449
通信の実演を終えたあとも、国王はしばらく装置を名残惜しげに眺めていた。
「……これがあれば、戦況の把握も迅速になる。報告の遅延もなくなる。国境の砦や前線にまで行き届けば、国の守りは一段と強固になるだろう」
「ですが、普及には魔石の確保、魔力の登録、規制や規格を設け、悪質な模造品を出さないようにしなければなりません。また、講座を開き、悪用されないように使い方や罰則なども知らしめる必要があります。量産は急ぎますが、最初は王都とゼアト、騎士団、辺境の要所に絞って運用するのが賢明かと」
レオルドの冷静な進言に宰相が頷いた。
「賛同いたします、陛下。まずは統制の取れた場所で試験運用をし、問題点を洗い出した上で、本格導入を進めるべきです。なにせ、これは我が国の軍事通信網を根本から変える可能性を持つ技術ですから」
「ふむ……。異論はない。ベイナード、騎士団内での運用は任せるぞ」
「はっ、責任を持って訓練と整備に当たります」
国王が満足そうに頷いた。
これで話は終わりかと思ったら、国王が再び口を開く。
「レオルド。ついでと言ってはなんなのだが第二王女のマルグリットが第一子を産んだのだ。そこで祝宴を開こうと思ってな。お前も参加するだろう?」
唐突な一言に、レオルドは一瞬きょとんとした。
「……え? マルグリット殿下がご出産を?」
「うむ。無事に男児をな。母子ともに健康だという。祝いの席を設けねばならんだろう?」
国王は嬉しそうに微笑み、ベイナードや宰相にリヒトーもどこか誇らしげに頷いていた。
「それは、誠におめでたいことですね……!」
レオルドも深く頭を下げる。
「祝宴の日程は明後日。王宮の中庭で行う。王族と高位貴族、それに信頼できる功労者のみを招いてな。是非、出席してもらいたい。もちろん、シルヴィアも一緒にだ」
「……了解しました。身に余る光栄です」
「ふふ。何を今更、堅苦しいことを言う。もはや、お前は我が国の誇りなのだぞ、レオルドよ」
穏やかな空気が広がる中、ベイナードが口を挟んだ。
「しかし、祝宴の場となると……また誰かさんが爆発を起こしたりしなければ良いがな」
「それは心配いらないと思いたいところですが……。正直、自信はありません」
レオルドは苦笑しながら肩をすくめた。
国王もそれを見て、喉の奥で小さく笑う。
「まあ、よかろう。騒がしいのもまた祝宴の華というものだ。だが、一応、装置類は置いてきてくれよ?」
「善処いたします……」
こうして、レオルドは思いもよらぬ形で王族の祝宴へと参加することになったのだった。
帰路、レオルドは頭を抱えていた。
「(……やはり、運命48とは流れが違うな。本来であれば魔王が出現し、魔物大行進が発生する。そこでシルヴィアの神聖結界がいかに反則な力かをありありと見せられ、プレイヤーは驚愕することになる。そして、シルヴィアのおかげで魔物大行進の被害はほとんどなく、王都は無事に終わる)」
レオルドは運命48のプレイ内容を思い出しながら、情報を整理していく。
「(魔物大行進も無事に終わり、魔王も大した脅威じゃないと思っていたが……。第二王女の出産祝いに開かれた祝宴でシルヴィアは魔王が放った刺客に暗殺される。ビジュアル、性能などから多くのプレイヤーに愛されていたシルヴィアが暗殺された時の衝撃は凄まじかったが……今は俺の嫁っ! まだ婚約者だけど!)」
馬車の中でレオルドは静かに息を吐いた。
「あの、レオルド様? どうかなされまして?」
「ん? ああ……。いや、なんでも――」
心配そうに見詰めてくるシルヴィアにレオルドは無気力に返事をしようとしたのが、思いとどまる。
彼女には全て話しておくべきか、それとも秘密にしておくべきか。
思い悩み、レオルドはわずかに目を伏せた。
「……シルヴィア。君に話しておくべきことがある」
「はい?」
馬車の揺れに合わせて、シルヴィアが姿勢を正す。
その瞳は真剣で、レオルドをまっすぐに見つめていた。
「君に何かが起きる可能性がある。祝宴で、だ」
「……暗殺、でしょうか?」
レオルドの口から語られる前に、シルヴィアは静かに言い当てた。
その表情に驚きはなく、ただ受け入れる覚悟だけがあった。
「どうして、そう思った?」
「この国にとって私は、王家の一員でありながら特別です。神聖結界という破格のスキルを持つ存在。魔王にとっては脅威でしょう。それにレオルド様が以前、仰られたではありませんか。私がいの一番に狙われると」
「ああ……」
レオルドは掌を握る。
「確信はない。だが、どこかしらのタイミングで必ず魔王は君を狙ってくるのは間違いない」
「――でも、貴方が守ってくれるのでしょう?」
シルヴィアは、レオルドの言葉を遮るようにそう言って、微笑んだ。
「レオルド様が心を砕いて、私を守ろうとしてくれているのなら……私は、それだけで十分です」
「怖くないのか?」
「怖いです。ですが、レオルド様が傍にいてくれるなら何も心配はいらないでしょう。だって、貴方は英雄ですもの」
レオルドは、しばし言葉を失った。
彼女の揺るぎない強さに、ただ胸が熱くなる。
「……ありがとう。シルヴィア。絶対に、守る。どんな手を使ってでも」
「はい。私も、信じております。レオルド様」
二人の言葉が交わされた刹那、馬車が石畳を踏みしめ、王都の門をくぐった。
祝宴は目前。
運命の分岐点が、静かに近づいていた。
「んん! 私もいることをお忘れなきよう」
当然ながらレオルドはシルヴィアと二人きりというわけではない。
ゼアトからは付き添いとしてイザベルとギルバートが一緒について来ていたのだ。
軽く咳払いしながら口を挟んできたイザベルにレオルドとシルヴィアは顔を逸らせる。
片膝を組み、腕を組み、しかしその目は鋭く、二人をジト目で睨んでいた。
「まったく、雰囲気が甘すぎます。馬車の空気までとろけてしまいそうですね。同行している我々の身にもなってください」
「すまんな。今後は気を付けよう」
「以前も同じようなことを言っていたと思うのですが?」
「はて、そうだったか? ここのところ忙しくて記憶が曖昧でな」
レオルドの誤魔化すような物言いにイザベルは呆れたように息を吐く。
「さあ、それよりもゼアトへ帰ろう。やることが出来たからな」
「そうですね。先程の話を聞く限り、万全を期しておかなければなりませんからね」
「ああ。シルヴィアを守るために全力を尽くすぞ」
「畏まりました」
馬車は王都の転移魔法陣へと向かい、舗装の整った石畳の上を進んでいく。
イザベルは窓越しに王都の街並みを一瞥し、何かを噛みしめるように目を細めた。
「ですが、レオルド様。こうも次々と新技術をお披露目なさるとは、敵も味方も油断ならぬことでしょうね」
「味方には味方なりの利権が絡むし、敵には敵なりの焦りがある……。俺のやってることが、そういうものを引き寄せているのは分かってる」
レオルドは静かに魔導通信装置を懐から取り出し、手の中で回す。
「だが、必要なんだ。こいつは戦況を即座に伝えられる道具だからな」
その言葉に、イザベルもギルバートも何も言わず、ただ黙って頷いた。
シルヴィアはそんな彼らを見つめながら、静かに手を握る。
「レオルド様。私は貴方が進もうとする道に、ただ従うだけではありません」
「……?」
「これから先、どんな困難があっても、私も共に歩み、考え、戦います。貴方のためだけではなく、この国の未来のためにも」
レオルドは一瞬、言葉を失い、だがすぐに微笑んだ。
「ああ。ありがとう、シルヴィア。頼りにしてる」
イザベルが一度だけ軽く咳払いしたが、今度は何も言わなかった。
馬車はやがて、王都に設けられた転移陣へと到着する。
「転移準備、完了しました。ゼアトへの帰還、問題ありません」
ギルバートが確認の声を上げる。
「では、帰るぞ。やることは山積みだ――祝宴も近い。備えは徹底的にだ」
眩い光が馬車を包み込み、次の瞬間、ゼアトの空の下へと転送された。
ゼアトへ戻ったレオルドはシルヴィアと共にシャルロットのもとを訪れるのであった。





