挨拶から始る戦い 4
俺はケビン達と別れて一階を探そうと適当な部屋へのドアを開けて中を覗き込むと誰も居ない事を視認でも確認して一旦中へと入って行く。
部屋の一番端の窓を覗き込んで入ってきたドアの方へと体を向けると二メートルを超える巨体の大男が佇んでおり、エコーロケーションでも全く反応が無かった事への驚愕を隠しきる。
実際音も無く、エコーロケーションで反応する事も出来ず、静かに俺の後ろに佇んでいるこの男は師匠クラスの化け物だろう。
厳つい顔つきに手入れを全くしていないボサボサ頭、簡易なシャツと軍が着用しているタイプの長ズボンに厚底のブーツを履いていて、両手には指が出ているグローブを付けている。
無表情と言うよりは何処か楽しそうな表情を浮かべており、ドアに付けている背を離して俺の方へと一歩だけ近付いてきた。
その状況で後ろからハンが姿を現して隣に佇む事で俺はこの男こそがアクトファイブのボスであると理解出来た。
「ハン…武装化しろ。邪魔だ」
ボスと思われる男の指示通りハンは一本の刀剣へと姿を変えたのだが、その剣を掴もうともせず男は俺の方から顔向きを変えようとしない。
一体復活して何がしたいのか…何をするつもりなのか。
俺は男から口を開くのを待っていた。
「アクトファイブの古参メンバーを討ち取った組織のリーダーだからどんな厳ついおっさんが出てくるのかと思っていたが、若造か…面白い。良い目をしているな。小僧。ウチに入らないか?」
「は? 入らないに決っているだろ」
「そうか。なら良い人間にでも出会えたと言う事か…ますます気に入ったぞ。そういう人間は将来強くなる。大事にすると良い。その出会いはな。我々人間は出会いでしか強さを証明できないのさ」
「でもアンタはその人間を辞めるんだろ?」
「? ああハンの奴め余計な事を喋っているのか…私は人間だよ。ほら…傷口も治らんだろ? 私は永遠など全く興味が無いのさ。私達傭兵は戦場で生きて戦場で死ぬ。それ以外全く存在しない。死ぬまでが人生さ。ハンが余計な事をしなければジェイドに負けて終わっていただけだ」
こいつは本物の傭兵だ。
プロ精神を持ち、生き死にをハッキリとさせ、信念を全く変えようとせず、戦場で生きるために必要な素質を兼ね揃えた傭兵だ。
ハンが余計な事をしなければここで俺達が出会うことすら無かったはずだ。
男はタバコをポケットから取り出して口に咥えた状態でライターで火を付けた後でタバコの煙を吐き出す。
「ウチの今回のオーダーはモスクワにあるクレムリンに置いてある『最後の楔』を守護することだ。お前達が我々を追い出したければそれを破壊するしか無いな」
「最後の楔?」
「私達は詳しくは知らん。そもそも興味も無い。先ほども言ったが私達は金で仕事を引き受けてそれが終わったら去るだけさ。追い出したければなんとかする事だな」
「今日は挨拶だけか?」
「そうだな。だが…急いだ方が良いな。何せロシア軍の勢いが低下しているそうだからな。モチベーションの低下が理由かな。仕方が無い。ハンがもう少し真面目にして居れば良い物を…相も変わらず気を付けることが出来ない奴だ」
タバコを今度は足下に落として踏みつけることで火を消す。
ボスと呼ばれていた男はハンの剣を握りしめてドアノブに手を掛けてドアをそっと開けていく。
部屋から出て行き最後に俺の方を顔だけ向けて見ながらニヤリ笑い出ていった。
物凄い男だったと言わざるおえない。
「威圧感が凄い男だったな。佇んでいるだけで、存在するだけで鳥肌が立つ奴は久しぶりだな」
「うん。ソラ…怖かった。圧迫感が凄い。軽そうに見えて眼光が凄かったよ…怖い」
ブライトが本気で怯えているのは分からないでも無い。
実際俺は両掌に汗を掻いているの確かめてその汗を拭うと同じように部屋から出て行くとレクターと接触接近した。
何というかあんなプレッシャーを感じた会話をした後なので俺は安心することが出来る。
「なんで俺の顔を見て安堵の息を漏らすわけ? 殆ど排除した? まだまだ?」
「いや…多分排除したのは…」
エコーロケーションで施設中を先ほど調べてみると敵が全部消えており、その代わりにとある『モノ』が施設の中心に集められているようだった。
俺はレクターと共に先ほどまでいた吹き抜けになっている場所まで帰ってくるとケビンや海それを見て唖然としていた。
俺は小さく「やはり」と呟く。
目の前にはこの施設にいた武装集団の死体が山積みになっており、あのボスと呼ばれていた男が排除したのだとハッキリと分かった。
俺達に気がつかないように静かに素早く鎮圧してしまったのだろう。
「これは誰が…」
「アクトファイブのボスだ。さっき接触した。化け物みたいな圧迫感があったよ。すっかりブライトが怯えてしまったよ。ほら…もう大丈夫だから」
「そんなに怖い人なんだ」
「単純な人間と言うだけであれは普通に化け物クラスの実力者だろうな。不死者になろうとしていると思っていたけど、どうやらハンが勝手にしていただけだったようだ。顔を見て会話して思ったよ。あれは不死者じゃない。気迫や佇まいから考え方まで芯に至るまで傭兵だ」
「ソラにそこまで言わせるなんて…あのホークという男以上です?」
「うん。正直に言って実力だけなら師匠クラスかもしれない。全くブレない姿勢と良い…凄い男だとは思う」
「そこまで言わせるのですから恐ろしい人なのは間違いなさそうですね」
あの男が言っていたロシア兵のモチベーションの低下が連合軍の進軍速度を速めているという話しを考慮すればもしかしたら夕方どころか昼過ぎには到着するかもしれない。
早めに行動した方が良さそうだな。
「奴が言うにはロシア兵のモチベーションが低下しているらしい。下手をすると夕方まで持たないかもしれないそうだ。だからレクター…寝る時間は無いから急いでしたくしな。寝るなら列車の中でしろ」
「ブラック企業だ! 俺はこの戦いが終わったら訴えてやる! 睡眠すらまともに取らせてくれない超ブラック会社なんだって!」
「寝ていないのはお前が勝手にしていることだ。今回だって最低限の睡眠時間は確保してあったはずだ。その上でお前が勝手に寝ていないんだろ。あれだけ早く寝ろって言ったのにさ…」
「だって…夜中に突を掛けるなんて聞いてなかったもん! そう…だから俺は悪くない!」
「寝言だな。寝言。寝て言え。聞き流してやるからさ」
「不満がある! 訴える!」
「訴えたらこっちは正面から裁判に持ち込むだけだ。お前が過去に行なった不法行為や問題行動を全て羅列して逆に訴える」
「敗訴は確実ですね。レクター。今のうちにお金の支払いの準備をしておいた方が良いでしょう」
「負けるとは限らないじゃん! それに負けても勝つまで続ける」
「あれって控訴するのに場合によれば金は支払うんですよね?」
「らしいな。絶対かどうかは知らないが慰謝料みたいな感じなら一旦支払ってから控訴してから裁判だからな。お前はそんな金なんて無いだろ」
「……グゥ」
「ぐうの音とは言いますが…今回の場合は出るのですね。諦めなさい。貴方の様な馬鹿な人が勝てるとは思いません。どうせ弁護士から騙されて終わるだけです。借金まみれになりたくないなら止めておきなさい」
「因みに借金を作ったら軍への入る道を失う可能性が高いな」
「絶対に訴えない! 頑張る!」
どうやらやる気を出したようなので俺は良しとしてそのまま建物から出ようとドアの方を見るとドア一体が瓦礫で埋まっていた。
俺達はレクターを見ると彼は『てへぺろ』と誤魔化していた。




