表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
726/1088

見えざる者の手 1

 ノルメス・ウォーンは元魔導協会所属の第一席第十位だった『ウォーン家』最後の人物であり、死んだと聞かされていた人物であったのだが、俺は機竜や周囲からの話から「生きているかも」と聞かされていたし、こうして目の前に現れてもさして驚きはしなかったのだが、彼が現れて一緒の個室に入ってきた結果俺とジュリの間にエアロードがお弁当を持ってやって来た。

 結果俺達の席がえらく狭くなるという事態に発展し、俺とジュリの仲を邪魔しようとしているのではという疑いがかかるが、流石に馬鹿なエアロードがそんな人の気持ちに敏感になる訳がない。

 そう考えて再びエルメスの方を見るが、相も変わらずの笑顔なのだがそれと同時に感じる諦めたような顔をしているのは何故なのだろう。

 俺の隣でレクターや海が居る手前大人しくしている師匠にでも聞けば分かるのだろうかと思って一瞬みるが、師匠は明らかに興味がなさそうな顔をして大きめの欠伸をしている。

 そう言えばと思って俺はある疑問を幾つか聞いてみようと思った。


「どうして『死んだ』って嘘をついたんですか? それとも何か秘密が?」

「いいや…元々私はウォーン家があの立場に居ることに対しては否定的だったしね。君のような才能ある一族が現れたら譲るっと機竜様にはずっと進言していた。死んだ事にしたのは世間と関わりを絶ちたかったからだな」

「どうして…?」


 ジュリの疑問も最もでレクターはともかく海は同じような顔をしてエルメスの方をジッと見ている。

 それは彼が諦めたような顔をすることと関係でもしているのだろうかと思ってはいたが、言いにくいことなら突っ込みづらい部分であって困る。


「別段何か理由が有るわけじゃないけれどね。戦って…護って…罵倒されて…また戦う。そんなやりとりを繰り返している間に…疲れたんだよ。皆から満遍なく好意を寄せられる人間なんていやしない。そんなことは分かっているんだけどね。でも……そう有りたかったな」


 護りたいという想いとは裏腹に現実では誰かからは恨まれ、蔑まれる事だってあれば同時にそれを偽善だと言って非難する人間もいる。

 だが…。

 俺は敢えて師匠の方を見るとそこには小さな竜の姿で大人しくしている師匠、この人と目の前にいるエルメスを比べてしまった。


 どちらも『誰かを護りたい』という想いで生きてきた人間であり、片方はそれを貫き通し、片方は諦めている。

 師匠とて満遍なく好意を寄せられているわけじゃないし、ノックスのようにそれを偽善だと否定する人間だっている。

 だが、俺からすれば…。


「護りたいって想いも抱けずに足踏みだけをしているから非難するんですよ。気にしないで良いと思いますけどね。結局で『誰かを助けたい』っていう気持ちは自己完結する感情でしょうし…俺は評価を得たいと思いませんよ。だって…誰かが笑顔でいてくれればそれでいいわけですし…俺は師匠の背をみてそう思えたんです」


 幾ら師匠が「お前は私の誇り」だと言ってくれても、俺にとっては貴方は何時までも俺の夢なんだ。

 貴方の背をみて追いかけてきて、今も追いかけている真っ最中なのだ。

 遠くたどり着けるとは思えないのに、それを決して嫌だとは思えない。

 それだけ俺にとって師匠であるアックス・ガーランドは夢なんだ。


「君は…大切なことを胸に秘めているんだね。世界の残酷な現実を前にしても君の夢は…現実は決して変わることはなかった…凄いな…」


 その声はどこか漏れるような声だったのは俺にとって少し印象深い事で、この人が前を向く切っ掛けになれば良いと思っているが、この人の何を俺は知っているんだという話だ。

 聞いてみれば良いのだが俺の性格では中々切り出せないのだが、お菓子を食べていたレクターが容赦無く聞いてくれた。


「何かあったの?」


 この馬鹿の時折人の気持ちを全く考えず自らの疑問に真っ直ぐであれる在り方は少しばかり凄いとは思うが、同時に無神経だなっと思う。

 エルメスはどこか照れくさそうな顔をして少し上を向き考えながら喋り出す。


「若い頃から私は正義感が強かった。別段一族がそうである訳じゃないし、これでもある国を守護する一族だったらしく、昔は『守護者』という名で呼ばれていたそうだ。剣竜ともその時の知り合いだと聞いている」

「ウォーン家は剣竜から力を授かっているんでしたね。あれって人に擬態するって本当ですか?」

「本当らしいよ。私自身ちゃんと会った事があるわけじゃ無いが、祖父の話では人に擬態して生きて強そうな人間に片っ端から戦いを挑むと」


 この世の中にはレクターみたいな竜がいるのだと思い知らされた瞬間で、レクターの方をジッと見てみると何を誤解したのかお菓子袋をこちらに向けて「どうぞ」と笑顔を向けてきた。

 別にお菓子が欲しい訳じゃないが、とりあえず貰っておこうと袋に手を突っ込む。

 俺が口にチョコスナックを加えたのをみてそのままエルメスにも袋を向け、エルメスも笑顔で感謝の言葉を口にしながら一つだけつまむ。


「そんな剣竜から授かった力も護る為に使うのだと思って私は疑わなかった。小国を幼い頃に失ってからは魔導協会に所属して戦い続けてきた。護る。そんな簡単なことぐらいは私にも出来るはずだ…と。でもね。戦っても戦っても得るものは相手からの殺意と憎しみだけ」


 戦うと言うことは相手から恨まれると言うことだし、どれだけ綺麗な言葉で表面を誤魔化しても真実は決して変わらない。

 だからこそ戦う力のある者はその力を持つことに対して責任を持ち、どんなときもその責任を抱きながら生きていかなくてはいけない。


「一族なんてそんな者さ。君はウルベクト家という一族に誇りが持てるかい? 不死皇帝ジェイドの友人一家で、同時にそれ故に影から護られ続けてきた。そんな真実を前にしてそれでも君は…」

「持てる。持たないと俺は前に進めない。俺にとって過去は後ろにあるのもので、後ろを向いて出来ることは反省だけ。後ろを向いて反省したら今度は前を向いて歩くんだ。後悔しても、足を止めないでいればいつか夢に追いつけるから」

「夢か…君はその夢が血だらけでも同じ感想を得るのかな?」

「はい。正しいと信じた道を進み続ける。どれけ曲がりくねっていても、血だらけの道だとしても正しいと信じて進めばいつか辿り着くと信じている。俺は師匠からそう学んだ」


 エルメスは今度こそ驚いた顔をして再び俯きながら微笑を浮かべる。


「本当に羨ましいな。君は眩しいよ。私はね…そうは思えなかった。血だらけの真実がそこにあって、目を覆いたくなる理想があって…それを前にして私は何も出来なかった」

「それが普通だと思います」

「ジュリ君…でもね。私には戦う力があって、そうする権利も地位もあったのに…それが出来なかったんだ。君のような太陽な気持ちさえあればね…」

「今からでも遅くないのでは?」


 俺がそう言うとエルメスは驚いたような顔をして俺の方を見た。


「今からでもそうあれば良いと思いますよ。やり始めることに『遅すぎる』と言うことは無いと思います。思い立ったら即行動です。いざ動くときに「もう今更」だとか「今やっても遅い」という言葉を吐くのは目的に向って努力することが怖い情けない人間の言葉だと思います。一度『やる』と決めたのならやるべきです」


 俺の言葉に再びエルメスは笑顔を作るが、その笑顔は決して諦めたような笑顔ではなくどこか前を向くことが出来たようなそんな笑顔だった。


 この人がこの先迎える結末を思えば、俺は正しい選択が出来たのか少しだけ疑問だったが、そんな想いこそが彼に対する裏切りなのだと思えるようになれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ