芳蘭中央市場事変 12
轟音と共に崩壊していく建物の床、落下していきながらもデルタという名の男の視線の先では俺が女の首を切り落とす瞬間だった。
念入りに作戦を立てたつもりだったし、何よりも油断なんて三人は決してしなかったのだろうが、それでももし勝敗を分けた部分が存在するなら、きっとコンビとしての経験値のさなのだろう。
幾ら相性の悪い相手を選んでも、どれだけコンビネーションを磨いてもいざという時の経験値が実戦では物を言うのだと俺は師匠から教わった。
鍛え抜かれた戦闘経験が少ない兵士より、ぱっと見普通に見えるが実戦経験が豊富な兵士の方がよほど役に立つだろう。
レクターはいつでも俺にトラブルを持ってくるのだが、同時に俺が厄介事に巻き込まれると決まってこいつは現れる。
時にどこにいるのか分からなくても、こいつは俺がピンチなら必ず現れるのだ。
だからああやって諦めずに戦っていればこいつは必ず現れると確信していたし、何よりも俺も何となくではあるがこいつを信頼していた。
デルタは一階まで辿り着くとそのまま天井から落ちていく瓦礫に紛れようと逃げていくが、逃げていく進路がジュリの戦場とクロスしそうになっていると分かり俺達はデルタの退路を塞ごうと考える。
レクターは落ちていく瓦礫を足場にして一気に跳躍しデルタの頭部目掛けてかかと落としを決めるが、デルタはその攻撃を余裕を持って右側へと跳躍して回避。
しかし、逃げた先に俺が回り込んで首目掛けて斬りかかるのだが、デルタはしゃがみ込んで回避した後俺の体をタックルで距離を取ってくる。
まさかの行動に対して少しばかり驚いてしまう。
と言うより生きようとする執念が凄まじいのだが、そう思っているとレクターがジグザグ動きでデルタへと駆け寄っていきデルタの鳩尾目掛けてフックが飛んで行く。
あいつのフックは食らうだけできっと人体だるま落としが出来るほどの威力があるので、事実上の致命傷である。
後ろに仰け反るだけではレクターの攻撃は完全に回避は出来ないが、レクターの攻撃は直線上にはある程度の融通は出来るが、左右や上下に対して回避したら流石に合わせることは難しい。
デルタはフックを大きくしゃがみ込んで回避してそのままレクターの脇を通り過ぎようとした所でレクターの蹴りがデルタの脇腹を直撃。
吐血してしまうデルタだが、ここはグッと堪えたのか歯を食いしばりなんとか耐え抜こうとする。
流石にレクターでもフックを繰り出した直後に蹴りをお見舞いしては威力は大きく半減してしまうだろう。
よろけながらもなんとかレクターから逃げようと必死で駆け出して行くが、飛永舞脚を使う事が出来る俺より逃げ切れるはずも無く、俺は緑星剣でデルタの胴体を真っ二つにしようとした瞬間、デルタは腕を十時に組んでいる姿を見つけた。
脳裏にヤバそうな気配を見せた俺達は何も言わずそのまあ猛ダッシュで距離を取ると、デルタの体がまるで爆弾かのように爆発した。
「自殺…いや自爆だね。う~ん逃げ切ることが出来ないとふんだかな。まあ、この状況では勝率ゼロだろうし、妥当な判断かな?」
「いやどうだろうな。なら決断するのが遅すぎる気がするが。それになら最初っから逃げようとしなければまだマシな結果になったような気がする」
「確かにね。でも…ソラ苦戦してたね!」
俺はアンリミテッド状態を解除して一旦息を吐き出したところで、レクターがそんな挑発を向ける事に対して俺は無言での訴えをみせた。
多分何を言ってもこいつは「言い訳」と罵るだけなのでここは黙った方がマシだ。
「でもソラ一人のために三対一なんて普通するかな? 物凄い警戒心だね。やり過ぎな気がするけど」
「でも、あのままなら流石にこっちのスタミナ切れが先だったさ。流石にあの数で常に周囲から攻撃を受け続ければ勝ち目は少なかったよ」
「で。この結界を張っている術士はどこにいるんだろう。外かな?」
この中央市場一帯に結界を張っている術士、それが一体何処にいるのかと言う事だが、流石にそればかりは分からないが、大分状況は俺達の方へと傾いているようだ。
ジュリも先ほど勝利を収めたようだし、海は今絶賛戦闘中、ギルフォードはどうやらダルサロッサに掛かっている術式をかけ続けている術者を探しているようだ。
「で? どうすんの? 俺はソラと合流した後に一緒に行動しようと思ったんだけどさ…結界の術者を探す? それともダルサロッサにかけている術者を探す? それともここで時間を潰す?」
「最後の言葉を本気で言っているのならお前に対して俺はラリアットだぞ」
「え? そんな攻撃繰り出すの? 俺の意見ってそんな攻撃を受けるほどの意見?」
「うん。まさかお前この場においてサボろうと考えるってやばいだろう」
因みにブライトはジト目でレクターを睨み、師匠はあきれ顔をしているのだがこいつには通じるだろうか。
いや、通じないな。
「ならどうするのさ!? 海の援護行く? それともジュリ?」
「ジュリは終わったよ。勝ったようだ。海もここから言っても間に合うかどうか分からないし、今のところ海が苦戦しているという感じじゃなさそうだ」
「じゃあケビンの所に行く? あっちは集団戦って感じだけど」
「いや…あっちはアメリカ軍の特務部隊とケビンに任せよう。無論そこを突破されると民間人に被害が出てしまうけど…なんかこう…」
「今更感満載だね。もう結構被害が出てるし…一体何人が被害に遭ったんだろうね」
「何人なら良い方だと思うよ。多分もう万人というクラスだよ…酷いよ。僕達を襲うだけで一体関係の無い人がどれだけ犠牲になったんだろ…」
ブライトの言葉に項垂れそうになる俺達。
実際俺達の周りには多くの身元不明の遺体が散乱しているし、なによりそんな姿を見るだけで心が痛んでしまう。
で、エコーロケーションで探っているウチに気になっている人物が一人いる。
「中央市場一帯の各所で戦いが起きてからいくらかの人間が移動をして戦場へと向っていたり、逃げたりしている中でたった一人現状の居場所から逃げようとしていない奴がいる」
「へぇ~。誰? どこにいんの?」
「この建物の屋上だ。ずっとだ。戦いが始った瞬間エコーロケーションで探っている時に確かに屋上にいて、定期的に調べて居たが誰もが移動しているこの状況でまるで立ち位置が動いていない奴だ」
「う~ん。でもなんで動いていないんだろうね。何が狙いなんだろう…」
「分からないな。でももしかしたら今回の作戦の中心人物かもしれないな…もしかしたらウォンの居場所を知っている人物かもしれない」
この状況で流石に民間人と言うことは無いだろう。
見晴らしの良い場所でずっと大人しくしているのに、何を思っているのか誰もが戦って苦戦して死んでいく中で手伝うわけでも無く、加勢するわけでも無いこの人物は何を考えているのだろうか。
俺達は一旦ジュリを合流することにした。
建物から出るとジュリが虚ろな目で死にかけているような顔をしているギャル風の女を縛っているのだが、一体ジュリはどんな攻撃をしたんだろう。
「エロい攻撃!? だからそんな風になっているの!?」
「ち、違うよ。ちょっと…頭の中をクラッシュして…」
俺とレクターとブライトが引く番であり、一体頭をクラッシュするって一体どんな攻撃をしたんだ?
今普通にジュリが怖いと思った瞬間だ。
「俺達このままこの建物の屋上にいる人物の元へと向うから、ジュリは民間人が避難している場所まで急いでくれ。現状なら多分他の敵と遭遇する可能性は低いだろう」
「うん。気を付けてね」




