見えざる者の手 10
ドイツで見つけた野心の強い人間だったらしく、名を『ヴィッツ・ボード』という名なのだそうだが、ボウガン曰くこれが本当だという証明は出来ない。
街中を適当に彷徨いていたとき、魔導兵の存在を知った彼自身が実験台にして欲しいと言ってきたそうだが、最初ボウガンは目を見て嫌がったそうだ。
しかし、危機感の薄いジェイドがアッサリこれを了承、ボウガンは『命令された』という言葉を強めに告げながら俺達に説明していた。
なんとなく思って居たことだが、やはりあの男は自分の意思で魔導兵になったそうだが、それでもボウガン曰く成功するかは半々だったそうだ。
今でも魔導兵が成功するかどうかは曖昧だそうで、ヴィッツという男は相当強い信念のようなものが在るらしく、それが結果に反映されたのか男は強い異能を持ってしまったそうだ。
吸血鬼であるボウガンはアッサリと自らの存在を説明してくれた。
「吸血鬼の異能は吸血鬼になった時にランダムで決る。強い意志を持っている者は、その意志が反映される事が多い。ただし、戦闘型かそれとも眷属型かどうかは最初の一人か眷属型で無ければ選べない。俺は元々戦闘型で眷属は本来作れない」
「それをカールとか言う女の力を借りて作っていると?」
「まあな。だから作れるのは戦闘型である以上ヴィッツという男も間違いなく戦闘型であるが、戦闘型は食べないと不死力にならないという点が在る」
それだと想い俺は今後の情報収集をかねて聞いてみた。
「その食べたら不死力になるという話しだ。それって人間以外でもいけるのか? それとも人間で無くても良いのか?」
「良い質問だな。まあ…隠すような話じゃ無いから別に良いが、人間以外でもいけるが、基本人間が一番不死力を上げる方法ではあるな。それに人間以外では味がしないからな…美味しくないし」
やはりそうなのか。
逆を言えばそこまで人を頻繁に食べないボウガンが借りにも吸血鬼として強い力を持っていたり、強力な不死力を持って居るのは頻繁に食事をして居るからなのだろう。
吸血鬼は老化がまず起きない、その上で死なない条件はひたすら食べるだけなのだろうが、なら眷属型はどうなのだろう?
「眷属型も食べた分だけ不死力が上がるのか?」
「知らない。興味が無かったからな。私は三番目に強いから三のナンバーが与えられたが、俺が知っている吸血鬼の中に眷属型はいなかったからな。ナンバーの殆どは戦闘型だったはずだし、俺が知っているのも1と2だけだ。他は知らんし、興味も無い」
「それも問題な気がするが…」
「いずれ君達は戦う相手かもしれないな…何せ封印して居るだけだし」
「今は関係なさそうだからまあ良いけどさ。じゃあ少なくとも眷属を増やしたりは出来ないって事か?」
ボウガンはポケットからチョコ菓子を取り出して一口で食べながら「ああ」とだけ言った。
要するにああして食べているだけでボウガンにとっては不死力を挙げている要因になると言うことなのだ。
阻止してやろうかと思ったが、ここで襲い掛かっては取引が失敗する可能性が高かった。
諦めて肝心の情報を聞き出そうと改めて尋ね直す。
「肝心の能力を聞きたい」
「さあな…何か目覚めているはずだし、お前達の戦闘を見る限り死体を操るという能力と上に視界を置くという能力があるが、あの程度には思えん」
「お前が作ったんじゃ…」
「だから…俺は反対したし、そもそもあのヴィッツという男は秘密主義が強い男なんだよな。強いて言うなら後にカラス越しに聞いた時幾つか異能に名前を付けていたが、その中で気になったのは『見えざる者の手』という異能だな。言いようをそのまま信じればそれが切り札の可能性は非常に高い」
見えざる者の手か…意味深な名前だな。
逆にブラフという可能性もあるし、ストレートに付けた名前の可能性もあるし、カラスに見られて聞かされているという可能性もあるのでなんとも言えない。
しかし、無視しないようにと思って居ると、考えていた師匠がゆっくりと口を開いた。
「その能力。死体を操る能力じゃ無いのか? あの死体を操る能力…見えない者の手で操っているように見えないか? 死体がマリオネットのような感じで操っているという意味だ」
俺はそう言われて少しだけ考え込む素振りを取ると、ボウガンは意味深な微笑みを俺達に向けていた。
そう言われてみればボウガンは計画の全容を知っている人間と言うことになる。
ボウガンは師匠が見えていると言うことになる。
「……ジェイドがアンタには申し訳無いことをしたと言っていたよ。アンタにはアンタなりの役割を与えるつもりだったらしいしな。予想外という訳でもないが、不要な犠牲な一つとみている」
「フン。そんな事を言われても私はなんとも思って居ない」
「そうか。なら気にしないことにした」
そんなことを言うボウガンを見ながら改めて考えてみると、話を黙って聞いていたジュリがボウガンに質問した。
「貴方の本名は何なのですか? ボウガンでは無いですよね?」
「……そうだな。ボウガンは二百年ぐらい前に別の世界のヨーロッパ地方で戦っていた際に付けられた名前だな。君達は知らないだろうが…この西暦を名乗る世界は似たような存在死として幾つかある。ここはその一つというだけだ」
「じゃあ、アンタは何処の出身なんだ?」
「名前は忘れた。と言うか知らない。何せ生まれて二、三歳の時に吸血鬼になったのでな。でも、どこで生まれたのかは知っているよ…」
やはり俺にとってボウガンは敵のようには思えない。
「俺はこの世界の中国地方で生まれたんだ。小さい村だったよ…一夜で滅んだがな」
「今から千五百年前の中国というともう三国志は終わっているよな?」
「そうだな。三国志に出てくるような人間は昔話で聞いたぐらいだな。しかしだ…結局の所で中国の歴史なんて争いの歴史さ…」
今から千五百年前というと丁度『梁』と呼ばれる時代だったはずだ。
十六国時代を超えた後のはずだが、どのみち争いの絶えない時代。
「最も俺の血なんて少し特殊らしいがな。何でも日本からやって来た人間との間に身ごもったのが俺らしい。故に村の中でも俺を嫌う人間は多く、病弱で死にかけていた俺を助けようとする人間はいなかった。だからあの婆は俺を吸血鬼にしたというわけだ」
「それを恨んでいると? でも吸血鬼にならないと死んだんだろ? 俺は吸血鬼という存在を認めるわけには行かないが、アンタの母親は助けようとしたんじゃ無いのか?」
「そうだ…助けようとした。それをあの婆に利用され俺は母親を殺した。殺したかったわけじゃ無い」
そう言いながらカラスの首元を掻いてやるとカラスはどこか気持ちよさそうな顔をして黙って掻かれている。
その時の顔は笑顔なようで辛さを隠そうとしているように見えた。
「吸血鬼にされた人間は体を最も最適化された肉体まで成長改変を余儀なくされる。2、3歳でしかない俺が吸血鬼にあって突然この体があればどうなるか分かるだろ?」
体の成長に使う栄養…エネルギーと言い換えた方が良いかもしれないが、それを無理矢理成長に使えば枯渇するだろうし、それを得ようとすればその辺の食べ物を食い漁るしか無い。
となると、近くにある吸血鬼の食べ物は…人間だ。
ボウガンは無意識だったのだろう。
「俺は気がつけば母親を、そして会いに来た父親を食べていた。二人を食い散らかして俺はようやく気がついた。赤子のような知能なのに、俺にはハッキリと考える能力が、何よりもしてしまった事を理解した。だから恨んだよ。ぶっ殺したいと…でも、俺には出来なかった。そんな時俺は出会った。聖竜と…」
ブライトは驚いた顔をしていた。




