英雄譚は誰の為に 4
俺がドアを開くと薄暗い首相室の中では烈火の英雄がフォードに踏みつけられており、その奥の机で何やら作業中の首相の姿があった。
「やっぱりあんたが魔王だったのか………そうじゃないかって思っていたけれど」
「まさか君までやってくるとはね。てっきりギルが片づけたたんだと思っていたけれど……デルスロードどうする?」
首相であるマーベルだが、パソコンの画面をじっと見つめていた目を上にあげまるで意にも介さないような目で俺の方を見る。
「その男。異能に対する耐性があるのね。順調だった伸びが急に悪くなったわ。できればご退室願いたいのだけれど?」
フォードの体を乗っ取ている人物が消えたかと思うと俺の目の前に一瞬の速度で現れ、俺は急いで緑星剣の腹の部分で受け止める。
強い力を前にして俺は後ろに下がってしまい、全身の力で押し返そうとする。
全くびくともしないこの化け物じみた力。
「君と初めて会った時からもしかしたら私達の脅威になるかもしれないとは思っていたよ。だから私は君の手を借りるのはやめた方が良いと散々言っていたんだけどなぁ。君はあくまでもセカンドプランなのだと聞かなくてな」
フォードは視線をマーベルの方へと向け、彼女は特に意に介したこともなく作業を予定通りに進める。
「ならそのプランの最初の相手が烈火の英雄の妹ってわけだ」
俺以外の全員が驚いた表情に変わり、フォードは俺を回し蹴りで引き飛ばしてからマーベルの方を向く。
「だから言っただろ。この少年をプランに引き入れるのはやめようと」
「最終的にはあなたも納得したでしょ? あの少女は蘇生した後では同調できるかどうかは分からないから念の為にセカンドプランを用意しようと」
「私は最初の段階で嫌だといったぞ。アベルという男ならともかく……下手をするとアックス・ガーランドまでついてきたら困ると」
何でそこでガーランドが出てくるのだろうか?
「何でそこでガーランドが出てくるんだ!?」
「知らないのか? ガイノス帝国の中立派創設者であるアックス・ガーランドはある意味時代が選んだ変革者と言えるだろう。勘が鋭く、武術や戦術に秀でている。その上あの男は性格上周囲の人間に恵まれやすい。ああいう人間こそが一番厄介なのだ」
あの人がやばいぐらい強いのは知っていたし、周囲の人間に慕われているのも知っているが、この魔王と竜が警戒するほどの人間なのか?
「何より厄介なのは彼の考え方にある。「勝負の結果より人命を優先」するという考え方、しかしその上であの男は結果も出す。そういう人間というのはある意味厄介だ。そういう人間を英雄と呼ぶからな。あの男は君の前任という所かな?三十年戦争で英雄ともてはやされ、戦場に置いて戦死者数や被害者を減らし続けたほどの人間だ」
ガーランドが俺が英雄と呼ばれる前の帝国に存在していた英雄?
そんな話聞いたことが無い。
いや、もしかしたらレクターやジュリのように生粋の帝国民なら知っていたのかもしれない。
俺が現れたせいで影が薄くなったのかもしれない。
「俺は知らなかったぞ!」
「君が異世界人だからだろう。最も帝国政府が意図的に隠していたかもしれないけれど……まあ、本人が意図していやがっていたのかもしれないね。彼は戦争で英雄と呼ばれることを嫌がっていたからね」
「待てよ! なんであんたがそんな事を知っていたんだ?」
こいつは一緒に封印されていたんじゃないのか?
そうじゃないというのか?
「? 君はもしかして私が封印されていたと思っていたのかい? 君は私が闇竜だと思っていたのか? ああ、だからそういう反応なわけだ……ククク」
フォードは面白おかしそうに笑っている。
どこで間違えた?
どこで勘違いを続けていた?
「私が闇竜よ。そっちは死竜。そもそも魔王とは私闇竜が人間の体を乗っ取ったことから始まった」
両方とも………竜!?
「その通り。私は生と死を司る死の竜、そっちは闇を司る竜。そもそも魔王とはこの二つの竜が担当していたんだよ…」
「待てよ! だったら竜達をだまして魔導を奪っていたとか、どこかの家に生まれた………」
そこまで言った所で、どうしてそもそも首相まで上り詰めたのか、どうやってこの短期間に?
「闇の竜である私は人や竜の認識をずらしたり、挟み込んだりしたりできる。この力は異能そのものに耐性の強い聖竜かあなたぐらいでしか回避できないでしょう。まあ変に勘の良い存在なら理解できるかもしれませんがね。だからそこの死竜は嫌がったのよ。アックス・ガーランド位なら気が付いたかもね」
認識に影響を与える?
「分かりずらかったかしら?要するに私は他人の中に入りこむことも、他人になり済ますこともできる。一冊の本の一ページに勝手に文字を書き足したり、消したりする事と同じ。それ故に聖竜は私を非常に嫌がる。最もあまり違和感が強く残ると直ぐにバレてしまうけれど……」
闇竜と名乗った存在は立ち上がり、腕を組みながら俺達に背を向ける。
「例えば……妹が死んだなんて記憶をわざと植え付けるぐらいは簡単よ……」
ギルフォードは目を大きく開き、大きな怒鳴り声を上げた。
「今なんて言ったんだ!? お前……」
「あなたの妹の死を偽造したのよ。あなたが島にやってくるタイミングは死竜が教えてくれたからね。あなたと妹は私にとって都合のいい器だったからね。あなたの魔導はこの地のエネルギーの受け皿としては十分だったからね」
受け皿と言ったのか?
「その受け皿は私達では担当できないから。自らが作り出したエネルギーを供給を自由にできるその力はある意味都合がよかった。その次にそこにいるソラという少年だったけれどね。貴方は力を酷使しすぎていたから妹選ばせてもらったけれど……死を克服するためにはそれぐらいしなければね。木竜は一度でも協力することは無かったし、あれは周囲を『不幸』にする『不幸体質』も付属でついて回るから」
実際木竜はその『不幸体質』で二千年間困っており、それは王島聡にも影響を与えていたはずだ。
「永遠を手に入れようにも『ミルバの泉』の水は二千年ほど前に飲まれてしまって存在しないし、後は永遠を手に入れようとするなら魔導の原点しか存在しないから」
「お前達は知っているのか!? 魔導の原点なる力を!」
「この地に眠る強大なエネルギーを操作すのよ。この地に眠るエネルギーは尽きる事の無い不滅のエネルギー、人間は不完全な存在であり器としては非常に優れている。その上魔導や異能を体内に宿している人間は宿主としては完璧と言ってもいい」
だから狙ったのか。
妹は魔導を酷使しておらず、その上若く肉体として適していたという訳だ。
「この妹は非常に適していたという訳よ」
闇竜の言葉で後ろの布が外され、その奥から謎のオレンジ色の水に浸かっている幼い少女がいた。
呼吸ができる程度の設備があるだけ。
「あ………ああ!」
ギルフォードが今にも泣きそうになりながら這入ってでもたどり着こうとしている。
それを死竜が邪魔をしようとし、俺はその背中に斬りかかろうとするが、死竜は俺からの攻撃を片手で受け止める。
「でも……話が長引いた結果計画がうまくいったのだから感謝しなくてはね。あなた達竜達の旅団のお陰でエネルギーをこの少女に集めることが出来た。いまこの少女にはエネルギーが最大値まで高まっている」
ケースに入っている幼い少女が発光をはじめ、俺達の体を吹き飛ばすほどの衝撃がやってきた。
烈火の英雄はそのまま吹き飛ばされてしまい、俺は剣を床に刺して何とか耐え抜く。
「あなた達皆には感謝しなくては……おかげで永遠を手に入れる事が出来た」
目の前で死竜と闇竜が少女と共に溶け込んでいく、衝撃波が止んでから俺の視界にあらわれたのは妖艶の美女と言ってもいい女性。
右側は黒い悪魔のような竜の羽、左側は影で出来たような竜の羽が生えており、両手と両足は竜の鱗と強靭な爪が生えているが、それ以外はいたって普通の成人女性と同じ。
しいて言うならほとんど全裸と言ってもいいその恰好以上に、やばさが前面にあらわれている。
「さて………来なさい。あなたを殺して私は『ワールド・ポイント』を手に入れて見せる」
目の前に現れた『魔王』に俺は剣を強く握りしめて挑むしかなかった。




