誇りと夢 9
最初に感じた違和感が一体どこからやって来たのかと言えば、アンヌ達から話を聞いた時だったりする。
なんの違和感だったのか俺自身きちんと分かっていたわけじゃ無いし、それについてはあくまでも違和感がする気がするな程度のレベルだったので誰にも言わなかった。
それはアメリカ内戦が進んでいってもまるで分からなかったので俺はそれについて考えないように心の奥に留めておくことにした。
しかし、その違和感に光が差し込んだ気がしたのが先ほどベルガが逮捕された瞬間だったのだが、それが何なのかと少し考えた結果、少し前に見た記憶にある人物がいたという事に気がついたのだ。
車の運転手をしていた人物で、現在はアメリカ合衆国の国防長官である彼。
今回の事件の本当の黒幕は彼だ。
国防長官はスマフォを弄りながら画面に娘の写真を写し、そこには二十代前半の娘と一緒に写っている国防長官の姿。
そんな写真を見ながらため息を吐き出しながらホワイトハウスとは別方向へと歩いて行き、横断歩道の前で一旦止まるのだが特にこの行為に意味があるわけじゃない。
ただ…足を止めてみたかっただけなのだが、そんな時後ろから声が掛かりふり狩る。
その名を呼ぶ人物は刀を片手に握りしめて佇む海、その反対側にレクターが同じように武装状態で佇んでおり、彼はなんとなくではあるがこうなりそうな気がしていた。
「いずれバレるものだな……」
国防長官もいつかはバレると思っていたし、それについては諦めていた部分でもある。
しかし、こうまで達観しているのはここから打開策があるわけじゃないと海とレクターはなんとなく思えた。
これは大統領自身がなんとなく予想していた部分ではあったが、もう国防長官の目的は達している。
「大統領の差し金かな? それとも…あの少年の差し金かな?」
「ソラではありません。大統領自身ですよ…どうしてこんなことを?」
海自身「どうして?」と思い口からつい聞いてしまい、国防長官はそんな海の方を一瞬だけ見て俯きながらスマフォの画面をジッと見つめる。
話す言葉を探し出し、そっと上を見ながら語り出した。
「私は財団関係者だ。別に議員に憧れていたわけじゃ無いし、別段研究職に就いていたわけじゃ無い。大学を出て進路に迷っていた私は結果から見れば財団関係者であったベルガの運転手をする事になっただけ。その過程で妻と結婚したのは幸いだった」
幸せなスタートを切った彼の人生。
「一人娘が出来て、特に不自由すること無く生きていた。娘もスクスクと大きくなっていって大学に進学するときは弁護士になりたいと言っていたかな? あの日も…クライシス事件当日も娘はワシントンに居た」
クライシス事件。
アメリカでも甚大な被害を出してしまった事件、ワシントンに当時居たと知れば海とレクターにはなんとなく娘が辿ってしまった末路が分かった。
「娘の大学でも呪詛の鐘の影響で暴動騒ぎになっており、正義感の強い娘はそれを鎮圧しようと必死だった。大学はワシントンの中心地に近い場所にある。娘から大学のことを聞かされていた私はなんとかベルガに言い娘の元へと迎えないか話した。娘が小さい頃妻を亡くし…私には娘しか居なかった。それはアッサリと奪われた」
木竜が放った強烈な一撃はワシントンの中心地を一気に爆撃し、小さなクレーターを作ったことだろう。
「私は膝を打ち絶望したよ。スマフォの画面に映ったワシントンの変わり果てた姿を見たとき、私は………全てを失った。でも…ベルガは言った。「これで変える必要性は無いな。そんな事よりこれで私が大統領になれる可能性が上がったわけだ」とな。私は怒りで両手が震えたよ」
目の前で娘の死を軽く流され、その上で自分が大統領になれるかの方が大事だったベルガ、その時彼がどんな思いで握りこぶしを造ったのかは彼にしか分からない。
「しかし、ここで殴りかかることも殺すことだって簡単だった。しかし、私はそんなベルガと話をする為に入って行くノックスを見つけた。こっそり後を付けドアの外から話を聞いて更にショックを受けたよ。彼らはこの状況すら利用しているだけなのだと。私はもう…怒りすら通り越した。憎しみだ。娘を失って…それをどうでも良さそうに切り捨てられ、私は……ベルガとノックスの関係者を皆殺しにしなくては気が済まなくなった」
その気持ちがまるで理解出来ないわけじゃ無いし、そんとき誰だって自分を抑えられないだろう。
自分が大切にしているモノを失い、それを簡単に「どうでもいい」と切り捨てられる苦しみは計り知れない。
「だから貴方はノックスやベルガの部下へと敢えて情報を売り飛ばしながら自分自身もターゲットにさせつつ皆殺しにする計画に出たわけだ」
ソラが国防長官の前に姿を現した。
その表情は怒りかそれとも哀しみか、もしかしたらそんな簡単な感情じゃ無いのかもしれない。
「アンヌ達から聞いた京都大阪方面で起きた事件。幾ら国防長官が大阪方面に居たのだとしても…別の狙いがあったのだとしてもいくら何でも計画的すぎた。京都に長期にわたって居たのなら国防長官の話を最低限でも聞いていてもおかしくない。それなのに大阪方面に居たと気がつけなかった事も、何よりも突入部隊が全滅していると言う真実」
「ああ。私が京都大阪方面でしたかったのはターゲットの選別だ。誰を狙わせるか…どうやって皆殺しにするかだった。まあ…結果から言えばああなったが。それでも私の目的は達したよ」
「俺達アメリカ組を放置したのは、どう転んでもノックスの計画では最大の被害を出せないと考えたからか?」
「ああ。結果大統領が撃たれたのは流石に予想外だったがな。なんだかんだ言ってあの人には恩があったから。後で謝っておいてくれ。ノックスとベルガ計画を破綻させた上で殺したかった。その為には計画を真っ正面から打ち崩すような人間がどうしても欲しかった」
「不死の軍団が関わるという情報も手に入れていたんだよな?」
「ああ。ノックスの副官のジルから聞かされたよ。ジルは前々から財団から預かった双子の女の子を気に入らなかったと言っていたかな? 私が殺せるかもしれないという人物のリストを上げると喜んで教えてくれたよ」
ジルが俺達に会いたかったのも事前のそういうやりとりがあったからだろう。
ここで邪魔をしなかったのは、ジルの手で既に殺害されているからだろうとソラ達は予想出来た。
「そうやって下準備をしたが、正直に言えば私の計画が成功するかどうかは運という事になったのだが…そんな時私に取引を申し出た人物がいた。その人物は最終的な目的が自分個人と重なる部分がありこの内乱を利用したいと言っていた」
「ボウガン…」
ボウガンは俺と不死皇帝を合わせて同時に俺自身の成長させたかったのだろうし、不死軍団を抑える事が出来る人物は俺達しかいないと分かると同時に、不死の軍団がやることをやったらノックス達との協力関係を切るとボウガンから言われていたのだろう。
この内乱中に邪魔されるのなら計画を進めることに反対したとソラは思った。
「君たち英雄を結果からすれば利用した結果になるが…もうどうでも良かったんだ」
「そして…ノックスとベルガを殺した後自殺するつもりだった?」
国防長官は胸ポケットからハンドガンタイプの拳銃を取り出し、それを外へと放り投げる。
彼は憑物が取れたような顔をしていたとき、彼の後ろから大統領が現れ事態は一変した。
国防長官は顔を決して大統領に向けないようにして懺悔の言葉のように小さく吐き出した。
「私を捕まえに来たんですよね? ですが…もう私は…」
国防長官は隠し持っていたもう一つの小さな拳銃をこめかみに当てて引き金を引いた。
 




