誇りと夢 2
シールド発生装置の前は大量の機械兵器が守りを固めており、どの発生装置も全て見晴らしの良い場所、交差点や公園のような場所に置かれている。
しかし、ジャック・アールグレイ達に掛かれば制圧までさほど時間が掛からないだろうと誰もが予想出来、俺はそんな中ノックスが待っていると言われている場所まで向かうためにコートなどで防寒しながら待機していた。
通信機を通じて声だけが俺の元にも届き、俺はそっと目を瞑って瞑想してみると後ろから師匠の気配をハッキリと感じ取る。
ジッと見られると何か精神的にくるモノがあり、後ろを振り返りながら俺は師匠に「何?」と聞いてみたが、師匠は「別に」と返すだけで何も返さない。
俺を見極めようとしているのなら気が散らないようにして欲しいと思うだけだし、そんな事は口が裂けても言えない。
もう一度シールドに触れて見るとやはりあまり変化は無いのだが、考え込んで触れたからか俺の脳裏に何かが入り込んでくる。
誰かの記憶。
最初は嵐竜かと思ったが、見えたのは沢山の人が街中を流れていくように歩いて行く姿と、それを車の中から見ているという記憶。
これが誰の記憶なのかまるで分からず、何故俺の脳裏にこんな記憶が流れてきたのかがまるで分からなかった。
街中の感じを見てみてもまるで判別が付かないのだが、これが誰なのか分からないまま男の乗る車を運転している運転手が振り返って『ベルガ議員』と呼んでいた。
ベルガという名前自体初めて聞いたし、これが一体誰なのかこのまま記憶を覗いてみると分かるのかもしれない。
ベルガ議員と呼ばれていた男はふんぞり返って座席に体重を掛け、タバコに火を付けているのだが目の前で車を運転している運転手は少し嫌そうな顔をしたように思う。
口に出さない所を見ると口にすれば酷い目に遭わされるからだとなんとなく分かった。
「あの下らない男が大統領をして居るのだと思うとウンザリするな! 何故私が当選しない!?」
大統領という言葉が出てきてその上で当選とくればこの男のが誰なのかなんとなく分かったような気がした。
どうやら嵐竜の近くに居るから、嵐竜が周囲に発しているエネルギーも纏めて吸い上げており、それが大統領の無意識に反応して俺の能力と一時敵に共鳴しているのだろう。
これは多分クライシス事件の直後、アメリカの立て直しの時期だろう事は間違い無く、これだけの高層ビル群が残っていル事に少しばかり驚いたが、そもそも海外への攻撃はそこまで激しくなかったはずなので、恐らくサンフランシスコやワシントンなどは受けたが、それ以外はそこまでダメージは無かったはず。
タバコの灰を車の窓から外に捨てるという行為に正直顔を歪めるが、まあ俺がここで口に出しても仕方が無いので敢えて無視する。
しかし、よっぽど大統領になりたかったようで慣れなかったストレスがそのうち運転手に向けられるのではと少し心配になる。
するとようやく目的地に辿り着いたのか車が止まりベルガと呼ばれた男は車から降りていく。
その時の運転手の顔は安堵に満ちあふれていた。
すると建物の前にノックスが立ち尽くしており、ベルガは見慣れない男に表情を歪ませるのだが、ノックスはそんな事とはお構いなしに近付いていく。
「私の名前はノックスと申します。大統領になりたいと思いませんか?」
「フン! なりたいと願って本当になれるのなら誰も困らんわ!」
「なれる…と言われたら信じますか? 私はこの国の現状に憂いを感じて居るのです。今アメリカは外への脅威が高すぎて本来の形を見失っています。異世界などと言うふざけた存在によって…我々アメリカが先頭に立ってこそ世界があるのだと今一度証明してみませんか?」
「…見たところどうやら陸軍か…その策とやらを聞いてみよう」
ノックスは自らの自宅へと招き入れ、お互いに高いお酒を透明なグラスに入れながら飲み合い、ノックスの作戦とやらにベルガは聞き耳を立てている。
ノックスの話し方が上手いからか、次第にベルガはその気になっていき最後は酔った勢いで「やってみよう」と言い出す始末。
最後のノックスの笑顔はきっと「思い通り」という表情に違いない。
場面は打って変わり今度は大統領と対峙している場面、恐らくニューヨークの時だろう事は間違い無い。
震える手に握られるハンドガン、小ぶりなハンドガンではあるが十分人を殺すことは可能だろう。
大統領の言葉にあまり聞いているようには俺には見えなかった。
もしかしたら大統領の言葉全てがベルガからすれば鬱陶しものなのかもしれない。
あくまでも副大統領を引き受けたのも全てはノックスに唆された計画のため、自分が大統領になるという願いのため。
浅はかな欲が彼を突き動かし、大統領が放つ一言一言が苛立ちの対象でそれが積み重なり、頭の中を「怒り」という感情が支配した瞬間に引き金を引いていた。
引いた瞬間にベルガの心を支配したのは「やらかした」という罪悪感を見ればノックスよりはまだマシに見えるが、それでも衝動に駆られた起こした行動ばかりでは同情できない。
撃って直ぐに走り出して逃げたのも、死んだのを確認しなかったのも衝動に駆られたという証明でもある。
走って逃げ出した彼は転んで見えた水たまりから見えた顔は情けなく見え、俺にはそんな顔をして居る男が大統領が出来るとは思えない。
俺が見たあの大統領はどんなときも胸を張って前を向き突き進んだはずだし、迷いがあっても進む道はハッキリしていたはずだ。
国民を考えて動ける人間が国のトップになるべきだと思うのは理想が高すぎるのだろうか。
「そうだ…これで私が大統領だ! やったぞ…!」
やったぞと言う言葉とは裏腹に顔はまるで晴れ晴れしいという表情の逆であり、俺からすればやらかしたという顔の方がふさわしいと思う。
空元気でいるのかもしれないが、しかし同時に心の中に確かに「嬉しい」という感情が存在しているのも事実。
複雑に混ざり合い溶け合った感情は元々持っていた人格を更にねじ曲げたに違いない。
だが同時に彼自身が罪から逃げ出し、欲に走ってアメリカという国を混乱させたのは事実、それに対する罪を償わさせるべきだ。
逃げていても解決できない事もある。
何よりも自分勝手な考えて国を乱した罪を自覚させるべきなのだろう。
シールドが少しずつ消えていき、俺の目の前にハッキリと真っ直ぐな道が現れ俺はその道をひたすら進む。
歩いて行く足並みはまるで迷いは無い。
この先にノックスがいるのだと思うとむしろ俺は……。
ジュリはアクアに現状の仕事を任せてソラを追いかけていく。
ジュリにはこの戦いの行く末を見守る義務のようなモノがあり、彼女はどうしてもこの戦いの先ソラがどういうアクションを取るのかちゃんと見て起きたかった。
先ほどまでソラがいた場所を通り過ぎ、走っていると少し先にアックス・ガーランドがテトテトと歩いているのを発見した。
「ガーランドさん…」
「? ジュリか…どうした?」
ジュリはアックス・ガーランドを持ち上げてそっと抱きしめながら歩き出す。
そして素直に告げる。
「怖いんです。ソラ君は今でも心の奥底に怒りを抱えている。その怒りはノックスの戦いで爆発するかもしれない…その時、ソラ君がガーランドさんの想いを踏み握るんじゃ無いかって」
ジュリはそこがどうしても気がかりだった。
大切な人を奪われた苦しみは誰だって持っているものだし、三十九人が死んだと知った時ですら今ほどの怒りを覚えたことは無いだろう。
「ソラ君がどんな結末を選ぶのか…私は多分受け入れることしか出来ないから」
足を止めて見つめる先ではソラとノックスが対峙していた。
「ジュリは優しいな…」
二人が見つめる先…多くの竜が…多くの人がきっと見守っている。
この戦いがアメリカ内戦の最終決戦であると誰もが分かっていたから。




