あの日の過ちを知るもの達 9
アベルはこの女性と出会った事は無い、後にそのような少女がいたらしいという情報を手に入れたが、手に入れたときは彼女の身は確認できなかったし、時間経過が過ぎていた事もあり死んだのだろうと判断された。
と言うのも彼らの里は人里から大きく離れており、交通手段も歩く以外に存在しない中では幼い少女が助かる可能性は低かったという判断。
錬金術事態は皇光歴世界でも珍しい力では無かったが、人体を他の物質に錬金出来るというのは恐ろしい上、彼らは実際に人体錬成までも手を付け始めていた。
このまま増長すれば間違いなく共和国は兵器として運用し始めると判断が下り、アベルがその討伐もしくは説得をするという役目を逐うことに。
しかし、アベルは説得をする事を彼らを遠目に見て止めることにした。
彼らにはもはや会話すら危ういほどの錬成に命を賭けていると行動だけで判断が下り、もし此所で対話をしようとすれば不要な犠牲が出るかもしれないと考えたらひたすら怖かったのだ。
錬金術を相手にするのは初めてのことだったと言う事と、当時アベルが開発したばかりのとある技術を持って一瞬で駆逐した。
それが彼女の…ベル・ヘルナはまだ幼いからこそ錬金を使った事も無かったが、父親はもう少しすれば彼女にも錬金術を教える予定であった。
それがベルナ一族の命運を分けることになった。
その日ベルは幼いながらに早く起きて村の外れに造った井戸へと歩いて移動していたが、そんな時ベルの瞳に微かにアベルが映っていた。
しゃがみ込んで何かを動かしている素振りを見せたが、幼いベルにはそれがなんなのか分からなかった。
歩いて水をバケツ一杯に入れた状態で父親の元に戻ってそんな話をしたとき、父親の表情が一変したのを今でもよく覚えている。
幼いベルを抱えて物置まで連れて行き小さな声「私が良いと言うまで出てはいけない」とハッキリと告げられた時の恐怖は今でも彼女の心に刻みつけられた。
そんな時そっと開けたドアの隙間から覗き込んだ光景、父親が錬金術を使っている光景とその後にやって来た眩い光に目が眩んだ。
ベルは何が起きたのかとゆっくりと目を開けるとそこにあったのは黄金に変わり果てた父親の姿。
足がすくみ悲鳴を出すことも出来ないままその場で膠着してしまったのだが、そんな父親の近くに歩いて現れたのが大剣を持っていたアベルだった。
ベルの目にはその姿は悪魔のように見えたに違いないが、恐怖や憎悪を抱きながらも周りを確認するように見回すアベルから隠れるように藁の山の中へと体を突っ込んで隠れた。
(怖い。怖い。怖い。怖い……パパ…ママ…)
何度も助けを乞うような祈りを一体何時間繰り返したのかはベルにも分からなかったが、意を決して藁から出て行くと、倉庫の出入り口が壊されており外の風景が丸見えだった。
恐る恐る出て行きながら父親の黄金像へと歩いて行くと、冷たく冷め切った体をしている父親と、その後ろで同じように構えている母親の黄金像。
村の人達も家から出てくるような人から様々で、それを見ただけでこの村を襲った悲劇を身に染みて理解出来た。
アベルの姿だけはベルの瞳に残り村をフラフラした足取りで逃げていったのは、遠くからではあるが軍の音が聞こえてきたからだ。
村から出たことのない彼女からすれば聞き慣れない音は全て恐怖の対象だったし、何よりも早く村から出て行きたかった。
飲まず食わずを繰り返し最後には歩くどころか呼吸をする事すら難しくなっていき、周囲を肉食の獣たちに囲まれた所でベルは生きることを諦めた。
そんな獣たちを駆逐して現れたのがアクトファイブのリーダー『ハン』だったのだが、ベルにとっては救世主のような存在のように見えたのだ。
ハンはベルに住む場所、仕事をする環境を与えてくれた。
錬金術に関する資料も全部村から集めてくれた上、勉強にも根気よく付き合ってくれた事を今でもハッキリと感謝している。
この戦いが起きると知った時自らアベルの居るであろうパリを担当すると志願し、アベルが来るのをずっと待っていた。
家族の、村の皆の仇をとることが出来るこの場面をずっと待っていた。
アベルはあの時のことを思い出せば何時でも苦しくなる。
何度も思い出しては苦い表情をしなくてはいけないし、何度も思い返しても「もっと良い方法が自分には合ったのでは無いのか」と後悔を繰り返している。
無論現場で最適だと思う判断を下したつもりだし、それについて上からのお咎めはまるで無かった。
アベルがこのとき任務として受けた内容は『ベルナ村を訪問し共和国への協力を取りやめるようにと交渉し、それが不可能であれば排除せよ』であり、あくまでも交渉を優先せよという無いようだった。
しかし、アベルが上層部へと報告を入れた時「交渉はしなかった」と告げその上で「排除した」だけ。
皇帝陛下はこの一件を咎めることはしなかったが、その理由は比較単純な理由で、その一件を見ていた存在が居たからだ。
その人物は何故アベルがそんな事をしたのか、何故攻撃を仕掛けたのかも含めて一部始終をきっちり目撃していた。
アベルは決して交渉しなかった訳じゃない。
アベルはキチンと交渉していたのだと言うことも、それにベルナの一族が応じなかった事も、アベルはそれに対してしかるべき手段で応じた事も知っていた。
しかし、それでもアベルはそれを正確に報告はしなかったが、その理由は『ベルナ村の住民達が既に人体錬成まで手を出していた』という真実と、その為に共和国が協力していたという証拠を手に入れてしまったからだ。
それを上に報告することは容易いが、そうなった場合ベルナ村に攻撃の派遣が下されるが、その為に出る被害を考えたときアベルはそれを無視できなかった。
ベルナ村の住民達がそのまま生かされれば、近くの村や集落だけで無く下手をすれば帝国民にまで被害が出るかもしれないと考え、その場で即席で対応しようとした。
単独行動したのもアベル自身瞬時に無力化しつつ駆逐する手段が危なすぎて、同時にアベルにしか扱えないような手段だった事、もし失敗しても自分の戦死を切っ掛けに部下が応援を寄越すことが出来ると考えたからだ。
錬金術師という未知の技術を持つ人間達、混戦になった時どんな戦法で来るかが分からない。
だからこそある程度策が見えやすい手段を選び、且つ被害が最低限で終わるようにと自ら過ちを背負いながら作戦を実行に移した。
そして、それをシャドウバイヤはしっかりと見ておりそれを聖竜を通じて皇帝陛下が耳にしていたからこそ皇帝陛下は敢えて不問に付すと告げた。
アベル自身がそれを黙っていることなら自分が何か告げ口をする事もしないし、あくまでも上層部の判断も「当事者に任せる」を貫いていたため、皇帝陛下の意見に反論出来なかった。
元々影身の存在でもベルナの一族が消えても表向きには事件には出来ないのは共和国も同じ事で、それを利用するという算段。
「だが…これは私の過ちだ。あの時…他に方法があったにもかかわらず、幼い命が生きていると分かったのに自分は任務を優先した。幼い少女を見殺しにしようとすらした」
アベルがベルの存在に気がついたのは彼女が去った直後のこと、アベルは前来たときからの変化に気がついた。
藁が真ん中から崩れており、村の所々に藁が落ちているのを確認したからだ。
しかし、敢えて追求はしなかった。
助けると言うこともしなかったのだ。
「あの時キチンと殺しておけば良かったと後悔しても遅い。だから……今度こそキチンと殺そう。それがベルナの一族の罪の清算であり、私の過ちなのだから」
アベルは覚悟を持って大剣を握りしめる。




