動した。
誰かの叫び声が響く。
「なっ……!? 銅像が動いたぞ……!」
飾り物として運び込まれていた彫像の一体――それが突然、蠢き出した。
ゴゴゴ、と重たい音を立て、石像だったはずのそれが牙を剥く。
――ガーゴイル。
石像に擬態して魔物避けの結界を突破した、悪魔の眷属。
その咆哮と共に、会場は一気に混沌に包まれた。
「警戒、警戒! 全員武装を――ッ!」
「周囲の出口を封鎖しろ! 逃げ遅れた者を避難させるんだ!」
怒号と悲鳴が飛び交い、音楽は止まり、光が揺れる。
貴族たちはパニックに陥り、騎士団が即座に動くも、空気は明らかに異常だった。
「これは陽動か……!」
レオルドの目が鋭く細められる。
その時――彼の背筋に、ぞっとする悪寒が走った。
「シルヴィアが危ない……!」
しかし、そう簡単にシルヴィアのもとへ行かせてくれない。
レオルドの前に様子のおかしい警備隊が立ち塞がる。
「ここから先へ行かせんぞ」
「お前もここで死ぬがいい」
「排除する。レオルド・ハーヴェスト」
「お前たち……ドッペルゲンガーか!」
レオルドの言葉と同時に警備隊に扮していたドッペルゲンガーたちは正体を現す。
ドロリと液体状になったと思ったら、鋭い刃のように腕を変形させて襲い掛かってきた。
「レオルド様っ!!!」
すかさず現れたのはバルバロトであった。
バルバロトは剣でドッペルガンガーたちの攻撃を弾き返し、レオルドのほうを一瞥する。
「ここは我々にお任せを!」
「頼んだぞ!」
レオルドはバルバロトたちに後を任せてシルヴィアのもとへ急いで向かう。





