前夜祭 10
ボウガンは無間城の中を歩いていた時、真っ正面からカールが本を読んでいる後ろ姿を見つけてしまったのだが、カールはそんなボウガンの方にそっと顔を向けた後興味を失ってそのまま再び本へと目線を向けた。
ボウガンが歩いているのは無間城の一番上から下に降りて一番先に辿り着く場所、無間庭園と呼ばれている場所で在り、ここから四方向へと向って移動する事が出来、更に中央からは一番下へと向って降りる階段も存在している。
そんな庭園は多くの花が植えられており、木も植えられているがその木や花々からは全くと言ってもいいほどに生気を感じない。
それもそのはず。
この植物たちは見た目や触覚こそ本物そっくりではあるが、これは作り上げられた完全な人工物であり、四つに分けられているエネルギータンクが丁度この地点に集まるため、そのエネルギーをコントロールするという目的で作り上げられた物だからだ。
無論今となってはもはや意味があるとは思えないが、かと言って別段破壊するという理由もまるで存在しないが、この風景がこの遙か昔に出来てしまった兵器の中にある唯一の心安まる場所でもあった。
この無間城は至る所に死人と呼ばれている生きていない人の形をした化け物達が徘徊しており、真っ黒な見た目からまるで死んでいるように見えることから死人という名が与えられたわけだ。
この無間庭園だけはこの死人が現れることは決して無い作りをしており、それは此所が四つに分かれているエネルギータンクから送られるパイプが重なっている場所故、此所だけは安全面に考慮されているからだとジェイドが教えてくれた。
死人はそのエネルギーが濃すぎる場所には近寄ることが出来ないので、エネルギータンクのある四つの区画の端と一番下の王の間とこの無間庭園だけは沸かないのだと言う。
「死人ね…あれも人工的な存在なのかね? それとも…」
「それともね=あれは人工物じゃ無い。あれは無間城が作られたときより自然発生した=魔物の一種。無間に沸き続けて居るのはエネルギータンクがあるから=無くなれば止まる」
「なるほどね。あれは俺達にすら襲ってくるからな。無間城をコントロールしている俺達にぐらいは無視して欲しいね」
「それは無理=あれにそんな知性は無い。あれにあるのは襲撃するという本能だけ=その為だけの存在」
「扱って欲しいのか、扱って欲しくないのか決めてほしいものだな。良いけどな。ボスは一番下か?」
「いいえ=その途中にある外周」
「? なんでそんなところに? メメントモリは律儀にもエネルギータンクの間で大人しくしているし、かと思えばキューティクルは一番上で何を考えているのか分からんしな…まあエネルギータンクに作戦中に触れられたら困るからいいけどな」
「その話だと作戦開始後なら別に良いと聞える=どうなの?」
「俺は別に鎌わんさ。どのみち俺の目的を果たすためにはあいつらに侵入して欲しいしな。それに無間城を動かすだけなら例えタンク一つ落ちたとしても別に困らん。ボスもそう言うさ」
カールは「それもそう=当然」と言いながら頭の中でジェイドがそういう場面を思い出す。
キューティクルに関しては何を考えているのか全く分からないのだ。
そう思って居るどこから聞えてくるのかジェイドの声が無間庭園に響き渡った。
『ボウガン。私の所に来い』
ボウガンは「やれやれ」と言いながら階段を降りていき、少し広めに作っている廊下を歩いて行く。
中はまるで古い遺跡のような作りをしているのに、以外と堅く触れれば全然脆く感じない。
明かりはエネルギータンクから供給されているパイプ越しにランプが付けられており、これが部屋中を明るく照らしている。
死人と呼ばれる人の形をした魔物と行き会ったボウガン、まるでゾンビのような立ち振る舞いをする死人、フラフラとボウガンへと歩いて行き口を大きく開ける。
というよりは目があるわけでもなく、頭から足のつま先までとにかく真っ黒な形をしているが、唯一人と同じ部分があるとすればそれは口だけだ。
「哀れだよな。魔物なのに知性を全く所有しておらず俺達が入るまでは生物を知らずに育ち、結果同胞を殺すと言う結論に至ることも無く、結果二千年以上昔っから徘徊するだけとはな。いや…元々はこの無間城のセキュリティなのかもな。侵入されて動かされたら意味は無いけどな」
口を大きく開けて突っ込んでくる死人だったらボウガンは影を使って一蹴するだけで、他に何かするわけじゃない。
死人は体が粉々になってしまったが、そのまままるで影に解けるように消えていく。
どうせ消えたとしても違う場所で復活するだけで特に意味の無い行為だ。
ボウガンは得に気にすることも無く歩いて行くと、外周への出入り口で一旦足を止めてしまった。
この先にジェイドが居ると言う話だが、一体ボウガンはジェイドが何を考えているのかまるで理解出来ない。
作戦開始まであと少しになっているこの状況で外周にまで呼び出す理由。
無間城自身がエネルギーを徘徊して居るためか、盗聴するような事が出来ない作りになっているようで、特に外周は立ち聞き以外には難しい。
テレパシー程度なら難なく出来るらしいが、それも一方的な形になる。
「と言う事は俺個人に呼び出したい理由があると言うことだ。まさかこの過程で殺すとか言わないだろうしな」
ボウガンは外周へと足を踏み出していくと、見えてくるのは渦巻く気流の中を進んで行くような無間城の外側で在り、ここが何処なのかと言われたら困る。
説明しようも無い場所で在り、強いて言うなら此所は異世界と異世界の間にある狭間であるのだ。
そんな狭間をジッと見つめて居るジェイド、外周は下へと向ってスロープが出来ており、そのスロープの途中に居るのがジェイド。
ボウガンを見つけようとは思わないのか全く身動きをしないジェイド。
そんなジェイドの後ろから近付いていくボウガン。
「何だ? 一体何の用事で俺を呼び出した?」
「今暇だろう? それともまだ用事でもあるのか?」
「無いけどさ…でも俺だけを呼び出す理由を教えて欲しいね」
「お前だけじゃ無い。少し前にキューティクルも呼びだしたさ。あいつとお前はこの戦いを生き残る可能性が非常に高い」
「はぁ? 俺が?」
「賭けてみても良いぞ? それが良いかもしれんな。賭けようじゃ無いか。お前が死ぬか生き残るかで。どうだ? お前が死んだ場合私は諦める。お前が生き残った場合は私の指示通り動く。どうだ?」
ようやくジェイドはボウガンの方を見るが、その顔は楽しそうと言うかどちらかと言えば不敵なという言葉が正しいのかも知れない。
正直に言えばジェイドが自分達の戦いの勝敗以外に興味があるとは思えないボウガンだが、その上で何を言いたいのか少し興味が無いわけじゃない。
何よりもこの誘いを断っても良いが、断ってもそれはそれでボウガンはキューティクル辺りに余計な事を言ってボウガン自身をその気にさせるのだと思うと断ることも出来ない。
「分かったよ。どうせ賭けに乗らなくてもキューティクル辺りを使ってその気にさせるだけだろう?」
「その通りだ。単純な話だ。この戦いで私が負けるようなことがあればで構わない。正直今のままで作戦を実行しても不安が残る。どっちに転んでも言いように私としてはしておきたい。このまま私が勝てば特に不安は無いが。もし私が負ければ不安が大きく残る自体が一つある」
「………」
「もう分かるだろう? このまま私が負ければとある人物は確実に死後に動く。むしろそいつからしたら私が負けた後で重要なんだろうな。その後の対処をお前に任せたい」
ボウガンは告げる。
「分かった」




