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向かう先へ 3

 今日で今年も終わるのだと思うと少し寂しいと思いつつ、激動の一年になったと思い返してみても激しい毎日だった。

 特に不死の軍団が半年以上に渡って関わってきたので余計にそう思うのかもしれない。

 結局ジェイドとの戦いが俺にそう思わせてくれたのかもしれないし、何よりもノックス達との戦いは俺自身の未熟さを痛感させる出来事として比較的新しい。

 怒りに身を任せて戦おうとしていた自分は未熟で、最後に師匠が引き留めてくれなければ危うかったかもしれないだろうと思う。

 皆にも随分心配されてしまったので今年最後ぐらいは静かに過して、年明け早々激しく動き回ろうと思って居たのだが、ジュリとアクアは何やら今日のお昼過ぎまでは用事があるらしくブライトと一緒に出かけてしまった。

 こうなると一日暇なのでいっそのことどこかに出かけようかとホテルの前で少しだけ考え込む。

 他の皆もきっと用事があるはずなのでむやみやたらに誘うことも出来ないもどかしさ、父さんは無論今年最後まで仕事があるはずだ。

 きっと…多分……して居るといいな…。


「さてさて…どうしたものかな。と言ってもどこか見て回る場所も無いし…何かしたい事があるわけじゃないし」


 困り果ててホテルの前の出入り口を左右に行ったり来たりを繰り返し、思案顔で悩んでいるとそのうち師匠の声が聞こえてきた。


「そのような場所で行ったり来たりを繰り返していると変質者に見えるぞ。何を悩んでいる?」

「いや…暇だから何しようかと」

「……そんな定年を迎えた中年サラリーマンみたいなこと。だったらソラ。私の用事に少し付き合ってくれ」

「? 何をするわけ?」

「なんてことは無い。前にお前は絵でも始めようと思っていたと言っていただろ? 良い機会だから教えようと思ってな」


 そう言って小さい歩幅で歩き出す師匠について行く俺、さきほど父さん達と話して思ったことを俺はずっと胸の中で引っかかっていた。

 海や師匠の両親に事情をキチンと話すべきなのではという思いと、話す以上は失敗するリスクまでを含めて全て話す必要がある。

 そんな重荷を家族全員に話すことは俺には出来そうに無かった。


 師匠と共に画材やまで移動しそこで簡単なスケッチブックと鉛筆などを購入してから出て行く。

 こんな物で良いのだろうか?

 これでは色を付けることも出来ないと思うし、簡単なスケッチをするだけのように思える。


「これでいいんだ。まずは模写から始めなさい。最初っから色を付けたりするのはキチンと模写出来るようになってからだ。まずは鉛筆などで模写をキチンと出来るようになってからだ」

「ふ~ん。模写ねぇ」


 出来る気がしないと口にしたらあの小さな手でチョップが飛んできそうな気がした。

 言うべきかと悩んでいると師匠は大きく跳躍し俺のおでこ目掛けて割と痛いチョップが飛んできた。

 何でこの前の大きな人間の体とは全く違う小さな竜の体で同じような威力の攻撃を繰り出せるのだろうか。


「最初から出来ないと思っていたら何も出来ないだろ。やる気と上達速度は比例する。出来なかった時を想定しているといつまで経っても出来ないぞ」

「は~い。何も口に出していないのに…」

「顔に書いてあったぞ…出来ないと思うみたいな顔で思案していたぞ」

「そこまで書き込んであったのか…自分では隠していたつもりだったけど」

「分かりやすい方だからな。交渉とか絶対に出来ないだろう」

「否定しない!」


 胸を張ってでも言えることだが、元々交渉とか得意な方じゃ無い。

 最終的には実力行使で実行するだけだし、口八丁で誤魔化そうとする人と話し込める気は全くしないのだ。

 別に交渉が出来ないわけじゃ無いが、ジャック・アールグレイみたいな人間と知り合ってみると、口八丁で上手く手駒に取ろうとする人間と交渉は絶対に出来ないと思う。

 て言うか話し込みたくない。

 知り合い程度に誤魔化して生きていたい。


「まあ、お前がそんな人間と対等な交渉が出来るとは思わないけどな。下手に心臓の鼓動などで相手の心理が分かってしまう分お前は厄介だがな」

「まあね。どうしても嘘を止めないなら実力行使する駄目だよ。こう…グーパンチが相手の顔面にめり込ませてみせる」

「止めなさい。そうやって一か十で物事を語ろうとするのを、レクターじゃあるまいし」

「失礼な。あれは一か十じゃない。あれは一か万かだよ」

「桁が違うのか……私からすればどっちもどっちだと思うが?」

「いやいや一か十で語れないなら流石に考え直すよ。レクターは何処までいっても実力行使しか道が無いんだよ」


 あれは文字通り実力で語る人間なので、それ以上もそれ以下の道も存在しない。

 と言っている間に俺達はショッピングモールの三階にあった画材屋から一階まで降りてきており、そのまま外に出ても良いが俺は簡単な昼食用の食べ物と飲み物を購入してから俺と師匠はショッピングモールを出て行った。

 寒い冬の風が体中を満たし、俺は師匠の方を見ながら「寒くないの?」と聞いてみたが、師匠は「寒くない」と言ってスタスタと歩いて行く。

 どこで絵を描くのだろうと思って歩いていると、そのまま電車に乗ってセントラルパークまで移動する。


 セントラルパークではもうすっかり元通りになっており、ボチボチと人が休憩のためか歩いている姿を見かけた。

 俺はふと思い抱いた疑問をそのまま口にして聞いてみる。


「ねえ。シンプルな方が簡単なんじゃ無い?」

「シンプルな方ほど難しい。まずは簡単なスケッチからだ。風景の方が良いだろう。建物や乗り物を描いても良いがシンプルすぎると上達しない。下手で良いからまずは木や花を書いた方が良い。後良いのはベンチなどだな。風景は後にして、何か一つこれだと思う物を…」

「難しいから師匠が決めてくれ」

「はぁ…全く。そうだな…ここに座りなさい」


 そう言って草木の上に座り込んで俺は目の前に一本の木が見えた気がした。

 師匠に指さされ「あれを描け」と言われるがまま俺はそのまま木を描き始める。

 その傍らで師匠から指摘やアドバイスを聞かされ、何度か書き直し、紙が薄くなるから消すぐらいなら紙を変えろと言われたりと一時間掛けてなんとか木をスケッチした。


 某人間程度しか描いたことが無い人間からすれば大した上達ではと思われるほどだと思ったのだが、師匠からすればまだまだだと言われた。

 まあ…上手い人からすればツッコミどころが多い絵なのかもしれない。

 俺はもう一度書き直そうと俺はページを更にめくって書き始める。


「……ソラ。家族には言わないで良いからな」

「……何で?」

「別に詳しく話す必要も無い。お前はまずは不死皇帝を討つ事だけを考えろ。どのみち私を生き返らせるかどうかはその後の話だ。どのみち話すのはその後のことになる」


 ジェイドを討伐しないとどのみち解決はしないと分かっている。

 木を描いている手がふと止まってしまう。


「師匠はそれでいいの? 家族に魂が半分だけでも生きていて…この後生き返るかもしれないって」


 それをキチンと言わないでいたら師匠は後悔するのでは無いのだろうか?


「私は信頼しているから大丈夫だ」

「信頼?」

「ああ。ソラなら私を生き返らせてくれると…それにお前の成長した姿を見られた時点で後悔なんて無い」

「それは…狡いな。そんな事を言われたら」


 頑張るしかなくなるじゃないかと師匠を恨みたくなるような目を師匠に向けると、師匠は「フン」と鼻を鳴らしながらどや顔を向けてくる。

 俺は改めて模写を再開していると師匠がもう一度覗き込んでくる。


「先ほどの方がマシだな…」


 黙ってページをめくった。


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