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エピローグ:望んだ結末と望まない未来

 ウォンは小さな個室で最後の時を待ちわびていたわけだが、その心に恐怖なる感情があるのかと言えばきっと無かったはずだ。

 それは彼自身が望んでいたことだし、何よりもそれこそがウォンの幸福だったのだから。

 誰よりも現状の社会に対して怒りを覚え、誰よりも現状に不満を覚えて、誰よりも死を望み続けてきたからこその結末。

 無間城のテストようの機械を用意して欲しい、それがジェイドが彼に頼んだことであり、その機械を、兵器を一掃する事で彼もまた願いが叶う。

 眩い光が破滅島を覆う時、彼の心にあったのは幸福だった。

 ようやく自由に…楽になれるという思いがずっと胸の奥にあったに違いない。

 小さい頃より生まれてから…ずっと分からなかった事、何故自分は生まれてきたのか、何故自分は認められないのか。


 ウォンは父と母と妹の四人家族に産まれ、貧困ではあっても別段それで困ると言うことも無かった。

 部屋は妹と一つの部屋を分け合い、父と母親は共働きであり基本帰ってくることは珍しいので、ご飯当番や家事などは基本全部妹と二人で熟してきた。

 狭く古いアパートにぎゅうぎゅうになりながら過ごしてきたウォン、幼い頃より賢く一般の人間達より勉強が出来た彼は良くも悪くも目立っていた。

 だからこそウォンは良いところの大学に行き、良いところに就職して親を楽にさせてやりたいと頑張っていた。

 同時に父や母との約束であった「決して不正はしない」だけは絶対に守り切り、そんな不正をする輩を絶対に許したりはしなかったのだが、そんな彼の思いは金持ちの手によって微塵に砕ける。

 それは高校受験の時の話であった。

 ウォンは当時から並外れた知識量を有し、誰もがウォンの受験は安泰だと思っていたが、とある金持ちが裏から金を回してウォンの受験を「違法」という形で潰したのだ。

 無論ウォンの両親はもう抗議したが、無論学校側にも裏金が回っており勝ち目があるわけがなく、両親はそのまま中国系マフィアによって殺されてしまった。

 後に妹も不幸な事故で亡くなると、ウォンは天涯孤独の身に成ってしまった。


 努力は必ず報われるというのは嘘であり、世の中金や権力を持つ人間が本当の意味で世の中を動かし返る力を持っている。

 そんな大人達に何時でも謙り、気に入って貰って初めて上で生きていくことが出来るのだと思い知った。

 その為に不正を黙って見守り、例え裏切ってでも生き残る事を考える。

 だが、それは不正を許さないウォンからすれば絶対にできない事でもあるのだ。

 それでも正しさが必ず救われる分けでは無いと、不正こそが絶対であると認めれば今までの努力全てを無下にしてしまう。

 それだけは絶対に出来なかった。

 だから、バイトもして、一生懸命寝る時間を削って勉強して、それでもこの社会をのし上がっていくんだと…そう想って努力を続けた。

 でも、どんなに努力を重ねても金と権利の前で全く意味をなさず、受けた大学受験は全て滑ってしまい。

 ウォンは明日生きていくことすらも難しくなってしまった。


 金持ちは誰もがウォンの才能を妬み、それを利用するのでは無く刃向かわれる前に潰すという発想に至ってしまい、結果ウォンは孤立した。

 学校で来た友人も次第に権利の前に屈して、いつの間にか友人では無くなり、家族も友達も全部を失ったのが彼が二十歳になった時。

 誰より天才的な頭脳を持って居た男はそれ故に孤立した。


 そんな時起きたのがクライシス事件であり、彼が恨む権力者や金持ちが一掃されるという事態はある意味痛快でもあった。

 だが、そんな中思い知ったのはやはり金持ちや権力者だけが世界を変えることが出来るのだという心理。

 ニュースではとにかく一学生が良く出てきており、噂を当時聞かない日は全く存在しなかったほど。

 ソラ・ウルベクトという名前に嫌悪感すら覚えた時もある。

 だって彼は金を持ち、権力者との繋がりだってあり、そして世界を変えるだけの力と信頼をもっている人間。

 その上戦いにおいては天才的な才能の持ち主でもある。


「なんだ? そんな人間は…」


 嫉妬をしたし、恨みもしたが…でもそれも止めた。

 だからジェイドに出会った時「とある少年には会いたくない」と言ってみたが、当初は理解をして居なかったようだった。

 だが、それもここ数日で知ってしまったようでジェイドは「もしかして会いたくない少年とはソラ・ウルベクトかな?」と聞いてきた。


「ああ。そうだ。会いたくない」

「まあ。構わないが。聞いても良いかな?」


 だから吐き出した。

 恨みを全部吐き出したのではと思われるほどの呪詛を述べたつもりだったが、ジェイドはそんなウォンに対して笑った。

 何故笑ったのかは未だに理解が出来なかったが、ウォンは「君は素直だな」とだけしか言わなかったのだ。

 ジェイドからすればニュースなどを素直に見たまま受け入れ、目の前にある情報だけを頼りに生きるウォンは『素直』だったのだろう。


「それは生きづらいだろうな。素直に…見たままを……感じたままをそのまま受け入れて生きるか」


 ジェイドは後から調べて知った事だが、両親の死そのものにマフィアが絡んでいるのは事実だが、それは裏事情にウォンの両親が関わってしまったからだった。

 彼はマフィアに近付いてしまったのだ。

 努力を続けているのに権利の前に屈しそうになっている息子を想い、息子を救いたいという思いで裏の事情に首を突っ込み殺された。

 マフィア間の構想に巻き込まれて無くなった。

 無論ウォンはそんな事情があるとは知りようもない。

 そして、死ぬ瞬間までもきっと知る事は無いだろう。


 だだ、ジェイドは彼が死ぬ瞬間すらもそう思えた。

 生きづらい生き方をしている人間だなと思う一方で、同時にあそこまで素直に生きられたらある意味羨ましいと思ってしまう。

 ソラも、ジェイドもよく言えば裏側の事情を知りまくっているからこそ、素直には生きられない。

 ウォンは裏側の事情をあまり良くは知らないからこそ、武装集団に対してはあくまでも契約以外まるで知りようもない。

 多分彼は今までソラと戦った敵達の中で一番戦いに対しても裏社会に対しても知識を持たない人間だった。

 勉強で知る程度の知識しか有さず、決して裏側の事情には立ち入らない姿勢は一貫していたと言える。


 そんな素直な人間が、生きづらいような生き方しか出来ない人間が行き着いた結論が「死にたい」や「楽になりたい」だったのだと思うと少しだけは考えてしまうだろう。

 だからジェイドは心の中で弔ってやることにした。

 せめて彼の死が救いであると、そして死んで家族に会えると願ってやることにした。

 不死者でも無い限り死者は皆生まれ変わる運命にあり、この戦いの先もしジェイドが負けるようなことがあれば彼は両親や妹と共に生まれ変わるのかも知れない。

 無論それはソラが勝てばの話である。


「安らかに眠れ。素直な天才よ」


 目の前にある壁を乗り越えることも出来ず、とにかく人間関係に恵まれなかった素直な天才は今死んだ。

 眩い光と共に破滅島は消滅したのだ。

 天才を飲み込んで、天才の天才としても全てを消滅させて。

 そして…無間城は復活した。

 世界を破滅させる最後の鍵が動き出したときジェイドは微笑んだ。


「では少年。次会う時は無間城だな…その時が来る事を楽しみにしていよう。乗り越えて…前に進めよ少年」

「待て! どうして殺した!?」

「それが彼の…素直な天才の願いだったからさ。私は彼を利用していただけだが、それでもいいと願ったのは彼だよ。私は彼の願いである『死』と『復讐』に手を貸しただけさ」


 そう言ってジェイドは消えていった。

 中国での争いはこれで終わったのだった。


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