魂は叫ぶ 2
レクターが野営地中を走り回っているのを俺とケビンは無視し、竜達と合流後ジュリの元へと移動し、そのまま大きなテントの中へと入って行くのだが、中ではライツが何故かジュリから治療を受けていた。
治療を受けながら半分ナンパみたいなことをしているライツの頭をぶん殴ってやろうと思って握りこぶしを造り力一杯振り下ろすのだが、ライツはそれを華麗に回避してしまう。
渾身の舌打ちを決めて俺はライツを睨み付けるのだが、ケビンは治療をしていたジュリに「どうしたのです?」と聞いた。
ジュリ曰く酔った勢いで戦場で派手に転倒してそのまま複数の中国軍兵を一掃したらしく、まあそこそこの戦果を見せつつそのまま治療を受けているそうだが、ぱっと見そこまで酷い怪我のようには見えない。
多分その酔った勢いというのも多分計算でして居ることで、俺達が派手に動き回る事も含めて計算なのだろうと思うと正直に言えば普通に腹が立つ。
この人のナンパ行為といい俺はこんな人に手加減されていたのかと思うと怒りを覚えてしまうが、現状単純な実力だけを言えばこの人は師匠達の全盛期と同レベルなのだ。
経験でも実力でも大きく負けており、俺はそれを魔法名の解放でなんとか同格レベルまで押し上げているだけなんだ。
魔法名『可能性の支配』はその名の通りあらゆる可能性という名の異能を支配してしまうと言う一点であり、それ故に内容が異常なほど多義に渡る。
他者の魔導などを奪い、異能を打ち消し、実際に作り出す。
現状不利な状況下を無理矢理でも好転させる能力でもあるが、逆に言えばこの能力に頼り切っていると痛い目に遭ってしまうと言う事でもある。
結局で可能性の支配がもたらすその能力とその真意は何処まで行っても『可能性のバランスを取る』事だ。
要するに行き過ぎた力を前にすればそれを排除し、虐げられている物には可能性を与えて、何処までも行き過ぎないように生命の可能性のバランスを取る。
それだけ。
俺は少し考え込んで居るのを見つけたジュリが顔を覗き込んで「どうかした?」と聞いてきたので俺は「何でも無い」とだけ答えつつ笑顔を作る。
多分何か考え事をして居るというのは直ぐに気がついたはずだが、俺が詳しく聞かないという部分でジュリもしつこく聞いたりしない。
アクアが此所にいないことに不安を覚えるが、アクアはこの戦いに同行しないと行けないレインちゃんの面倒をギルフォードに代わって見て貰っており、自分の意志で船に残ると言い出した。
そういう点ではあの子も少しずつ成長しているのかもしれない。
「そう言えばレクター君はどうしたの? 何か外から悲鳴が聞えてくるけど」
「気にしないでくださいジュリ。馬鹿が馬鹿をして馬鹿になっているだけです」
「一ターンの間にどれだけレクターを罵倒するんだか。否定しないけどさ…」
「そういうお前も酷いんじゃないのか? まあ、大した怪我じゃなかったから私は良いけどな…そろそろ部下からの報告がある感じかな?」
そう言ってライツはそのままテントから出て行くのを見届けたブライトが顔を服の中から飛び出させる。
どうやら未だにライツが苦手なようで隠れていたようだ。
エアロードはそのまま近くの椅子に座り込んでスマフォゲームをし始め、シャインフレアは何処かから取り出したのか毛布で身を包みながら机の上に座り込む。
何やらシャインフレアは座る動作すら優雅な気がする。
「僕あのライツって人苦手…威圧感がすごいもん。なんか…普通に見ているだけで睨み付けられているみたいで」
「ブライトはああいう人が苦手か? その内慣れていくと思うけどな。まあ…無理強いはしないさ…」
「そうですよ。ちょっとずつ慣れていけば良いのです。大事なのは逃げ続けない様に心がけることですよ。今逃げる事は問題ではありません。ただ逃げる時は心の中に「いつか立ち向かう」と決める事です」
シャインフレアがケビンが用意したココアを優雅に飲みながらそんな事を言い、俺はある意味関心してしまった。
そんな状態でエアロードをジッと見るのだがエアロードは何を言っているのかまるで理解出来ていなかった。
残念な竜だ。
「逃げ続けていて解決することもありますが、逃げていては解決できないことだって在るのです。勝ち目のない勝負なら逃げるのも一手、ただいつか挑むというのも大事なのです。ですから逃げただから逃げても良いのです。ただし後で挑むと決めなさい」
「はい!」
ブライトの元気の良い声が聞えてきた辺りどうやら本当の意味で理解は出来たようで、俺は敢えて詳しく問わないことにした。
これ以上告げては意味は無いだろう。
俺も近くの椅子に一旦座って休憩でもしようと思い至る。
そのまま座るとそれを待っていたかのようにジュリがココアを入れたコップを俺に持ってきてくれた。
俺はそのコップを貰ってから暖かいココアを一口頂く。
エアロードが「私も欲しい!」と催促するのをジュリが同じように今度はエアロードへと持っていく。
「しかし、流石に戦争そのものに参加すると少し疲れるな…なんとうか戦場ではどんなことが起きてもおかしくないから…この状況みたいに休憩が取れるだけマシだって思わないと…」
「そうですね。本来であればこんな所で休む暇なんて存在しないのですから」
「だからこそ今休むことが大事なんですよ。二人ともしっかり休んでくださいね」
「ジュリの方こそですよ。それより何時まであの馬鹿は外周りで騒いでいるのですか?」
もういい加減回復手も良いだろうにと思ってテントの出入り口を見ていると、レクターが力一杯テントへと入ってくるのを俺達は無表情で見守った。
どうやら火傷事態は直ぐに回復したようだが、単純に唐突なことに混乱して騒いでいただけのようだ。
まああんな至近距離で熱々の汁物を全身で受ければ誰でも混乱して騒ぐだろう。
「なんでいきなり…二人も教えてくれれば良いのに! 何故見殺しにした!?」
「失礼な事を言わないでください。単純に私達も気がついたのはあの一瞬のことなのです。そんな状況で貴方を庇う時間なんてありませんし、例えあっても貴方を助けようとは思いません」
今会話の中にケビンの本心が見え隠れしたような気がしたが、俺は敢えてスルーした。
「だとしてもだ! 代わりに身代わりになろうとは思わないのか?」
「思いませんね。なんと身勝手なのでしょうか…これだから生涯童貞は困るのです」
「生涯!? 俺は一生お付き合いないの!?」
「無いでしょう。そんな風に女心もまるで理解出来ない自己中心的な人間にそんな出会いがあるとは思いません。断言します。このままでは貴方は一生童貞です」
レクターが俺の方に助けを求める用に見つけるが、残念な事に俺も否定する要素を持たないので黙って無表情を作り出す。
俺からの助け船がないことに気がついたのか、そのままショックを受けて項垂れるがそれも一瞬のこと。
ホント回復が早い早い。
「だったら無理強いするまで!」
「それを性犯罪と言うのです。本当にしたら殺します。良いですね。先に宣言しておきます。貴方の様な生涯童貞が性犯罪を犯したら私は法律に基づき貴方を殺します」
今一回の会話の中に凄い単語が混じっていたなと思うが、ブライトが首を傾げて良く分からないみたいな顔をしていたので俺は「理解しなくて良い」とだけ言う。
いらん事を覚えなくていいのだ。
こんな事特に竜なんて一生知る機会なんて存在しないはずだ。
するとエアロードが何かを考えるような素振りを見せつつ最後に「ああ…」と呟く。
俺は何かを喋ろうとしているエアロードの口を素早く封じてから「余計な事を言うな」とだけ脅しておいた。




