無間城の戦い 4
アカシを一旦鞄から取り出して俺とジュリは外へと連れ出すと、アンヌが驚いた表情で近付いてきてアカシの頭をそっと撫でるのだが、アカシはそれを気持ちよさそうにしていた。
すっかり懐いたモノだが、俺達は全くと言っていいほどに納得などしていない。
まあここで怒っても仕方が無いので俺はアカシに「ジュリと一緒にいるんだぞ」と言い付けておき、アカシは元気良く返事をしてきたので一旦安心した。
すると下の階から元気の良いレクターが走って現れてきたので、俺は白い目をしながらそれを出迎える。
一体何を見つけてきたのだろうかと思ってやって来たハイテンションのレクターに「何だよ」と言って聞いてみると、レクターは息を全くきらす事無く語り出す。
「この先外周があってさ! 滅茶苦茶綺麗だった! ゾンビみたいな奴は外には徘徊できないって研究職の人達が言っていたよ! 後々…!」
「元気が良いな。なんでそんなにテンション高いんだ? 階段で頭を打って更に頭がおかしくなったのか?」
「レクターさんは僕の知らない間に更におかしくなったの?」
「…? ……!? なんでアカシが居るわけ!?」
「わーい! 驚かれた! やったー!」
「疲れるな…この立ち位置。誰か分かってくれ…マジで」
「断る。お前以外熟すことが出来ない立ち位置だ。見ろ。ギルフォードなんて関わりたくないと思ってしっかり距離を取っているじゃ無いか」
「失礼な事を言うな。俺はこの外壁の素材に興味があるだけだ。これはなにで出来ているんだろうな」
「わざとらしい。絶対に巻き込まれまいとしているでしょうに…」
ケビンが白い目をギルフォードとジャック・アールグレイの方に向きながら俺達に合流してきた。
てっきりレクターが居るから距離を取るだろうと思ったのだが、アカシに構うためにやって来たようだった。
アカシの頭を優しく撫でてやるとアカシはそれを更に喜ぶのだが、レクターはアカシが幽霊ではと疑いを持ち始めていた。
こいつ更に馬鹿になったのか?
やはり父さんが無理矢理引きずって階段を降りたことで症状が悪化したらしいと判断していると、父さんが階段から姿を現してレクターの首根っこを掴んで階段を降りていく。
「勝手に抜け出して戻ってきただけでしたか。しかし…何故あんなに元気が良いのですか? いっそあれが誰か一人担当したら良いのでは?」
「俺もふと思ったんだがな。流石に人外に異能を持たない人間が立ち向かうのは自殺行為だという判断でな。あいつならギャグパワーで勝ちそうなんだが…」
「それで勝てたら色々とヤバい気がしますよ? でも勝手に付いてきたらアクアちゃんやブライト君が困るでしょう?」
「だって…僕中国の戦いあまり参加できなかったもん! 寂しい…」
だからってコッソリ付いてくるかね…絶対後でアクアやらブライトやらが五月蠅い気がするので今のうちに心構えをしておくことにした。
そう言えば遊園地に連れて行くって勝手に約束したわけだが、何処に行くかまでは約束していないなと思い出した。
どうしたものかな。
「そう言えば遊園地行くの? 何処行くの?」
「……聞いていたか? 別段考えていないんだよな。まあ泊まれるかどうかで行き先が変わるけどな」
「そう言えば大統領に聞いたのですが、帝都の西区にアメリカの某テーマパークが出来るらしくて…」
「僕そこが言い!」
「某って…まあ言いたくないなら良いけどな。じゃあそこにするか? 西区なら遠くないし。何よりなら近くで泊まってナイトを楽しんでも良いし」
「やったー! 僕此所で応援して居るね! 皆頑張れ!」
アカシの元気の良い声が周りに聞えてくるのだが、俺はそっと時計を確認するとまだ十分も経過して居ないことに驚く。
とりあえずテントの中で休もうと言うことになり、中で準備してある椅子に座って落ち着くことになった。
ジュリが用意してくれたコーヒーを少し飲んでから息を吐き出す。
「まだまだ掛かりそうですね。やはり二時間は難しいかも知れません」
「とは言ってもまだ三十分も経過して居ないしな。これからだろう。流石に一対一の戦いで二、三時間かかる訳じゃ無いだろうし」
「正直真剣勝負を二、三時間も費やすほど体力もありません。全力勝負です。そこまで長期化したらほぼ負けです」
「そうですね。皆さんからすればどの道短期決戦しか無いはずです」
俺はベルの鍵を取り出してふと握りしめると、ケビンが「それ…」と聞いてきた。
無論此所で使おうと思っているわけじゃ無い。
もう俺達が彼女と話すことなんて今のところ存在しないのだから…やはりギルフォードに預けてボウガンに返すかどうか判断を任せた方が良いだろうと思っている。
「もう一度彼女の意見を聞いてみたら? どのみちボウガンさんとはギルフォードさんは戦わないといけないわけだし」
「私もそう思います。彼女にとっては自分自身の問題なのですから。無論彼女としてはどちらを選んでも後悔は無いとは思いますが…」
「皆がそう言うなら…」
俺は立ち上がって鍵を使ってベルの居る場所への出入り口を作り中へと入って行く。
そして期待を絶対に裏切らない女性ベルが案山子のような感じで佇んでおり、俺は溜息を吐き出しながら彼女を救出する。
「あら。ソラ様。どうかしましたか?」
「………いや…その…」
「どうやら少し離しづらい会話のようですね。良かったら中に入りませんか?」
彼女に誘われるように中へと入って行くと、ベルは俺に紅茶を入れてくれた。
「今から俺達はボウガン達と決戦に行く。これで大凡の事には決着が付くだろう。君は…」
「前にお話ししたとおり。私の願いはボウガンの願いを叶えて貰う事です。ですが…最後に例えボウガンが死を選んでも私は後悔在りません。ただ…彼を愛する者としてボウガンには人として生きて欲しいと思っています」
「それが……それが例え彼を苦しめる道でも?」
俺の問いに彼女は全く考える時間を要さずに「はい」としっかりと答えた。
その返事には『迷い』や『戸惑い』などは全くの無縁で、彼女には覚悟がしっかり決っているのだろう。
俺だって戦う以上は覚悟を決めているわけだが、ボウガンの事だけは未だに少し悩みがある。
「人として生きていくことは彼の今までの罪に対して常に罪悪感を抱きながら生きていくことです。ですが…私はそれで願いが叶うなら私は背負って欲しいのです。出来れば私にもそれを半分分けて欲しい。そして…私以外の誰かを真剣に愛し、私以外の人と子供を作り、私以外の人と余生をしっかり過ごして欲しい。そして、時折で良いからこうしてソラ様みたいに会いに来て話をして欲しい…それが私の我儘です」
「それは…きっと死ぬ方が楽な選択肢だよ」
「そうですね。ですがそれは楽な道で、同時に最も卑怯な道ではありませんか? それしか無いのなら私はきっと「仕方が無い」とすんなり諦めますが、ボウガンにはまだ未来を選ぶ権利がしっかり残っている。ソラ様。この先、彼と戦う人に伝えてください」
ベルはしっかりと目を閉じてゆっくりと開く。
「卑怯な道に逃げるのでは無く人として当たり前で過酷な道を選んで欲しい。愛する人を探して、そんな人と一生を過ごせるように諦めないで欲しい。それがベルの一生に一度の願いだと。それ以外は私は求めないと。だから…私に対して埋め合わせをしようとか、私をこうして拘束して居ることに罪悪感を抱かないで欲しい。私は今この瞬間も幸せだと。だって…貴方と一緒に死ぬ権利を持っているのだから」
俺はそれを「しっかり伝えるよ」と約束した。




