あの日の過ちを知るもの達 8
英雄譚なんて物をジェイドは幼いウチはまるで信じていなかったし、何よりも不死者と戦うようになっても信じることは無かったが、それでもジェイドにとって最初の英雄は間違いなくウルベクトの一族だった。
誰かの為に常に力を発揮し、辛い事があっても苦しい事があっても泣き言一つ言わず最後には前を向いて進み続けていく者。
決してそこにあるのは勇気ではない。
勇気ある者を人は勇者と呼ぶが、彼らのそれは決して勇気から来るのでは無いのだとジェイドはよく知っている。
勇気では計り知れない力がこの世界には存在し、それは決して目に見える物でも感じるれるような力でも無い。
誰かと繋がりたいという願いや誰かの為に奮い立つ力は時にこの世の法則を越えるのだと今でも真摯に信じている。
だからこそそれが生かされるかどうかがこのパリの一戦に掛かっているのだと思い敢えて無視を続けていた。
メメントモリと初めて出会った時から彼は人の持つ可能性を無視してきており、それを信じるジェイドとしてはあまり良い傾向に見えなかった。
メメントモリはあくまでもコンピューター、演算して結果を出すだけの存在に過ぎないからこそ想いが生み出す力をあまり信じていない。
人は時に思いも寄らない力を発揮することがあることを、それは時に自分達を苦しめるほどの力があることを。
しかし、最終目標を考えれば別段とがめることでもないので無視する。
「まあ…せいぜい戦うと良いさ…抗争こそが本計画を進める原材料なのだから」
そう言いながら彼はとある丘の上にいたが、そんな中で彼のスマフォが鳴り響き何かを告げているような気がしたジェイドだった。
モンマルトルの丘を降りていった一行はそのまま近くの杭を抜くために行動を始めたが、近くの杭というのはルーブル美術館の奥に刺さっていることが分かった。
問題なのは芸術品が多い場所なうえ再建されたばかりの場所を戦場にするのは流石に気が引けたが、背に腹は代えられないということになり結果こちらから向うことになった。
問題なのはルーブル美術館を解放した後はエッフェル塔に向いたいという事だが、レイン曰くこのエッフェル塔と凱旋門とベルサイユ宮殿からは特に強力な結界を張ってあると言うことが分かっている。
と言う事はこの三つのどこかに不死の軍団が配置されているという事は想像に難くなかった。
この三つに関しては今までの方法では通用しないだろうとアベルは推測しているが、逆を言えばこの三つさえ解放してしまえばパリを解放することは出来るだろうと予想出来た。
「迷路化して我々をパリに閉じ込めている理由を問いただす事も大事だが、どうにも事が大きすぎる気がする。それ以外にも何か理由があるのだと推測できるが…それはジェイドにでも聞かないと分からないかな?
アベルは歩きながらそんな事を呟き、スタスタと歩いていると後ろから殺気をハッキリと感じ取り後ろを向く。
両端に矛が付いている槍を振り回して姿を現した一人の女性、アベルはそれを見た途端動きをピタリと止め、驚きのあまり敵からの攻撃に反応することに遅れてしまった。
槍の先端が急に伸びていくとアベルはその攻撃を大剣の側面で受け止める。
しかし、両足を踏ん張る事に失敗してしまいそのまま遙か後方へと向って吹っ飛んでいく。
数台の車を巻き込んで飛んで行くアベル、ギルフォードはレインを抱きしめて一旦左側に移動して行き、湊はシールドを作り出して攻撃を仕掛けていく。
竜達は各々物陰に一旦隠れるが、殺気を放っている相手が先ほどからアベル個人のみという状況に誰もが戸惑っていた。
湊が放つシールドによる攻撃を全部矛で弾き落としながらアベルへと向って接近していくが、それをギルフォードが炎の双剣による連続斬撃攻撃で阻止する。
「どきなさい。そうしたら殺すのだけは止めて上げる」
「上から目線が気に入らない。そもそも何故そこまでして憎悪をあの人に向ける」
女性は何も話さない。
ギルフォードはしっかりと彼女の姿形をジッと見極めていく、短い癖の全く無い黒髪に合わせるように黒い男性用のスーツに身を包んだ女性。
槍も黄金で出来ているのではと思わせるほどの輝いており、その瞳は憎悪を秘めているほどの真っ黒な目。
「…貴方には関係の無い話よ。これは私とあの男の話。この話に割って入るのなら容赦はしない」
ギルフォードの炎の双剣を上へと弾き横薙ぎに力一杯振るのだが、ギルフォードは小さくジャンプして空中で体捻りながら攻撃を回避しつつ女の頭目掛けて右側の剣を振り下ろす。
女性はその攻撃を半歩下がる形で回避し振り抜いた勢いの槍を一旦脇まで戻しつつそのまま突き刺してくる。
ギルフォードはしゃがみ込んで攻撃を回避しながらも炎の双剣で切りつけるが、女性は攻撃を槍を振り上げることで打ち消す。
「お前達は先に行け! この女は私が相手をする」
吹っ飛んでいたアベルからそんなことを言われて全員がアベルの方を見ると、右脇腹から出血しているアベルが上半身裸の状態で佇んでいた。
脇には即席で処置したのであろう止血の痕があり、アベルは女性に対してあくまでも軍人としてのスタンスを貫く姿勢を見せる。
鍛え抜かれた肉体を持っているアベルは大剣を片手に握りしめながら女性へと向って近付いていくが、ギルフォードは果たしてこの人を置いて先に進んでも良いのかどうか判断出来なかった。
明らかに今のアベルは精神的にあまり良い状況とは言えないのは確か、間違いなくこの女性との間に何か問題を抱えている。
しかし、アベルの言葉を無視すればアベルがどんな行動をとるか分からない。
ギルフォードは少し遠くから現場を見ていたシャドウバイヤにこの場を任せることにし、急いでレインを脇に抱えてダッシュでルーブル美術館へと向って移動していく。
「貴方を殺したくて…殺したくて……たまらなかった。あの時貴方は私の父を殺し…のうのうと生きている。アクトファイブに拾われなければ私はあそこで死んでいたかもしれない」
「……あの時の子供がよくもまあ成長した者だ。てっきり死んだと思っていたから」
「でしょうね。でも、生きて帰ってきたわ。貴方を殺すために……ぶっ殺す為にね!!」
槍をもう一度伸ばしていきアベルの心臓を狙って行くが、アベルはそんな攻撃を姿勢を低くして回避するが、女性は槍を下に向って叩き付けるように攻撃を仕掛ける。
アベルの背中に強烈な一撃と共に痛みが走り、同時に動きにくさを感じてしまう。
槍を元の形に戻していき「フン」と息を吐き出す女性。
「私の父の戦い方を忘れた訳じゃないでしょ? 錬金術の一族であった父が最も得意として居た物理法則を無視した錬金術。流石にあの炎には効かなかったけど…いくら何でも体勢があると行っても、二連続で受ければ…」
アベルがゆっくりと立ち上がると脇から流れていたはずの出血が止んでおり、止血用に巻いていた布を取っ払うと傷口が黄金色に変わっていた。
後ろが見えないアベルであるが恐らく背中も所々は小さな黄金に成っていることは間違いない。
「よく覚えているよ。不法な黄金を錬成し共和国の金銭面で支えようとした一族。ヘルナ族の末裔。全身を一気には無理だが、回数を重ねて部分的に錬金を行う一族。君は…ベル・ヘルナ」
「へぇ…知っていたんだ? それとも後で調べた? でも安心して…ここで全身を黄金にしてぶっ殺して上げるから!! 貴方が私の父にしたように!」
アベルはかつてある方法を使って彼女の父に勝った。
しかし、まだ彼女は知らない…その戦いをどうやってアベルが切り抜けたのかを。




