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教皇との面会を終え、宿へ帰ってきたレオルドはシルヴィアと相談する。部屋に防音結界を張り、盗聴される可能性を潰してレオルドはシルヴィアに祝福の儀の最中に呪いを受けたことを話す。
「殿下。馬車の中ではお話出来ませんでしたが、こちらをご覧ください」
「これは? 指輪のようですが、中心の宝石が砕けていますね……」
「ええ。こちらは厄除けの指輪と言いまして、呪術などに耐性があるのですが……。祝福の儀の最中に壊れました」
「それは! まさか、呪いを付与されたということですか?」
「はい。しかも、かなり強力な呪いでしょう。この指輪は耐久性もありましたが、一度で壊れたあたり対象を死に追い込む類の呪いだと思います。これは、明確な敵対行為ですが」
そこでレオルドは言葉を切る。どうして途中で言うのをやめたのだろうかとシルヴィアは考えて、レオルドが言いかけていた言葉を当てる。
「証拠がないのですね?」
「……はい。注意深く儀式の準備を観察していましたが、怪しい部分は見つかりませんでした。それから、術者も見当がつきません。ただ、呪いを掛けられたわけですから、聖教国側の仕業だということは分かるのですが……」
「それだと非難出来ません。明確な証拠がないと、ただの言い掛かりですから」
「証拠をでっち上げるのはどうでしょうか?」
「難しいですわ。恐らく教皇は知らぬ存ぜぬでしょう。きっと切り捨ててもいい者を犯人に仕立て上げるでしょうから」
「やはり、そうですか……」
明確な証拠がない上に適当に証拠をでっち上げても教皇を捕らえることは出来ないと分かり、レオルドは溜息を吐いて天井を見上げる。
「ですが、牽制は出来るかもしれません。証拠がなくともこちらは、そちらの企みを知っているのだぞ、と。相手を不安に思わせることは可能でしょう」
「それはどうやって?」
「その指輪を見せればいいだけですわ。そうすれば向こうは勝手に思い込むはずです。もしかして、すべて知られているのではないか、と」
「なるほど。しかし、そんなにうまくいきますかね?」
「上手くいくかは別としても、多少の警戒はするでしょう。そうすれば焦ってボロを出すかもしれませんわ」
レオルドは自身が教皇の立場になったら、どう思うかと腕を組んで想像してみる。
(ううむ……。確かに俺が教皇の立場だったら、焦るし警戒するだろうな)
ひとまず、レオルドはシルヴィアの言う通り、教皇に牽制を掛けることを決めた。それで計画が破綻すればいいのだが、恐らく下手をしたら強引に計画を進めるかもしれない。
そうなれば、レオルドとしても不味い。ろくに準備が整ってないところに邪神が降臨してしまえば倒せるかはわからない。勿論、聖教国に来る前に装備や戦力を強化はしたが万全の状態で挑まなければ意味がない。
「とは言っても、もうすでに計画は最終段階に入ってるかもしれませんが……」
「え、それはなぜです?」
「最後に私達を聖歌隊のお披露目会に誘ったではありませんか。あれは、すでに準備が整っているからとみてもおかしくありません」
「ああ、そういえばそうですね。そうすると、牽制しても意味がないかもしれませんね」
「ええ。ですから、こちらが出来るのはレオルド様が懸念しておられる邪神の降臨を阻止することでしょうか」
「……難しいですね。私はどちらかというと邪神が降臨するという最悪を想定して準備していましたから、止める手立てがありません」
「ですが、儀式を行うのでしょう? でしたら、それを阻止すればいいだけのはずですが?」
「ええ。その通りですが、問題がありまして」
言い淀むレオルドにシルヴィアは首を傾げる。レオルドは王国でも屈指の実力者だ。さらに、この場にはギルバート、バルバロト、レベッカというシルヴィアも知っている強者が揃っている。ならば、特に問題はないと思うのだがレオルドは何を不安に思っているのだろうかとシルヴィアは尋ねてみた。
「何か問題がありますの?」
「聖騎士筆頭ブリジット・ガラリスが……」
「……失念していましたわ。もしや、ブリジット様が邪魔をなさると?」
「それが分かりません。ただ可能性は低くないかと」
運命48だと聖騎士筆頭ブリジット・ガラリスという女性が主人公たちの前に立ち塞がる。教皇が邪神を復活させようとしていることに気が付いた主人公達が、教皇を止めようとすると彼女と戦うことになり、儀式を止めることが出来ずに邪神が復活してしまう。ただ邪神の搾りかすのような残滓が出てきて教皇の体を乗っ取るので、完全には復活しない。
ちなみにブリジットもヒロイン枠なので攻略可能だ。だから、運よくジークフリートが攻略してくれていたら、レオルドは儀式を止めることが出来るかもしれないが、残念ながら期待はできないだろう。
(はあ〜〜〜! ブリジットって作中最高の防御力を誇る盾役だからだるいんだよな。しかも、聖騎士だから回復魔法も使えるし……。はっきり言って敵に回すとすごく面倒)
考えるだけで嫌になるレオルドは溜息を吐いてしまう。
「ブリジット様も敬虔な信徒ですから、邪神を復活させようとしている教皇には従わないのでは?」
「教皇が嘘をついて神の啓示だと言えば簡単に信じますよ。勿論、おかしなことばかりしていれば疑ったりするでしょうが……」
本来なら邪神復活の為に教皇が子供達を殺したりするのだが、今回に限ってはそれがない。だから、運命48であったはずのブリジットの疑念がないのだ。だから、ジークフリートもブリジットを攻略することは出来ない。
「では、揺さぶりましょう」
「どうやってです?」
「簡単です。ギルバートに頼んで手紙を届けるのです。手紙には教皇が邪神復活を企んでいると書いておけば、ブリジット様も動かざるを得ないでしょう」
「ああ、確かにブリジット殿なら確認するでしょうね」
「早速、一筆したためましょう」
打てる手は全て打っておこうとシルヴィアとレオルドは動き出す。それが、最良の結果になるか最悪の結果になるかは分からないが、何もやらないでおくよりは良い結果になることを信じて。





