薬品管理センター攻防戦 9
「君達はエーファ草がどうやってできたのか興味ない?」
ジャンのまるでジョークでも交えるような声にイリーナは苛立ちを、奈美は戸惑いを感じてしまった。
イリーナからすれば「あなたのそんな話に興味はありません」とでも言いたいが、こういう状況になれていないのも事実。
実際どう声を発すればいいのかを戸惑っている間、奈美が代わりに口を開いた。
「それが貴方がここにいる理由に繋がるんですか?」
「まあね。どう?君達はどうやってできたのか知らない?」
「分からないです。でも自然発生じゃないんですか?」
「いやいや。幻覚作用や精神に干渉する副作用がある植物が自然発生するならとっくの昔に発見されているって。この植物は合成で発見された植物なんだよね」
イリーナからすれば「私の奈美ちゃんに軽々しく話しかけてほしくない」という怒りを表面化させ、ジャンはその態度を楽しんでいた。
「でも麻薬でもある大麻も似たようなものじゃないんですか?」
「大麻の大元であるカンナビス・サティバは昔からその高い栄養素から認知されていたけれど、このエーファ草はそうじゃないからね」
「たしか………最近になってマフィア間に広がって来たと聞きました」
「そっちの金髪のお嬢さんは物知りだね。その通り。でもエーファ草事態は前から存在していたけれど。この世界にはこのエーファ草に似た植物は一つも存在しないんだよね……不思議だと思わない?」
そう言われてしまうと二人としても不思議に思えてしまう。
大麻などの麻薬だって似たような問題のある作用のある植物は多く発見されているが、この世界ではエーファ草以外に発見されていない。
「まあ、竜結晶とかいうのが近くにあると周辺の植物や動物が影響を受けて『変質』する事はあるらしいけど、エーファ草は特にそういう特殊な栽培方法をがあるわけじゃないしね。ほら……ここに竜結晶も魔結晶も存在しない」
ジャンは両手を左右に広げてこれでもかと見せつける。
「そう……この植物の出所に僕はすごく興味があるんだよ。だからこの植物を見に来たんだ。もしかしたら……この植物は『カンナビス・サティバ』が原型にあるんじゃないのかってね?」
「待ってください。イリーナやお兄ちゃんから聞きました。そもそもこの世界と西暦世界がつながったのは十六年前。エーファ草ってそんな最近の話なんですか?」
奈美はこれでもきちんと話を聞いていた方だ。
八百年前の貴族内紛の後にこの植物は既にかかわりを見せていたと。
「その通り………要するにこの植物は八百年以上昔に西暦世界から持ち込まれた植物を品種改良されたかもしれないんだよ」
「え?十六年前じゃなないの?」
「そう……もしかしたらだけど。千年以上前からこの世界と西暦世界は繋がっていたかもしれないんだよ。誰も気が付かなかっただけでさ」
奈美は心の奥からゾッとした。
自分達が知らないだけで……もしかしたらこの世界はずっと前から関わって来たのかもしれないのだから。
しかし、そんな言葉で騙せるほどイリーナは簡単ではなかった。
「騙されないでね?確かにこの人が嘘を言っているとは思えないけど本当の事も言っていないよ。結局の話であなたがどうしてここにいるのかを話してもらっていない」
「僕はね……知りたいんだよ。どうしてこの世界と向こうの世界が繋がったのか。僕には意味があるような気がするんだ。この草もそう。もしかしたらこの世界に生まれなかったかもしれない」
ジャンはエーファ草を引っこ抜き匂いを嗅ぐ。
「もしかしたら……それ以外にもあるのかもしれないよ。例えばそうだね西暦世界では『魔法』とか『妖術』なんて言葉がよく名前を覗かせているよね?でも……それだってどこから姿を現したんだろ?もしかしたら……それだってこの世界が繋がっていたからこそ生まれたものなのかもしれないよ。もしそうならこの世界は二千年前から繋がっていたのかもしれないね」
エーファ草をポケットの内側に忍び込ませ、同時にジャンは反対側のポケットから缶を投げつける。
それが何を意味するのかイマイチ理解できなかった奈美、しかしイリーナは素早く反応して見せた。
奈美を押し倒して缶から噴出するスモッグから逃げ出す。
「面白い話だろ?でも……僕は案外本当にあったのかもしれないと思っているんだ。三国志も中世文学もそうやって完成された。実は魔法使いは『魔導士』の事を指し、妖術師は『呪術士』の事を指していたんじゃなかってね。僕はどうしても知りたいんだよ!だからここで捕まるわけ訳にはいかないんだ」
スモッグの奥から逃げ出すような音が聞こえてきた。
奈美は急いでスモッグを魔導機の力で一か所に圧縮し、海の方へと逃がす。
逃げ出したジャンを追いかけていく、肝心のジャンもメメから来た突然の電話に適当に返すだけ。
「しつこいなぁ………男性が必死になって女性を追いかけるのは分かるけどさぁ。女性が必死になって男性を追いかける何て女々しいと思わない?」
「女性からのアプローチをあれこれしながら逃げ出す男性は最低だと思いますよ。男性なら潔く」
「ははぁ!それこそ偏った意見だね。偏見と言ってもいい。そうみると偏った意見で偏見なのかもしれないね。日本人はうまい言葉考えたものだよ!」
ジャンは足元に新しい缶を落とし、今度はピンク色のガスが場を満たそうとしており、奈美は手慣れた手つきでそれを海に逃がしていく。
ジャンは缶を前方の壁に投げつけ、缶は壁に当たると泡を吹き出していきながら固まっていく。
固まった泡を足場にして昇っていく。
「いいやぁ。僕は逃げるのは得意じゃなくてねぇ。出来るならここで引いてくれないかな?ほら……僕はか弱い人間だからね」
「か弱い人間はアメリカ合衆国から逃げきれるとは思えませんが?」
「そっちの日本人の女性は随分鋭い攻撃力を持っているね。口撃力かな?この場合」
「くだらない言葉遊びをするならここで………♪♪♪」
イリーナは立ち止まり口を大きく開けて歌声を放ち、壁をよじ登っていくジャンは上から笑いながら缶を落とした。
「馬鹿だねぇ……君の事もとっくに情報は入手済みだよ。君は歌声に力を籠める事で力を発揮することが出来る能力者。この能力は機械を通してでは効果を発揮しずらく、基本イヤホンなどで遮れば可能だろ?」
「イリーナ!歌声駄目!」
奈美は魔導機を操作しながら目の前に落ちていく缶から噴出されるガスを圧縮していく。
「へぇ……君は魔導機を扱うのか…でも、この距離で攻撃を仕掛けてこないという事は攻撃力はあまり高くないか、そもそも苦手か?」
ジャンは壁の向こう側へと逃げていき、奈美とイリーナは追いかけるように壁をよじ登る。
壁の向こう側は港口になっており、ジャンは船で逃げ出そうと桟橋を走っていた。
「私が歌を歌うタイミングを計っていた?」
「たぶんだけど。イリーナが歌う時だけは空気を思いっ切り吸わなくちゃいけないから、そのタイミングならガスを使えば効果的だと知っていたんじゃないかな?あの人……イリーナやお兄ちゃん達の情報をきっちり入手しているんだと思うよ」
桟橋を駆けていき、目の前に広がる海と無数の船。
「どの船に乗ったんだろ?」
「船に乗ったのかな?前にお兄ちゃんが言っていたけどあの人たちは海に飛び込むことで逃げることが出来るって聞いたよ?」
「ううん。それは無いよ。海に落ちたのなら私が聞き分けるし、それに水面だって今日は穏やかだから」
「なら……ここにまだいる?」
「たぶん逃げない理由があるんだと思うよ」
二人は来た道を振り返り、桟橋と船を入れるための倉庫を睨みつける。
「ここにまだいるよ」