芳蘭中央市場事変 6
芳蘭中央市場の大きな建物の丁度真ん中辺りで更に大きな衝撃と共に建物が大きく揺れるのが外からでもハッキリとわかり、その建物の正面玄関までギルフォードは走って近付いていたが、そんな中でも外への出入り口へと向ったケビンからの通信がやってくる。
ギルフォードは片耳に付けている通信機にそっと触れるとイヤホン式の通信機からケビンの声がハッキリと聞えてきた。
「出られないわ! 真っ黒い壁のような物が外周にある壁にそって広がっているの。さっき試して破壊しようとしたけど無理だった」
「俺だ。ソラだ。多分だが外周にある壁を使った俺達を閉じ込める術式だ。この場合術者を殺さないと解除出来ないはずだ」
「ソラ。なら術者はどこに居る? 今俺は建物の正面玄関へと向っているが…」
「分からない。それがこの術式の特徴と言えるだろう。術の中心に居なくて良いというのがメリットだからな。最悪人混みに紛れている可能性すらある」
「なら術者を探しましょう。この阿鼻叫喚としている人達の中から…」
「ケビン。嫌な事を言うな。それと…正面玄関は居ないぞ…もう此所には生きている一般人はいない」
ギルフォードが建物を曲がり路地から飛び出るとそこには数百を超える人達が皆燃え上がっており、正面玄関から出てきたところを襲われたと言う事は間違いが無い。
その中心にランタンを持っている頭に麻袋を被っており、大きな背丈の男は農作業時に使われるようなズボンを吐いている。
その辺で普通に見かけたら一発で通報するレベルの変人であるが、周囲の全ての人が燃えているという現状を考えれば不審者では無く犯罪者であろう。
ランタンを右手に、左手にはステッキサイズの杖を持っておりランタンを何度も「カン」という音を立てている。
ギルフォードは双剣を取り出してそっと構え、その足下ではダルサロッサがそっと戦闘態勢を造る。
「ジュリ。こっちに来るな。ヤバい敵が居る。中にまだ人が居るのなら正面玄関から出るなと言え」
ギルフォードからの言葉にジュリは「わかりました」と答えて通信を一旦切り、ギルフォードは麻袋を被っている男の仕草一つ一つを丁寧に確かめる。
動きはどこか鈍く、そっとギルフォードの方に顔だけを向けるのだが、麻袋には目と口の部分だけが開いていてもまるで目元などは見えてこない。
果たしてこれは見えているのだろうかとギルフォードとダルサロッサが疑問に思っていた。
男は自分のズボンのポケットから何かボロボロの紙を取り出してギルフォードと交互に見ていく。
何かを確かめるような素振りの先、男はゆっくりと左手の人差し指をギルフォードの方へと向けた。
「ターゲット…発見…! 排除…開始……する!」
今度はランタンを叩く速度を上げていき奇声のような咆哮と共にランタンから紫色の炎が五つほどギルフォードの方へと向って湾曲に曲がりながら襲い掛っていく。
ギルフォードは両手に持って居る双剣で紫色の炎切り裂いていき、そのまま大きな爆発が起きる前に駆け出して行った。
ギルフォードの後ろで大きな爆発が起き、ダルサロッサは大きな咆哮を上げて周囲の人々の炎を一発で消す。
そのまま真っ黒い炎を纏ったダルサロッサは男目掛けて大きな口を開けて突っ込んでいくのだが、男は襲い掛っているダルサロッサとギルフォードから逃げる為に再びランタンを叩くと男の体がふいに空中へと登っていく。
男は緑色の頬を背中に灯らせており、ギルフォードとダルサロッサの攻撃は完全に空を斬る形に成ってしまった。
「ランタンを叩くと炎を出し、その色によって効果が異なるのか…紫色は爆発。緑色は…っ浮遊能力か? それ以外にもありそうだな」
「色々と考えるものだな。何ならもう少しハキハキと素早く喋れないものか?」
「それは…諦める」
「だろうだ。空中にいつまで居るつもりは分からないが降りないのならこっちから襲い掛っていくまでだ」
ギルフォードは近くの建物の外壁を登っていきながら男へと近付いていくと、男はそのまま近くの建物の屋上へと降り立つ。
ダルサロッサもギルフォードを追う形で屋上へと辿り着くと、男はランタンを再び叩くと今度は青色の炎を二人目掛けて飛ばしていく。
ギルフォードは切るか避けるかで一瞬悩んだが、何か嫌な予感がして避ける方を選択した。
ダルサロッサは敢えてそれを叩き落とそうと試みると、大きな爆発のようなものを起こす。
ダルサロッサを包む青色の爆発はあっという間に落ち着いていくと、そこには物言わぬ氷像に成ってしまったダルサロッサがいた。
「やはり氷属性の攻撃か…炎なのに。それと油断するな。今は戦闘中だから無視するが、終わるまでその状態で待て…聞えていたらだが」
「お前…どうして…分かった?」
「嫌な予感がした。紫色が爆発だとは分からなかったが、俺達の情報が在ったのならきっと俺が炎を使う相手だと言うことも理解して居るはずだ。ならただの炎で攻撃するとは思えない。実際紫色の炎は爆発だったし。それに色によって効果が異なると言うことは先ほどお前が証明していたろう?」
ギルフォードの目の前に居る男は先ほどから色の違う炎で攻撃を仕掛けており、色によって効果の違う攻撃を繰り出すことは間違いが無い。
ダルサロッサはあまり賢い方じゃ無いので特に何も考えずに攻撃してしまったが、ギルフォードは嫌な予感がしてまず回避を試みた。
ギルフォードはもう一度ダルサロッサの方を見る。
氷漬けという状態では無く、ダルサロッサの体が正しく氷になったという様な状態で、下手をして炎で攻撃すれば溶けて消えてしまいそうだった。
大きく咆哮を上げるように、右前足を前に大きく突き出しているのはきっと攻撃を切り裂こうとしていたからだろうが、それがかえってダルサロッサの体のバランスを悪くさせている。
(これ…どうやって解除するんだ? ダルサロッサとの繋がりがあるからまだ生きているのは分かるが…)
「この術式は……三十分…で…完成……する」
「要するにお前を三十分で殺せば自動で解除されると言うことか? なら簡単だな…」
(問題はこの場で俺が本気で戦うとダルサロッサの体を溶かす可能性が高いと言うことだな。全く。炎竜が炎で死にかけるなんて笑い話にも成らないぞ…)
ギルフォードは「やれやれ」と言いながら男が余計な攻撃をする前にとダッシュで近付いていくと、男は再びランタンを叩き緑色の炎で空中へと逃げていくが、それを完全に読んだギルフォードが大きく跳躍して男の鳩尾目掛けて力一杯蹴っ飛ばした。
ここで炎で攻撃することは簡単だが、その際に生じる爆発がどんな影響を与えるのかと思ったらそんな事出来るわけが無かった。
男の体がそのまま路地裏の方へと落ちていき、ギルフォードは内心ホッとしながらそのまま同じように路地裏へと降りていく。
太陽の下に置いておくことは少々心配だった。
何故ならまだ一分も経過して居ないのに溶け始めているような気がしていたからだ。
「おい。まさかとは思うがその術式完成とは…完全に溶けることか?」
「そうだ…あれが……完全に溶けることで…術式が解けることが……なくなるのだ」
完全に解けるまで三十分というタイムリミット、だがそれは三十分以内に倒せば元に戻すことが出来ると言うことでもあった。
「逆を言えば…あの術式は……三十分以内…では……どんな攻撃も…無力化する」
「信用できないな。どのみちこうやって会話している時間が惜しい。お前を早くぶっ殺さないといけないんだからな…魔法名『不死鳥』アンリミテッド!!」
ダルサロッサが完全に解けるまで後二十九分。




