嘘は誰の為に 9
アベルとボルノの争いが始まったのはどの島よりも遅かった。
山奥の寺院までの道のりの途中、林が大きく開いている場所がいくつも残っており、その場所では本流と分派の争いが既に戦火を開いているのだが、肝心のアベルとボルノは全く違う場所で戦火を開こうとしていた。
寺院から離れた場所見知らぬホテルの最上階、屋上までの階段を上っていくアベルはこの最上階でやるべきことを見つけ出そうとしていた。
最上階前は大きな大広間になっており、食事のスペースが広がっているのだがそのドアをアベルがゆっくり開けるとそこには黒いスーツ姿の青髪がサングラスを付けた状態で立ち尽くしていた。
「予想通り。やはりこのホテルに目を付けたか。このホテルの屋上に向かうには必ずこの食堂を通り過ぎるしかないからな」
「ボルノ………息子から聞いている。最低な人間だと……」
「見解の相違という奴だな。私は私のしたいようにしているだけだ」
あくまでもそう言い切るボルノなのだが、肝心のアベルはこの場所を読まれていたいたことに驚きを隠せずにいた。
(このホテルの屋上には昔使われていた作業用のアームがいまだに隠してある。まあその作業アームを使えばショートカットぐらいには使えそうだと思っただけだしなぁ)
「あの少年ならこの辺に気が付くと思っていたのだが、まさか父親が来るとはな……まあいい。この場所で時間を稼ぐだけでいいといわれているだけだしなぁ」
「ならそこを退いてくれないか?私はなるべく早く鏡を破壊して空元に向かいたいんだが?」
「ならそこから引き返して迷路になっている林を抜ければいいさ」
「あそこは迷宮になっているだろう?入れば迷路のように入り組んでいるからな。一度入れば間違えずに出ていけるとは思えない」
「だろうな。我々もできる気がしない。だからこそ我々はロープウェイを破壊したというのもあるしな」
サングラス越しに見える目つきに少しだけだが鋭さが垣間見え、アベルは黙って大剣を召喚していき、全身に星屑の鎧がアベルの体を包んでいく。
「フム。親子間……いやこの場合は遺伝子間で似ている場合魔導が劣化しつつも伝道する可能性があるという事か」
「随分冷静だな。言っておくが装束宗の女何かでは相手にもならなかったぞ」
「そのようだな。本人達から聞いたが水を操ったり、風を操ったり散々だったと聞いている。だからこそ………君の事は知っているよ。ガイノス帝国『三将』の一人。『重撃のアックス』『黎明のサクト』『牙狼のアベル』と言えばガイノス帝国じゃなくても有名だろ?」
三将という言い方自体正直あまり好きではないアベルだが、特に『牙狼のアベル』という言い方も好きではない。
独自の技名に必ず『牙』をつける事と、まるでオオカミのような佇まいからそういう言われ方をするようになった。
「『牙狼のアベル』………討てるチャンスなのだからな!!」
「なるほど……貴様反政府組織には相応しくないようだ」
怒りを大剣に乗せアベルは周囲の風を剣に乗せていく、身体を回転させながら遠くにいるバベル目掛けて叩き込む。
「風の牙!!」
まるで狼のようなに見える緑色に色付けされた風がボルノへと襲い掛かるが、それをボルノは自らの影を操って攻撃を防ぎきって見せる。
アベルは横に素早く移動して行き、ボルノはその動きに合わせるように周囲の影を使って攻撃を仕掛けていく。
影の槍をアベルはあくまでも冷静に対処していき、そのままキッチンの中へと入っていくと水道を大剣で破壊する。
キッチンから大量の水が溢れ出行く中、アベルは自分の周囲の影を襲い掛かってこない状況へと目を向ける。
「影を操ることが出来る範囲はあくまでも自分が直接目で追える場所に限られる。という事か」
キッチンは食堂からは完全に隠れており、見るためには唯一の出入り口から入ってくるしかない。
ボルノはそれだけは避けるだろう。
ボルノにはアベルのように近接攻撃で素早く致命傷を与えられる自身が存在しない。
「次はこちらか攻撃させてもらうぞ。魔導機起動。水の牙【麒麟】!」
壁の向こう側のボルノをイメージし、床の面積を次々と埋めていく水溜まりに剣の先っぽに浸していく。
剣を上に振り上げ、素早く連続で何度も振り上げていくと水の塊が『麒麟』の形を成していき、その麒麟に斬撃を載せる形で壁を破壊していく。
「影の一撃。影鳳凰!」
周囲の影をまるで鳳凰を影で作り出し、水の麒麟による一撃を真正面から受け止めると、中尉の机や椅子が崩壊していく。
「影蜥蜴【連軍】」
自分の影を小さな蜥蜴に変えていき、周囲に散っていきアベルの周りから次々と襲い掛かっていく。
アベルはその攻撃を最小限で回避し、水を活用して簡易的なシールドを展開させる。
「水の牙【龍】」
水の姿をした龍を作り出し、蜥蜴を撃ち落としながらアベルはきっちりと視線をボルノを捉えている。
アベルはキッチンから流れていく水の量を確認しつつ視線の先のボルノとの位置を計り始める。
(距離は十分。周囲の障害物も龍の一撃で排除できた。直線で攻撃できそうだな)
アベルは水に剣を付け水を操りながら、風もアベルの周囲で少しずつ音を鳴らしていく。
ガラスがひび割れそうになっていき、ボルノはアベルが何かをしているという事だけはハッキリと理解し、自分の周りに目を向ける。
しかし、周囲の椅子や机は完全に排除されており、ボルノは舌打ちをしながら刹那の時間の中で判断を下す。
(襲う方が早いと思ったが、周囲を水の龍が周囲を漂っていて近づくのは難しいそうだな。正直あまり自身は無いが……)
「影の防御術。獅子の盾」
自分の影を獅子のたてがみを模したようなデザインの盾を作り出し、アベルはその盾を壊すぐらいの勢いで周囲に風と水の一撃を叩き込む為に準備を整える。
「水と風の牙【八岐大蛇】」
水の首が四本と風の首が四本合わせて八本の首の生えた龍を模した一撃、重苦しい一撃をあとは剣を振り下ろすだけの状態で、窓の外で小型の戦闘用の飛空艇が爆発する音が響き渡ると同時にアベルは剣を振り下ろす。
首を八本生えた龍が獅子のたてがみを模した盾に叩き込まれていく。
シールドにぶち当たると同時に風と水が竜巻のようにキッチンを襲撃していく中、アベルやボルノの視界は完全に埋め尽くされていった。
ガーランドは皇帝陛下を守る為に大廊下のど真ん中で陣取っていた。
「クソ! 重撃のアックスがいる何て聞いてないぞ」
「私の事をアックスというな!!!」
「「「えっ!? 怒るのそっち?」」」
ガーランドは怒りの一撃で廊下の遥か後方まで届くほどの斬撃を飛ばしながら「フン」と鼻息を荒くさせる。
「しかし、サクトの奴はこんな奴等相手に苦戦したのか?」
「仕方ないだろう。聞いた話だと相手が悪かったという話だし。それに……君が一番活躍していないように見えるけれど?」
皇帝陛下の一言に項垂れるガーランド。
「まあ、アベルが周囲にいなくて助かったな」
「お! 逃げたね。強引に話を切り替えた」
「あいつは周囲を考えた行動をしてくれんからな。あんな周囲を考えない攻撃を仕掛けるからなぁ」
「話を聞かないねぇ。まあいいけれど。でも………私はアベル君は他の誰よりも他人思いだと思うよ」
「いいえ。戦闘中にまわりを考えずに周囲を破壊する勢いで戦闘を繰り広げる戦い方は私は好きじゃない」
「ふうん。まあいいけど。私の護衛役をきっちりこなしてくれよ?」
戦いが複雑化していく中、アベルとボルノの鋭い一撃が決まっている瞬間だった。




