相棒 4
ギルフォード達は迷うこと更に十分、すっかり諦めて連絡を取ったギルフォードは迎えに来て貰おうという話になった。
その間手持ち無沙汰になってしまった二人は近くのお店で時間を潰そうという話になり、近くにあった小物を扱う小綺麗なお店へと足を踏み出した。
少々狭いお店だが歴史を感じる雰囲気でアンティーク物から最近の小物まで取り扱っており、見ているだけで時間を潰せそうだとギルフォードは思い近くにあるオルゴールに手を伸ばす。
綺麗な木製の小箱に入ったオルゴール、外箱にはウサギが刻まれていて買おうかどうかで少し悩んでしまう。
すると後ろから見ていた湊が渋顔を作りながら少し弾いていた。
「何? そんなオルゴールを買うような趣味を持っていたの? 正直引くんだけど」
「妹のお土産だ。飛空挺で大人しくしているだろうし…綺麗そうな小物でも買ってやれば少しは…」
そんなことを言いながらベットの上で眠り続けているレインを思い出す。
時折起きて元気そうにしているが、それでも無理をして居るのがギルフォードにも分かってしまうほど時折表情に出すレイン。
やはりどれだけ気丈に振る舞おうと辛いモノは辛いのだ。
「何か病気?」
「……そんなものだ」
詳しく話す気は無いし、何よりそこまで気を許していない。
未だにギルフォードは彼女が敵である可能性を排除していない訳じゃ無いし、何よりも出会ったばかりの人間に自分の境遇を話して同情を買うつもりも無い。
同情してレインの体が良くなるならそうするが、そんな事は天地がひっくり返ってもあり得ないと分かっているからこそ口を紡ぐ。
湊は少し遠くにある棚の上から二段目にあるティーカップを発見し手を伸ばそうとするが、高い場所にあるためか手がまるで届かない。
苛立ちの表情を浮かべながらなんとか取ろうと背伸びをしてつま先立ちをしながらようやく手を付けるが、その途端突然の重みにバランスを崩してしまった湊はそのまま後ろに倒れてしまう。
それをギルフォードがそっと支えるように後ろに現れた。
「背が低いのに高い物を取ろうとするからだ。俺に言ってくれれば少しは手伝ったのに……」
「…先ほどから距離を感じたから。ウチのこと信じていないんでしょ? まあ、証明できると言っても、その証明が通用しないなら仕方が無いし…」
ギルフォード自身が距離を開けていることにはなんとなく気がついていた湊、お互いがお互いに距離を開けておりそれが自然とギクシャクする理由になっていた。
だからと言ってお互いに距離を埋める方法がイマイチ分からない。
「妹さん…本当に病気? ウチでもここ数日起きた出来事はある程度把握しているし、特に京都大阪方面の動きはしっかり把握している。貴方が竜達の旅団のメンバーなら貴方の妹にも心当たりがある。それは本当に…」
「病と言えば病だ。治療する方法が全く存在しないという病だ」
「……ならどうしてそんな複雑そうな顔をするの? そういうときは絶望的な顔をするものでしょ? なのに貴方はどこか複雑そうな顔をしている」
ティーカップを触って感触を確かめながら喋る湊、ずっと歩いていて思って居たこと、時折する複雑そうな顔。
それは決して血路が見えていない人間の顔じゃない。
それは見えているがそれで良いのだろうかと悩んでいる人間の顔。
「……憎んでいると言っても良い奴がいて、そいつを殺せば治ると分かっている」
「ならそうればいいじゃない」
「でも…そいつは本当の敵じゃない。その上そいつにはまだ救える道がある。もしかしたらそいつは妹を殺す気は無く、あくまでも自分の目的を果たすために一時的に利用しているだけ、それでも利用したことは許せない。現に妹は苦しんでいる」
「鬱陶しい。結局なんなの?」
「………妹も、俺の仲間もずっとそう言い続ける。『ボウガンにはまだ人間に戻る可能性がある』っと。本人が諦めようとしている可能性があり、それをするためには説得するしかない。でも…俺はそれが出来るかどうか分からない」
ある意味仲間と思っていた時期もあり、でもそれはボウガンにとって都合が良かったから接していただけで他には何もない。
裏切りと憎しみを抱えて今もこうして生きている。
でも、何処までがボウガンの本心で、あの時見せた切ない顔はボウガンの本心なのかと今でも微かに悩んでしまう。
妹ですらボウガンのことをまるで恨んでいないし、ソラは自らの憎しみを越えて行く姿を見て自分とボウガンにもそういう道があるのかと少しだけ悩むときがあったギルフォード。
「お前には殺したいほど憎い相手が居て、そいつを許してやることが出来るか?」
誰に向けたわけでもない言葉、きっとそれはギルフォード自身が自分に向けた言葉なのだろう。
しかし、その言葉を受け考えた湊がハッキリと出した答え。
「私には出来そうにない。私は聖人君子には慣れないし…でも、もし自分の身内にそれを願う人が居たら悩むかもしれない。だから、戦って……「あ、こいつは駄目だ」って感じるようなことがあれば…多分ウチは殺すと思う。結局は悩むことしか出来ないしね。アンタだってそうなんじゃない? だから今も悩んでいるんでしょ?」
今もこうして悩んでおり、その理由は何処まで行っても妹の為。
『お兄ちゃん。許して上げてね。こうするしか無いんだよ。あの人の目的を達する為にも、誰かが人柱になるしかない。私が一番適しているだけ。だからあの人を許して上げて』
そんなことを言えるレインをギルフォードは正しく聖人君子のような者のように思えたが、そんなことは無い事ぐらいギルフォードだって分かっている。
本当なら「苦しい」と叫びたい気持ちを抑え、辛い事に泣き言一つ言わないのはレインにはボウガンの本質が見えたからなのかもしれないと。
それはきっと『本質』であり『本心』でもあるのだろう。
しかし、それは残酷な事だとギルフォードは何度も思う。
「それに、例え許せたとしてそれがその人のためになるかどうかは別じゃないかしら? そうでしょ?」
何がボウガンのためになるのかそれを判断するのは結局で殺すときにしか下せない。
「重要なのはアンタが自分自身の心に問いかけた答えを自分で出すことじゃない。それも、戦って…殺し合って…最後の瞬間に出す必要があると思う」
湊の言葉を受け改めてソラを思い出す。
ソラだって全てを許したわけじゃない、あくまでも師匠と呼ぶ男の意思を尊重しただけで、きっとソラとてノックスという男を許す気は無いのだ。
妹は『ボウガンは救われる』と良い、ソラは『それがボウガンの本当の願いだと思う』と言った。
しかし、それはあくまでも他人の言葉であり、ギルフォード自身はそれを鵜呑みにしても良いのか答えが出ない。
「そんな下らない事を考えているんだったらもっと前向きに生きてみたら? 後ろめたい事ばかり考えていると答えなんて一生出来ないし、アンタはそれで無くても暗い顔をしているわけだし」
「はぁ…一言余計だな。それよりそのティーカップは金もないのに買う気なのか?」
湊は「うぐぅ」とうめき声を挙げたのちため息を吐いて元の場所に戻そうと背伸びをする。
今度こそ転けないように元の位置に戻すと、足下からの声に気がついた。
「お前はこんな場所で何をしている?」
湊は何故足下からと思って下を見ると赤い竜の翼をはやしたライオンがギルフォードに話しかけていた。
「なんでここに居る?」
するとダルサロッサが後ろの方に視線を向けるそこには少し元気のないレインが立っていた。
湊にはそれが彼の妹なのだとすぐに判断出来た。




