北京跡地攻防戦 19
俺はジェイドの目の前に立ち塞がるのだが、正直後一秒でも遅れていたらライツは殺されていただろう事は間違いが無いが、多分現状を想えば感謝されることは無いだろうと推測できた。
俺はある意味ライツの目標を何処かで阻止したくなっていたし、多分ライツは当初より自分が此所で死ぬ事までを予想して作戦を立てていたことは間違いが無い。
だが、だからこそ目の前で誰かが死ぬ作戦を俺が容認できるとは想って欲しくないし、それを阻止するためなら俺は本気ぐらい簡単に出す。
ジェイドは何処か楽しそうに不死殺しの剣を肩でトントンと叩きながら「良くこんなに早く辿り着いたな」と褒めてくれているようだが、ジェイドからすれば良い暇つぶしが出来たぐらいの気持ちなのだろう。
それに、俺はこのジェイドという男にどうしても聞きたいことがある。
「戦う前に聞いておきたいことがある。答えたくないなら答え無くて良い。その場合素早く戦いに移行するだけだ」
「……まあ内容次第だな。下らない内容なら一蹴するまで」
「…カールとはどういう方法で知り合ったんだ? 先ほどキューティクルの所為で俺に対して激怒されてしまった」
「激怒した? カールが? ああ…救世がどうとか言ったのだろう? キューティクルはな…直ぐに人のトラウマを刺激しようとする。なるほど。だから私やその男の予想よりお前が私の前に現れたわけか…キューティクルが真面目にするとは思って居なかったが」
ジェイドは口にタバコをくわえて指を鳴らすことで火を付けるという芸当を見せたが、どういう理屈で怒っているのかは敢えて詮索はしない。
タバコの煙を口から「プハァ」と吐き出してから俺の方をジッと見る。
態度から見ればどうやら答えてくれないと言うことは無さそうだ。
「ポルメテウスの一族の話はそこの竜から聞いたのかな? あれはそうとう珍しい才能を持っていてな。聞いているのなら知っているだろうが、ポルメテウスの一族は身に取り込んだ異物を才能として取り込む力を持っていた」
「ああ。それ故に狙われたと」
「だが、それ故に彼等の才能は一種の呪いのようなモノでな。誓約があるんだ。それは「不死者となった時不死者を除いて絶滅する」という恐ろしい呪いがな。無論当時彼等は信じていなかったわけだが、でも、村の中ではそれを禁忌としたんだ」
「でも。カールが不死者になった? だから村が滅びた?」
「ああ。で、私が到着したというわけだ。滅ぼしたのはカール自身。カール自身が無意識で滅ぼしたんだ。私からすれば娘を助けたいという一心で禁忌を犯したんだある意味本望だろうし、それ相応の罰だったはずだ。不死者になると言うのはそういうものだ。永遠を得ればそれに相応しい罰が身の回りにも起きる。まあその代わりポルメテウスの一族の不死者が死んでも無の罰を受けなくて済むというメリットもあるがな。その代わりポルメテウスの一族最後の生き残りが殺されるまでは生まれ変わることは出来ないらしいが」
「惨い罰だな…」
「妥当な罰だよ。彼等は禁忌を犯した。それに対する相応しい罰だし、それが不死者というものさ。ボウガンとて、メメントモリとて、キューティクルとて…無論私とて同じ事さ。私の場合は死ぬときに罰を受けるだけだ。ボウガンは…まあまだ助かるか」
「でもそれがどうして救世を?」
「…あの女は自分が一族を殺したとき、それを止めてくれればこんなことにならなかったと悔やんでいるのさ。当時はあちらこちらで英雄と噂される人間達が沢山居た時代。救世を求める人達と救世される人達の噂ばかりを聞いたはずだ。実際彼女は幼い頃から病弱で本ばかりを読んでいたと聞く。物語の中に現れるヒロインを助けてくれるヒーローに憧れてもおかしくはあるまい? でも現れなかった」
カールの前に救世主は現れる事は無く、彼女は不死者と成る事と引き換えに禁忌を犯した罰として村人は滅ぼされ、自らは殺されるまで生き続けるという罰を得てしまった。
本の中に現れる英雄なんてモノはあくまでも本の中に居る存在であり、所詮は嘘と妄想で塗り固められた存在に過ぎない。
きっとカールはそう考えるようになったのだろう。
「本を読めばあり得ない物語を…英雄譚を知ることが出来る。見ることで…知ることで己に言い聞かせるんだ。「こんな英雄譚は存在しないんだ」とな。言い聞かせることで己に「この世界に奇跡は存在しない」と思い込ませ、そうして現れる英雄全員に「お前達は偽物だ」と突きつけて、実際に勝つ事で「ほら居ない」と証明したいんだよ」
「そして、現れたわけだ。自分に勝つ相手が…でもそれは…」
「同じ不死者だった。それが余計にカールの中に一族の親の過ちが間違っていたと信じさせ、余計に私に対する信頼を高めたんだろう。出会えたのが私ではなくあいつだったらな…」
誰のことを言っているのかなんて俺には言わなくても理解出来ていた。
俺達ウルベクト家と袴着家の祖先である初代ウルベクト家当主、彼がもしカールに出会えていたらもしかしたらカールがこんな長い旅路にならなくて済んだのかも知れない。
なら…間違いが無い。
ウルベクト家当主は皇光歴の世界と西暦の世界を移動していたと言うことになる。
そして、世界を挟んで子供を産み落とし、その後のその二つに分かれた子供が最後には「一つに戻る」事を狙っていたことになる。
「それがボウガンの役目だったのだろう。全く…回りくどいことだ。カールの事だがな…もし戦うあのお嬢さんに話す機会があるなら言っておいてくれないか? 殺してやって欲しいと。私では殺せないのでな。不死者同士は世界のルール上「殺し合っても殺せない」と言う制約がある。ボウガンなら別だが…あれはそもそも不死者を殺すには精神的な問題を背負っている。君達が適任だろう。後は好きなようにすれば良い。無論私は…」
ジェイドに関しては俺の中でも、そして世界としても死んで貰うしかないし、きっとジェイド自身ですらももし本当に戦って勝つことが出来るのなら殺されても良いとも思って居るのだろう。
だが、ジェイドはその分わざと負ける事だけは絶対にしないとも決めている。
そんな人間に世界を任せるつもりなんて無いのだろう。
「カールにとっては死ぬ事が救いでもあるんだがな…まあ理解出来んよな?」
「知らないよ…でもアンタはどうしてカールを助けようと思ったんだ? 別にそこで見捨てるという選択肢が無かったわけじゃないだろう?」
「まあ…でもね。私はカールを初めて見たときまず感じたのは「死に場所を失った子犬だな」とか思えなかったんだよ。死のうとしている子犬だと。死ねない子犬というのも可笑しなはなしだがな。動物というモノは子供の時が一番襲われやすいと言うのにな。死ぬ事が出来ない奴が、生きがいや死にがいを求められない。死に急ぐわけでも、行き急ぐわけでもない。強いて言うならただ生きている…これを哀れと言わずして何を哀れという?」
「そんな事を俺に言われてもな」
「フン。ライツ。君はどう想う? 生きる場所も求めない。死に場所も求めようとしない。ただ生きるだけの人間を前にして君はまだ見捨てようと思うかい」
「さてな。たった意味死に場所を奪われた所だからな。だが、つまらない人生だろうなとは想うよ」
「だろう? だからせめて死に場所を与えてやりたかったんだよ。私からすればようやく得られた死に場所だ。カールとボウガンだけは願いを叶えて欲しいね…残りの二人はどうでも良いが」
そんな事を言いながら少し儚げな表情を浮かべるジェイドだった。




