前夜祭 4
食事を終えた後俺と海が代表して皿洗いをする事にしたのでジュリとアクアに「先に風呂入ってな」と言うとアクアは元気よくジュリの手を握ってお風呂場へと向って掛けていった。
すると、案の定な馬鹿野郎が一名ほど除こうと試みたので俺はレクターを食堂に縄でくくりつけて拘束しておくことにした。
口にも縄で塞いでいるので結果静かになって良いとそのまま皿洗いへと戻って行くと、結構掛かったのか皿洗いを終えて手を拭いていてもなお二人のお風呂は終わっていなかった。
逆にお風呂場から聞えてくるジュリの困ったという声、アクアの元気の良い声が合わさって、食堂で興味なさそうにしている父さんでも興味津々な顔をしている。
分からなくも無いが、流石に父さんが覗きに行ったら母さんに即連絡レベルだと分かって欲しい。
無論流石に父さんでも覗きに行こうとはしなかったのか、ギリギリで耐え忍んだのかは分からないが、そんな事をして居る間にジュリとアクアがお風呂場から出てきた。
体全体から湯気を出しながらの出現だったが、そんな中にブライトが普通に混ざっていることに特に違和感を見いだせなかった俺。
まあ男女感覚があまりない竜だからギリギリ許されるのだと思うし、この場合俺がともかく言うべきことじゃ無い。
その後俺は風呂に入って海とオールバーに譲ることにしたのだが、オールバーはイマイチお風呂という概念が理解出来なかったようだ。
まあ、実際エアロードとシャドウバイヤは全く入った事が無いわけだし。
最もオールバーは一度入ると嵌まったらしく、上がってコーヒー牛乳をグビグビ飲んだ後で「気持ちよかった」と納得下だった。
「ソラ君。外行かない? アクアと一緒に帝城前広場に行こうと思ったんだけど…」
「良いけど…なんで? そろそろ寝た方が良くないか? 明日早いだろう?」
「そうなんだけど。この時期帝都中でイルミネーションで綺麗でしょう? それぞれ装飾が凝っていて綺麗でしょう? アクアが先ほどから外を見ては楽しそうにしていたから。アベルさんに車で送って貰う際にも見たらしいんだけど。ゆっくりは見れなかったって」
「まあ俺は構わないさ。じゃあ早速行こうか…流石に湯冷めする事も無いだろうしな。でも長く外に居たらそれこそ体が冷えるからほんの少しだけな」
俺はジュリと共にアクアを連れて一旦外へと連れて行き、そのまま手を離さないようにとギュッと繋いでから三人で帝城前まで歩いて行く。
噴水を中心に様々なイルミネーションで飾られている帝城前広場、流石の人気を誇っており、もう九時になろうというのに多くの人で賑わっている。
アクアは物凄く嬉しそうな声を発しながら雪がパラパラと積もっている中を駆け出して行く。
急いで付いていく俺達は大きめなクマのイルミネーションの前で止まりそっと見上げる。
辺りには雪が積もった後が結構残っているので、多分夕方にでも除雪作業が行なわれたのだろう。
「除雪作業でも行なわれたのかな? 結構痕が残っているし。帝都は北に寄っているから冬の時期は結構積もるんだよね…その分夏は涼しくて過ごしやすいけどね」
「確かにな。春になっても少し寒くて…夏になれば涼しく過ごしやすく、秋になるとまた寒くなっていき、冬には街中に雪が積もりすぎないようにって除雪していく。それでまた一年って思えるんだよな」
「パパ! ママ! これ何!? おっきい!」
「熊のイルミネーションだな。実物はこんなに大きくないけどな」
アクアの言葉に一瞬遮られてしまったが、でもこうしていると生きている事を実感できる。
辛い事だっていつの日か楽しいことになるんだって今アクアやジュリ達と過ごしていて俺は思えるんだ。
「一年前の俺は三十九人が見つからないことに焦っていた。こんなに探しているのにってさ。だから失った時は物凄く辛かったし…今だって思い出せば辛い。でも…こうしてジュリと一緒にいて、アクアと一緒にいて、師匠を取り戻すんだって…そう思って生きていたら辛い事だって楽しいことに変えられるんだって思えるんだ」
「うん。今辛くても前を向いて生きていくことが出来れば、そういう場所を探していけばもしかしたら幸せになれるのかも知れない。そのかもしれないを捨てて、自由や幸せを探す事すらしないで生きる事はやっぱり死んでいるのと一緒なんだよね。平和であることを突き詰めれば死んでいるのと一緒なんだなって想うんだ」
「不幸なことも、幸せな事も、自由に生きることも、不自由に生きる事もある意味一つの方法なんだって想うんだ。その人の生き様はその人にしか出来ないたった一つのかけがえのない物だって想える」
俺達の視界の先でイルミネーションを見て楽しそうにしているアクアを見てそう思う。
正直に言えばアクアだって出生を考えれば決して幸せだとは想えないんだ。
異能という能力が偶発的に生み出してしまった産物の端末であるアクア。
今楽しそうにしているのだが、それだってそうできるのも生きているからだ。
かつて三十九人が俺に対して託してくれたのはそういう物なのでは無いだろうか。
生きる限り前に進み続けていくこと、不幸や不自由に立ち向かい続けていく事、自由や幸せを求める事は決して不幸では無いはずだ。
三十九人はそれでも俺の幸せを願ってくれた。
それはでは不幸で不自由なのか?
そんな彼女達は可哀想なのか?
そんな事は無い。
死ぬまで彼女達は進み続けたはずだ。
それを可哀想なんて言葉でかたづけて欲しくない。
「やっぱり俺はジェイドの世界は否定したい。どんなに辛い事があっても進み続けることや諦めない事は決して不幸に繋がるわけじゃ無いはずだ」
「私もそう思うよ。だから…来年も再来年もこうやって見に来れるように頑張ろうか」
「パパ! ママ!」
アクアの元気の良い声が俺達を呼ぶので俺達はアクアの側まで歩いて行く。
するとアクアは「写真を撮ろう」と提案してくれたので、俺はスマフォのカメラで三人一緒に写真に収める。
変わっていく日常を恐れたりしない。
「見せて! 見せて!」
アクアにせびられて俺は取った写真をスマフォ事渡してしまう。
アクアはそれを見て楽しそうにキャッキャとはしゃぎ回っており、それを見ていると海がオールバーと共に歩いてくる。
「オールバーが見て見たいと…それとブライトも」
「ソラ! 僕も連れて行ってよ!」
ブライトが俺の服の中へと入って行きそのまま服の中でもぞもぞ動いて顔だけをのぞき出す。
もうすっかりポジションだなそこ。
「なんで僕を連れて行かないの? ブー!」
「悪かったよ。言いそびれていただけだ」
俺は寒くなると想ったので近くで売っているホットココアをアクアとブライトに振る舞う事にした。
二人は暖かそうにして落ち着き始める。
近くのベンチに座り込んで改めてホットココアを飲み始める。
「変わりゆく日常を恐れたりしない。変化していくことは…生きると言うことだ」
俺はそんな独り言を呟いてからそっとアクアを見る。
アクアはそんな俺に対して元気よく手を振って楽しそうにしているが、それを見てジュリが不安そうに近付いていく。
ホットココアを落しそうになりながらも少しずつ飲んでいくアクア、それを見て飲みたくなったのかオールバーもホットココアを注文して飲み始めていく。
改めてジェイドの世界を否定する覚悟を抱くことが出来た俺達、明日の戦いに備えようと思っていると、海が「あっ」と何かに気がついたという声を発する。
どうしたのだろうと俺は海に「どうした?」と聞いた。
「レクターを食堂にくくりつけたままだ」
俺は「あっ」とつい声をだしてしまった。
忘れていた。




