金と欲望が渦巻く街 1
ベルはボウガンがここ数ヶ月行なってた一連の出来事を真っ直ぐな瞳でちゃんと聞き、最後に「なるほど」と呟くのだが、残念な事に彼女が真っ直ぐに素直に感想を述べてくれると思ったら大間違いである。
案の定聞いた感想よりもまずギルフォードの語り部についての感想が先だったし、その後も細かい問いかけをなんどかして俺はベルに「感想は?」と聞く。
ベルは「そうでした」と照れくさそうに頬を赤らめながら「コホン」と咳払いをして一旦間を作り、真っ直ぐな顔をしながらギルフォードの方を見つめる。
「まずは申し訳ありません。彼も決して本心でしているわけでは無いのです。あれは始祖の吸血鬼がボウガンに付けている呪いなのです」
「呪い? それってどんな…」
「……そのまま『生きろ』という呪いです。彼自身は自ら死ぬことが出来ず、死のうとしてもあらゆる事象が邪魔をするのです。彼が生き続けてきたことがその証明です。いくら不死者といえど死なない方法が全く無いわけでは無いのです。不死者は皆死ぬ方法があるのです。ボウガン曰く『吸血鬼は体内の不死力を削りきれば死ぬ事が出来る』と言っていました」
「その言い方ですとボウガンは何度か死のうと試みたとみても?」
「はい。本人曰く相手を挑発して死ぬまで攻撃させたそうなのですか、不死力が削りきられそうになった時ボウガンは無意識のうちに相手を食い散らかしていたそうです。自分でも制御出来ないのです。ボウガンが死ぬためには自分の戦闘能力を超える存在を見つけるしか無い」
「……死ねないか…でもそれって恐らくだがボウガンが無意識でも「死にたくない」と思っているからじゃ無いのか?」
「そうです。心の奥では彼は『生きたい』や『人間に戻りたい』と願っているのです。それが呪いに拍車をかけている。相反する思いは呪いを強める要因になっています。ボウガン自身は本来なら呪いに強いはずなんです。だから本当に抵抗するつもりがあるのなら願えば死ねるはずなんです」
「それが出来ないのはボウガンさんが呪いにすがっているからなんだね。呪いは良くも悪くもその人の精神性や精神の強さが影響を受けるからね」
「そうなのか…魔導とはやはり違うんだな」
「でも、根本は同じだよ方向性が違うだけ。周囲の『環境』の影響を強く受けやすい『魔導』と、使用者や周囲の『人間』の精神性が強く影響を受けるのが『呪術』だからね」
「ブライトさんは博識なのですね」
「エヘヘ…褒められた!」
心の底から嬉しそうに体全体で表現し、俺はそんなブライトの頭を撫でてやると更に嬉しそうにしていた。
ギルフォードの表情が更に悩みの奥へと向っているような気がするが、俺はこの事に関しては何も言えない。
俺のボウガンに対するスタンスは既に決っているのだから。
俺の意見を伝えることが、俺の意志を押しつける行為になりかねない状況なので黙るしか無いのだ。
「魔導も呪術も適応力があるのだと思いますよ。ソラさんはきっとその両方に適応力と抵抗力があるのだと思います」
「まあ…そういう異能ですしね。そのことについては置いておきますけど…」
「そうですか? 私は気になりますけど」
「この辺の食器とか食材とかは無限に湧いてくるんです?」
「フフ。ソラさんでも話を逸らそうと思うのですね。いいえ。この辺のものは定期的にボウガンが持ってきてくれていたのです」
なら俺達が持ってきた方が良いわけだ。
「私はボウガンが好きです。ハッキリと言えます。同時にボウガンに人として生きて欲しいと思っているのです。ですが、私はギルフォードさんの気持ちを尊重します。御免なさい。狡かったですね。考えないでください」
「俺も同じだな。俺が何を言ってもギルフォードに意見を押しつける卑怯な言葉に成るだろうし。こればかりは戦うギルフォードがキチンとボウガンへの気持ちに責任を持つべきだと思う」
「難しい事をハッキリと言うな。そんな簡単に出せる問題じゃ無いだろ」
「簡単な問題だと思うけど? 俺だけを言えばな。いや…彼女だって同じだよ。だって自分の心に正直に答えを出すだけだし、その答えに責任を持つだけだから」
「そうですね。私も同じなのです。彼を信じてあげるだけです。いつか彼を救ってくれる人が必ず現れると」
ギルフォードは俯きながら「そうか…」と放つ。
「俺はボウガンを許せそうも無い。俺の大切な人を殺し、俺の妹を苦しめ、俺の周りの人を騙したことをどうしても許せそうも無い。だが…正直だから殺しても良いのかって言う思いもある」
ギルフォード自身ボウガンとの因縁が多分他の人達以上に深いだろう。
他のメンツはまだ結構簡単に決意を決めたし、そういう意味ではギルフォードとボウガンはやはり複雑だろう。
「レインはボウガンに恨み言を言わない。あいつはむしろボウガンを信じている素振りだってある。俺は…ボウガンを信じない。でも…アンタやソラを信じてみようと思う。あいつを信じたいというあんた達を信じて見たい」
ベルは嬉しそうに微笑みながらギルフォードの両手を握りしめる。
「ありがとうございます! どうかボウガンを宜しくお願いします。彼を…長年の思いから救って上げてください」
ギルフォードは黙った頷き俺達は一旦この空間から出て行くことにし、彼女に「この後何か買ってきます」と言うと、彼女は「お気遣い無く」と微笑んで返した。
俺達は元の部屋へと戻ると、地面にケビンから関節技を決められている馬鹿レクターと目が合い、俺はその顔面を力一杯踏みつけて部屋から出て行き、ギルフォードもそのまま続けて踏みつけて出て行く。
俺達が部屋から出て行くとドアを消えていく。
物凄く残念な声が後ろから聞こえてきたが、俺達はとにかく無視。
ギルフォードは自分の部屋に戻っていくので、俺とブライトはジュリの元へと向うことにした。
「どうしたのソラ君」
「この後買い物に行こうと思うんだけど?」
「夕食の後? それとも前?」
「後だな。ベルって話したよな? 彼女の部屋に何か持って行きたいと思ってさ。どうやらボウガンが何度も持ち込んでいたそうだし…」
「そういうことか…うん。私も付いていっても良いかな? 次の場所へと簡単な食材を作っておきたいし」
「勿論…アクアも行くか?」
足下で手伝っていたアクアが「行く!」と興奮しながら嬉しそうにはしゃぎ回っており、この後更にジュリから報告を受けてきた。
「そう言えばID制度は先ほどアベルさんが撤収させたそうだよ。もう連絡橋を使って移動出来るって…私達は地下街へと向って買い物をしようと思うんだけど…」
「良いけど…どうやって行くんだ? あの道を使って降りるのか? 買い物で買った商品を持って帰れるのか?」
「あのダウンタウンへは別の出入り口があるんだって…あの後教えて貰ったの。そこには連絡橋からそのまま行けるらしくて」
へえ…そうなのか。
まあ、じゃないとダウンタウンの人達がID制度を鬱陶しがるとは思えない。
「じゃあ夕食後にそのまま行こうか…何を買うか」
「決めていないの? ベルって人は何を買われると嬉しいのかって分からない?」
「そうだな…分からないな! 何というか話が常に逸れるから困る。でも、彼女の場合飲み食いはしてもそれは趣味程度に見えるんだよな…」
幽霊だからこそ、あの空間内では飲み食いはしてもそれが必須というわけでは無いのだろうと推測できる。
本とか色々あったのだが、イマイチ趣味が分からなかったというのが本心だったりする。
「じゃあ私に任せて」
その言葉をそのまま鵜呑みにするしかなさそうだ。




