ポーツマス・デイズ 4
キューティクルはビックベンの時計台の上からロンドンの街並みを見下ろしながらふとギリギリの所を歩いている。
履いている黒いヒールの先がほんの数ミリでもズレれば真っ逆さまに落ちることは間違いが無い。
蝶がデザインされた露出度の高いドレスに髪は左のサイドポニーにしており、髪留めもこれまた黒と紫でデザインされた高級感溢れる物。
キューティクルはこのスリル感を満足いくまで楽しんでおり、同時に壊れていく国の行く末を考えるだけでも彼女は正直この戦いに参加した意味がある。
明日にでも竜達の旅団は間違い無くここに攻め込んでくるのは確実で、それを考えると胸が高鳴りワクワクしてしまっていた。
「良いわよねぇ…早く来ないかな?」
「失礼。情報を共有した事がある」
ハンが眼鏡の位置を直しながら後ろに立つ姿、気配はギリギリまで分からなかったがそれすらも今のキューティクルは楽しんでいる。
これが数ヶ月前の自分なら考えられないことで、それだけ彼女はニューヨークの事件の時に自信と力を手に入れた事への証明になっていた。
首だけを後ろに向きながら正しく悪魔のような笑顔を魅せる。
「何々? もしかして玄武発見」
「はい。ですが、どうやらこのままでは…」
「良いよ。先に見つかるなら別に…さっきも言ったでしょ? ここはあくまでも囮。本命を速やかに済ませるために必要な手順であり、それ以上もそれ以下も無い。大切なのは『青龍』だって…」
「ハァ……では我々はここで迎撃で良いのか?」
「うん。遊ぼうか…楽しいよ明日は。ここに火の手が昇っていく姿を私は見守ることが出来るなんて…」
ウットリしており、人の不幸を想像するだけでそれを幸福として捉えることが出来る彼女はやはり以上と言わざる終えない。
ハンも仕事と割り切っているし、彼らを敵に回したくないという考えは全く変わっていない。
「我々は我々のやり方で良いのかな? それとも貴方が指示を出してくれると?」
「まさか。良く知らない人達を動かせるほど指揮能力に優れているわけじゃ無いし…何よりもそんな事ができる訳でもないから。安心して、あんた達の仕事の邪魔はしないから。こっちはこっちで仕事をするだけ…それと、こっちから仕掛けなくて良いからね。あくまでも戦場は此所…ロンドン。迎撃が仕事」
「了解した。我々のやり方で迎え撃つという事で…」
立ち去っていくハンの背中を見守りながら心の中で「がんば」と適当なエールを送り、ポーツマスの方向をジッと見つめながら心をウキウキさせながら再び危険な歩きを続ける。
どんな戦いになったとしても、キューティクルの不満を満足させることが出来るのなら構わなかった。
ケビン達は建物の中を探し出し、最終的に軍のトップに話を聞くと彼女はアンヌ達と一緒に子供捜しに出かけてそれっきりになっていると言うことだった。
軍の施設には戻っていないと言う事になる。
「よく考えればもしかしたらこの街にいたのも玄武を探していたのかもしれません。それが失敗した以上はこの街に留まる理由は無いのかもしれません」
「ケビンさん。まずは検問の方へと移動してみませんか?」
アンヌからの提案に従いケビン達は急いで検問のある方向へと向かって走って行くと、丁度物陰から隠れられる場所を発見し、少し高台になっている場所から検問を発見した。
金属製のゲートとその周りを武装集団が守っている要所のようになっており、過剰戦力と言ってもいいほどである。
今のところ女性が通り過ぎるところは今のところは発見できなかった。
「まだ街にいるか…それともまだ到着して居ないか」
「到着して居ないというのは無いので、通り過ぎたか、それともまだ街でやるべき事があると思って居るのか…まさか。彼女は船で離脱するつもりでは?」
「私たちが乗ってきた船?」
「ええ。あそこに彼女は居た。恐らくはフランス政府の使者から話を聞き私たちが訪れるのを待っていたのでしょう。訪れたら敢えて案内をして私たちに玄武を探させる。もし奪えなかったとしてもこの距離です。歩いて検問を突破すると考えますし、まさかこの霧の中を船で進むなんて誰も考えません」
少なくとも最初に船で離脱するとは誰も考えようとはしないだろう。
検問に向かったのでは今から走って船に戻っても間に合わないだろうと考え改めて舌打ちをするケビンだが、ひょんなことからジャンポットが居なくなっていることに気がついたアンヌ。
「ジャンポットは?」
「? お姉ちゃん達の話を聞いて私にどっちが高い? って聞いてきたから船って答えたら走って行ったよ」
時を同じくしすっかり周りは暗くなっていく中、ナタリーは静かに船の電源を強引に入れ始め、慣れない作業だからか中々進展しない。
真冬のイギリス、寒さでドンドン周囲の気温下がっていくのをさほど気にしないナタリー、ようやくの思いで電源を付けて船を動かそうとした時、真上から感じる殺気に近い感覚に驚きながら船から下りる。
彼女が降りると同時に船に何かが着弾したのか、大きな爆発音と共に船が爆炎を上げて沈没していく。
今度はナタリーが舌打ちをする番で、爆炎の中からジャンポットがゆっくりと船から下りてくる。
「裏切り者だったのか。どんな理由があってもアンヌを裏切る事は許さない! お前が捕まえて連れて行く!」
「あら野蛮。もしかして脳みその中まで筋肉なんじゃ無いかしら…」
「そうかもしれない。だが…今はそれでいいと思っている」
「これは厄介そうね。バレたくないから素早く仕留める!」
ナタリーは服の中から鞭を取り出してジャンポットへと向かって叩き付けようとするが、ジャンポットはそれを右側にジャンプして回避し、地面に両足が付いた段階で走り出す。
しかし、走り出した途端ジャンポットの左横腹に噛まれたような痛みが走る。
そっとそっちの方を見つめるとそこには蛇が噛みついており、その先っぽはナタリーが握りしめる鞭へと繋がっていた。
無視して走り出そうとすると途端足下がふらついてしまう。
「猛毒の蛇。神経系の毒を持って居て普通の人なら三十分で死ぬような猛毒よ。油断するから悪いのよ」
ふらつくジャンポットを見下すような目で見て彼女は振り返って歩き出すと、彼女の左顔面に強烈な痛みが走ったと思った途端物凄い衝撃が彼女を襲う。
タワーの外壁に衝突しふらつく足下でなんとか立ち上がると、蛇を引き千切って普通に立っているジャンポットの姿。
どういうことなのかまるで理解出来ないナタリー。
「どういうこと? 確かに噛んだはずだし、どれだけ強靱な人間でも一分も経たないで立てなくなるはず…」
「? 治れって念じたら治った」
実際噛まれた場所に毒が回っているような痕跡は残っておらず、まるで噛まれたこと自体が幻だったのではと思わせるほどだった。
ナタリーは思考をフル回転させ現状を把握した結果辿り着いた答え。
「まさか。噛まれて直ぐに体の中で血清を作って無力化させたの? 嘘でしょ?」
ジャンポットの肉体は異常なほどの筋肉と回復能力、毒なんて物は彼からすれば体内に入り込んだ段階で体が勝手に血清を作って無力化させる事が出来る。
血清を作った時に軽くフラつくが、これがかえってナタリーに誤解を与えた。
「なるほど…あんたも化け物って訳だ。でもね……私も化け物なのよ」
「分かっている。殴って思った。お前は人間じゃ無い。でも…自分は人間だ。お前より強い人間」
ナタリーを殴ったとき人より堅すぎると感じて居たジャンポット、実際彼女は徐々に人成らざる部分を露出させていく。
首元から現れる『それ』は鱗だった。




