錬金術師の戦い方 2
アベルにとって何が正しく何が間違いだったのかなんてことはもはやどうでもいい話で、今更どう後悔しようと何も変わりはしないのだから。
でも、それでもあの日アベルは交渉など殆ど意味が無いと判断して掛かっていった。
それがベルナ一族との間の亀裂を埋めることが出来なかったし、何よりもそれがベルナ一族を壊滅させる事に繋がった。
いくらでも方法や手段が存在していた訳だし、それを無視して壊滅することだけを考えたのはアベル自身。
あの頃のアベルは大切な人達を失ったという反動から誰かに気を使う事が出来ないでいたし、何よりも敵であると見定めた者に手心を加えることなんて存在しなかった。
だが、なら何故自分はあの日彼女を見逃そうと思ったのか、何を考えていたのかを自分で良くは分からない。
ガーランドなら別の解決策を用意しただろうし、サクトならそれこそ容赦無く襲いかかったかもしれないし、だが二人とも良くも悪くもその場の決断で一々後悔なんてしないという点では共通している。
アベルは一回一回後悔しては後ろめたい感情を抱き、それがあの二人とは違うところなのかもしれない。
シャドウバイヤは黙っているアベルの後ろから付いていき、アベルは放り投げている自分の制服を取り出してからルーブル美術館へと歩き出す。
何度も何度も後悔しては後ろを見ながらまた前へと歩き出すのだと分かっているが、アベルはそんな自分が嫌では無かった。
シャドウバイヤはそんなアベルの姿を何時だって見てきたつもりだった。
過去の過ちに後悔をしながらも何時だって前に進む事だけを考えているのだから。
矛盾を抱きながら進む姿は、何度も何度も迷いながらも進んで行くソラとどこか似ているようでもある。
もっとも、ソラの強さはガーランドに似ているのに対し、どこかあっけらかんとしているのはレクターに似ていると思うシャドウバイヤ。
「そうやって何度も何度も後悔しては無闇に前に進む癖いい加減直せよ。鬱陶しいからな」
「お前は私の味方をしたいのか、私を罵倒したいのかどっちだ?」
「味方をしているつもりだ。お前やソラにも言えることだが、一々ウダウダと後悔しては何でも無いと思わせつつ長いこと後悔を続けているのはどうかと思うぞ。エアロードみたいにアッサリしろとは言わんが、十年以上前の話なら少しは解決したらどうだ?」
「私は気にしていない。ベルナの一族がどうなろうと私は全く気にしていない」
「ならどうして壁に右手をついて辛そうな表情をするんだ? 物凄い気にしているじゃないか」
「気にしていない。全くな。ベルナ一族は自業自得だと思っているし、自分が交渉しても解決できなかっただろう」
「まあ。お前はソラ以上に説得が苦手だから。お前の説得は拳から始るしな。説得では無く説教だもんな」
「まあな…得ではなく教えが先に来るから」
「上手くないからな。説得を覚えたらどうなんだ? サクトにでも教わってキチンと説得を…」
「あれが説得すると思うなよ。あれは説得する時間があるのなら殲滅すべしという心情をモットーにしているんだから。敵に容赦はしない。あれが容赦をするのは味方だけ。『敵には弾丸を。味方には慈悲』があいつのモットーだ」
「お前達は良く軍としてやってこれたな。ガーランドの奴も多少問題を抱えているだろうし…何で軍でやってこれた?」
ガーランドは救う事を優先するあまり勝利を優先しない、サクトは勝利に貪欲であるからこそ時に周りが見えなくなるし、アベルは戦いに集中すればするほど後で後悔する。
「でもまだ帝国三将の中でサクトの方が真っ当に見えるけどな」
「まあ…否定せんさ! 戦いに関してだけストイックと言っても良いスタンスだが、同時にそれ以外だと割と真っ当な人間なんだよな。敵陣に突っ込んでいってそのまま敵を説得して寝返らせたという伝説があるぐらいだしな」
「お前は軍のトップをサクトに譲った方が良いんじゃ無いか? お前むいていないだろ」
「なら断る! 私は天邪鬼なのだ!」
「自分で自分のことを天邪鬼だと言う馬鹿を私はお前ぐらいしかしらな…いやエアロード辺りも言いそうだな」
シャドウバイヤの言葉を聞き流しながらアベルは上着を羽織りながら自分の脇から流れる血を止血するためにポーチから治療道具を取り出す。
出血を止めた後包帯で止血してから改めてギルフォード達が消えていった方向へと向って歩き出すと、境の向こう側からレインが姿を現してアベルに抱きつく。
「大丈夫? 戦闘音が無くなったから心配できた。無理してない?」
「ああ…」
レインはずっと待っていてくれたのだと思うとレインの無邪気さにどこか救われるような気がした。
ソラが息子なのだと分かったとき、妻と娘と出会ったとき、自分が孤独じゃ無いと分かる度に感謝したくなる事が多かった。
多くの人は異世界同士が繋がった事に不幸を感じていたが、その反面アベルのようにそれに感謝を抱いている人もまた多い。
繋がる事を大切に生きてみても良いかもしれないと思うようになった。
「大丈夫? アベルさんが無茶をするからってソラのお兄ちゃんからよく見ておいて欲しいって頼まれたの」
「そうか…」
誰かと繋がる事で人は強くも弱くもなるし、何よりも前に進む事が出来るのだとアベルは良く理解が出来た。
昔の彼はこれ以上の繋がりが出来ることを嫌がっていた。
「どうしたの?」
「いいや。昔の私は繋がりを作ることを嫌がった。繋がりが出来る度に失う事を恐れを抱くようになる。だからそれがどうしても理解したくなかった。だが、妻子が出来て…繋がりが強さになると理解出来るようになった」
「だから……昔の過ちを後悔しているの? オジさんは」
「かもしれないな。後悔はして居てもきっと反省しないだろうし、今更だとずっと思って居る。だからこそ…」
自分の過ちをキチンと終わらせたいと願っているのは間違いが無いが、それが正しいと思ってすらいない。
「オジさんならきっと解決方法が見つかるよ。だってオジさんはソラお兄ちゃんのお父さんなんだから」
ソラは何時だって前を向いて生きてきたし、どんな後悔もソラは受け止めて進んできた。
それはガーランドを見て育ったからなのだと思うと心の底から悔しいとも思うが、同時にガーランドには無いしぶとさはアベル譲りなのだと思って居た。
「だってソラのお兄ちゃんの諦めない所はお父さん譲りだもん。アベルさんもソラのお兄ちゃんも『絶対に諦めない』とモットーにしているもんね。どんな過酷な運命の中に居ても切り抜ける事が出来るって知っているよ」
「君は何でも知っているんだね」
「えへへ。オジさんも大好きだよ。ガーランドさんもサクトさんも皆……大好き」
レインの言葉に少し抱け救われた気がしたアベル、優しくレインの頭を撫でるアベルを端から見ていたシャドウバイヤにはソラと重なって見えた。
「やっぱり親子だな。似ているよ…」
ソラはガーランドの「皆を救いたい」という気持ちに憧れを抱き、アベルはそれを理解出来ずずっと苦しみながら闇雲に進んできた。
時に過ちを犯し、後にそれを後悔もしたけれど。
前に進む事だけが彼が出来るたった一つの行動だったから。
「前に進まないとな。人生は前にしか進めないからな。後ろを見ても過去の自分の行いを確認することしか出来ない。だから前に進むんだ。未来を変えるためにな」
きっとこれからも自らの過ちを後悔するだろう、そのたびにきっと何度も何度も足を止めそうになるだろう。
でも、自分を思ってくれる人がいる限り前に進むとこの日アベルは誓った。




