意地と遺児 1
南商店街の陸路に足を掛け一気に上に上がり、俺は振り返りながらジュリに手を伸ばす。
ジュリは俺の手を握りしめるのだが、隣でレクターが勢いよく陸に上がるので、船が左右によく揺れる。
ジュリが船に堕ちそうになるのを俺が勢いで引っ張り、ジュリは俺の体に身を突っ込んでくるのを俺は全力で受け止める。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう。ごめんね。足場が揺れちゃって」
レクターが俺の方を見ながらニヤニヤしているのだが、取り敢えず顔面パンチを一発決めておいて改めて商店街の出入り口の方へと目線を向けるのだが、そこは人でごった返していた。
正直声に出して「うへぇ」と言いたくなるような気持を一旦飲み込みむ。
しかし、この状況も別段不思議なことは無いだろう。
夏休みの初めでありここ海都オーフェンスは観光名所でも有名で、最近は西暦のワールド・ラインからも観光客が増えているのも事実である。
帝都はまだきちんとした観光の準備を事前にしてたが、他の都市ではまだまだ追いつかないのが現状だ。
こればかりは仕方のない事ではある。
今すぐどうすることも出来ないが、こればかりは少しずつ慣れていくしかない。
異世界交流というのも難しい問題だろう。
「異世界なんて想像上の存在でしかないわけだし、列車一本で異世界に行ける何て今でも疑わしい話ではある」
周囲から聞こえてくる声の殆どは英語とガイノス語もしくは日本語ばかりが聞こえてくるような気がする。
これも新しい合衆国大統領の方針でもあるのだろう。
結構穏やかな人が決まったと聞いたし、異世界交渉に日本以上に関心を示していたらしい。
「そうだね。あれだけの事件を前にして人々って意外とたくましいから。皆前を向いて生きている人が多いんだと思うの」
ジュリの言う通りなのだろう。
ほとんどの国が政府が崩壊し、混乱の極みを迎えてすらなお、それでも国や政府や人々は前を向いて歩いている。
いい方向に進んでいる人もいれば、過去に捕らわれて中々歩き出せない人もいるわけだ。
王島聡と木竜が自らの命を使ってでも変えた世界、堆虎達三十九人の犠牲で少しずつ前に進んで行く世界。
その世界を変える役目として俺が彼らの中で選ばれ、結果として俺は世界を救うという役目に落ち着いたわけだ。
「でもさ……急な変革が悪い方向に進むこともあるよね?」
「まあな、それも人の選ぶことでもある。命が選ぶ選択肢に絶対的な答えなんて存在しないと思う。結局はその時、その時の人々が選び取った答えがその時代の正解になる」
「だね。取り敢えず………ここで立ち止まっていても何も解決しないからね」
ジュリの一声で俺達は現実に引き戻されるわけだ。
人込みでごった返している商店街を突っ切る以外の選択肢を探し出そうとするのだが、残念ながら現実は残酷で、商店街の中を進むしかない。
取り敢えず俺達の鞄の中にエアロードとシャドウバイヤを入れておくとして、このまま三人で突っこんでいくと最悪迷子になりそうである。
「でも手を繋いで進むのはな……俺とジュリが手を結ぶならともかく……」
「そこで俺事レクターとジュリが手を結ぶわけですよ……」
「う~ん……その場合は殺人現場が完成するわけなのだが………」
レクターの惨殺死体がその場で完成し、俺がその遺体をせっせと処理している姿を創造し、レクターは身震いが留まるところを知らない。
まあ、冗談だけど……でも、レクターとジュリが手を結ぶのは俺の精神衛生上許さないわけなのだが。
むう………どうするべきか。
「仕方ない……レクターはエアロードの尻尾でも掴んで進むという事で」
「私を巻き込むなよ!? 何故私なのだ!シャドウバイヤでも掴ませていろ!」
「私を巻き込むんじゃない!お前の尻尾でいいだろう!」
俺とジュリの後ろで喧嘩を始める二人の竜、俺達はそれを一旦無視して話を進める事にした。
取り敢えず打開案で俺はカバンの中に入れておいた簡易的な紐を俺の鞄に、もう片っぽはレクターの首に付ける。
「何故首?」
「え?ペット感覚で?その方が俺のダメージ少なそうだし……」
俺はレクターの首に紐を結ぼうとするが、レクターが全力で抵抗するので仕方ないと俺はこの案をいったん取り下げる。
「仕方ないから人混みが少なくなるタイミングを見計らって船着き場まで移動するか……今日中に行けばいいわけだし」
「そうしよっか………ソラ君がそんなにレクター君と手を結ぶのを嫌がるなら」
俺は同性と手を結んで喜ぶ趣味は存在しないのだ。
俺達は近くのアクセサリーショップの中へと足を踏み込むことになったのだが、それは単純に武器ショップや魔導機ショップは珍しさから多くの観光客でごった返しているため、俺達としてはなるべく近づきたくない。
そう言う事で俺達はアクセサリーショップの中へと入っていくのだが、これまた俺達は失敗したと思った。
何故ならジュリ以外にここに興味を示さなかったためである。
「仕方がないから俺達は適当に雑談でもしますか………しっかし、よくもまあエアロードとシャドウバイヤは話を合わせられるものだな」
「まあ、竜には性別的概念が無いからじゃない。ある意味男性であり女性でもあるわけだし……ほら、本人たちが言ってたでしょ。恋愛がそもそも分からないって」
竜には性別が存在しない。
単一で種族を残す生き物であり、それ故に数を減らしているのも事実。
生涯で一人しか子孫を残さないとも言われており、もちろん例外があるわけなのだがそれでも数を減らしてきた竜達。
それ故に基本的に恋愛をしないし、恋愛を知らないことが多い。
彼ら竜からすれば最悪他の竜は殺し合う相手でしか無かったりする。
「まあな………この街は海竜がいるらしいけど……見ないな」
「めったに現れないのかな?俺見てみたいけど……」
「まあ、海竜って両方とも気難しい性格をしているって聞くし……案外人前に現れない……」
そこまで言った所で俺は海竜が姿を現さない理由と、聖竜が人前に隠れている理由に心当たりを得た。
「そうか……聖竜とこの街の海流は今出産シーズンなのか……」
「ああ!そういう事?ってことは今巣穴に隠れているってことか……」
そう言う事でもあるのだろう。
竜達の中には人との関りを断つ竜も珍しくないが、それでも街で神聖化されている竜というのは定期的に人前に姿を現すことが多い。
聖竜とてある程度は人前に姿を現すことも無いわけじゃない。
最も、聖竜は元々人前を警戒して姿を現さないことでも有名であるが、それでもここ三年ほど全くと言っていいほど人前に姿を現さない。
「出産、もしくは子育てシーズンで人前に姿を現す事を嫌がっているかだろうな………。竜は単一の種族だから、子育てや出産でミスをしたら困るからな……。実際神聖化されているような竜は基本は巫女と呼ばれる人達が守っていると聞くし……」
「じゃあ聖竜もいるの?」
「いや、聖竜は基本的に皇族関係者か、場内の防衛を任されている人達で行われる聞くな」
「ああ、帝城の奥深くだもんね」
俺はもう一度ジュリの方を見ると、エアロードに可愛らしい首輪をつけようとしていたり、シャドウバイヤはそれを見て面白がっているなどの光景が広がっている。
貝殻を模したようなヘアピンや、ゴム紐などに手を伸ばしたり、装着してみたり、時折エアロードが実験に付き合わされたりしている。
俺はもう一度商店街の出入り口の方を見ると、商店街の出入り口の方から騒がしい声が聞えてきた。